星の導くその先へ
〜命の行く先〜





「いってらっしゃーい」
 花畑の中でシンシアは、笑いながらラグを見送り、そして手を下ろす。どうしても気がかりな事がある。 ラグの隠し事だ。これが、自分に対するただの隠し事ならかまわない。けれど…宿屋の主人と ラグは、どういったことで隠し事をするのだろう?そしてラグと話していた宿屋の主人は、とても心配で、 深刻そうな顔をしていたような気がする。
(念のために・・・確認してもいいかしら…。)
 シンシアはそう決心すると宿屋に向かって歩き始めた。そしてはしたないと 思いながらも窓から客室の中を覗いてみる。
 …しかし何もなかった。そこはいつもどおり、誰も泊めた気配のない、もぬけの殻だった。当たり前なのだ。 ここはもう、何年も前からよその人は泊まっていない筈なのだから。
(やっぱり…気のせいかしら…でもなんだか嫌な…それでいて懐かしいような、そんな気配の残り香がするような… そんな気がするのだけれど…)
 そんな事を考えながら宿屋の周りをまわってみる。そして裏の林に差し掛かったとき、シンシアは とっさに身を隠した。
(なんなの!あれは!)
 そこにいたのは、あの時ラグが見た、吟遊詩人だった。銀の髪、紅い、緋い目。けれどシンシアには 吟遊詩人にはとても見えなかった。禍々しい気…そんなものを纏っているような気がしたのだ。
(ま、まさか…魔界の…)
 そうしている内に、吟遊詩人はルーラを唱え、飛び立っていってしまった。

 ついに、来たのだ、運命の時が。来るべき時が。けれど…。
(早すぎるわ…まだラグは、勇者として成熟していないのに!)
 こうしていられない。シンシアはすぐさま魔法の先生の元に走った。

「先生!大変です!」
 いつも礼儀正しいシンシアが、ノックもせず部屋に入り、息を切らして走ってくるその様に、村で 魔法を教えている先生が、あせったように聞いた。
「どうしたんじゃね?シンシア。まあ、おちつきなされ」
 60過ぎの老人らしく、ひょうひょうと言う先生の声を聞かぬまま、シンシアは叫んだ。
「来るのです、あの時が!もうすぐ、魔物が攻めてきます!」
「なんだと!」
 その突然の言葉に、先生は立ちあがり、そしてシンシアの肩を持った。
「おちつけ、落ち着くんじゃ。どうしてそう思う?」
 その言葉に少し落ち着いたか、シンシアは声を落として言った。
「裏の林で、邪悪な気配を纏った青年が、この村から去っていきました。おそらく 魔の者…それもかなり高位のものかと思われます。そして魔の者がこの村に 来る目的は一つです。あの者が去ったのは確実にラグを逃がさずしとめるために、 仲間を呼びにいったのでしょう。」
「…それは間違いないな。」
 念を押す老人にシンシアは、暗い顔をして言った。
「いっそ…いっそ間違いならどれだけいいでしょう…私の勘違いなら…けれど間違いなく この後、魔物が攻めてきます。本拠地はこの近くにはおそらくないでしょうし、魔法の使えぬ魔物も いることを考えても、若干の猶予しかありません。」
「わかった、皆を村の入り口に集めよう。ラグは家だろうか?」
「おそらく…わかっています。ラグには気取られぬようにいたします。」

 そうして少しの後、村人のほとんどが武装をして集まった。 集まっていないのは、ラグが隠れる場所の最終チェックをしているものと、ラグの母、そしてラグ。
「ついにこの日が来たのか。」
 そう、これは村人の誰もが知っていた未来。
「そんな予感はしていたのだ。さっき話したとき、ラグの調子が何かおかしかったからな。」
 なによりもラグを良く見る、ラグの父がそう言った。
「無事に皆で送り出す事を夢見ていたのにな。」
 村人の皆の表情は、あきらめと決意の表情だった。
「私のせいです…私が掟を破ったから…」
 宿屋の主人が泣きそうな顔をして謝罪をする。
「自分を責めるな。こうなってしまったものは仕方がない。それにその魔族は この近くまで来ておったのだろう?ならば自力で見つけただろうよ、きっと。」
 温かい言葉。誰一人宿屋の主人を責める事はしない。皆は自分の未来をわかり、既に 受け入れているのだ。それを見て、シンシアは言った。
「皆さん、私さえいれば、きっとラグは助かります。助ける事ができます。ですから…ですから 皆さんは逃げてください!今ならきっとまだ間に合います!」
 シンシアはこの村の皆が好きだった。つつましく自然と暮らす人々。エルフである シンシアにも差別せず、家族のように扱ってくれた村人。死なせたくなかった。
「無理じゃよ。その者は村を見ていったんだろう?きっと儂らの人数も覚えとるよ。 勇者を除いて一人もいなくなっている、なんて不自然じゃろう?それじゃあ、意味がない。」
 その事実に、既に気がついていたシンシアは、哀しくなって顔を落とした。

「それにシンシア、私たちはお前を死なせたくないんだ。」
 意外な言葉にシンシアは顔をあげる。そこにいる皆がうなずいていた。
「お前はまだ若い。そんなお前に、あのような役割を押し付けるなど、私たちは…」
「儂に、もっと…もっと、魔力があれば!」
「無理ですよ、いくら魔力があっても動きが似ていなければ…私に魔法が使えればよかったのに!」
 そういって皆が自分の力量のなさを非難しだす。シンシアは宥める。
「私は皆さんより一番長く生きてます。ですから…」
「シンシア、若いというのはいくつ生きたかではない。あと、どれだけ生きられるかだよ。 お前には未来がある。私達の力量のなさの為に、お前の未来が失われるのが、嫌なんだ。」
「そうだ、俺達だけでも、守れるかもしれない!シンシア、お前だけでもラグと一緒に隠れるんだ! お前を犠牲にするなど…」
「神の意思には背くかも知れぬが、私は…ラグと一緒に旅立って欲しいのだよ、シンシア。お前も それを望んでいたのだろう?」
 皆の暖かい言葉。そしてラグの父が言う、自分の内面を見通した台詞。シンシアは涙が溢れた。
「駄目です…皆さん。私がいなければ…きっとラグは助かりません。それに、 それこそ神が私に与えた役目だと、ずっと思ってましたから…」
 シンシアのその言葉は誰もが事実だとわかっていた。いくら皆が強くても、魔物の大群に勝てるわけがない。 その魔物の大群からラグの身を守る方法は唯一つ。シンシアの呪文なのだ。
「なら、私達も戦うさ。シンシアを置いて逃げたとあっちゃあ、勇者様に軽蔑されてしまうからな。」
 そうおどけて言う言葉が悲しかった。
「私たちに神が与えた役目もきっと、ラグを守る事だよ。最高の役目じゃないか。例え、死んでもな。」
「こんなに神子に忠実に生きれたんだ。皆、天地に帰れるよ。」
 それはこの村にも知られた伝承だった。心残りのある者は、魂をも地上にとどめる。 心空虚で地上に何も残さぬ者は、魂を消滅させ、この世から消える。 そして愛し、愛されながら死んだ者は、魂が天に帰り、肉体は地に帰る。 そして死後も世界の一部となり、やがて新たな命となる。皆は それをのぞんでいるのだろうか。ラグの為に死、天に帰り、地になる事を。

「なにより、俺達はラグを守りたいのだ。もしも勇者でなかったとしてもだ。だから戦う。シンシアの 身を犠牲にしてまで生き残ってなんになるのだ。」
「皆さん…」
「儂らはもう、十分に生きた。勇者を育てるという最高を恩恵を神から授けられ、ラグを育てて 最高の人生を生きる事ができた。未練なんぞ何もないよ。」
 老人の言葉に誰もがうなずく。そして口々に言う。
「私たちは、幸せだった。」と。

 真近には魔物の大群が迫ってきていた。


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