星の導くその先へ
〜 独り 〜





 扉が閉まる。
 鍾乳洞の雫が床に二回音を立てる時間、ラグは放心していた。そして、剣を取り、今度こそ、 扉に向かい剣を振り下ろした。
「開けろ!ここから出してくれ!シンシア!行かないでくれ!君だけは、せめて側にいてくれ! 死なないでくれ!!」
 それは血を吐くような叫び。力いっぱい剣を錠前に、取っ手に、そして扉全体に振り下ろす。
 …しかし、それは無駄なのだ。村人は予想をしていた。ラグがこのような行動を取る事を。 ずっとずっと昔から、この扉は外側からも内側からも破られないように、細心の注意と技術を使って作られていた。 この扉は、いわば村の皆がラグを守りたいと願う心、そのものなのだ。剣などで破れるわけがない。
「くそ!くそ!出してくれ!」
 叫んでも、叫んでも届かない声。届かない距離。
(何が、何が勇者だ!みんなを殺してしまう人間なんて、疫病神以外の何者でもないじゃないか! いくら誰かを幸せにできても大切な人を幸せにできないなら、なんの意味もないじゃないか!)

 上から声が聞こえたような気がした。清冽な声。そして何よりも気高い声が。ただ、扉を開ける事に必死になっていた ラグの耳には、その言葉は聞き取る事ができなかった。
 そして聞こえる戦いの音。徐々に迫る絶望。開かない扉。そして、体力も尽き果てた頃、一つの声が 響き渡った。

「デスピサロ様ー!勇者を仕留めました!」

(なんだって?)
 ユウシャヲシトメタ?ゆうしゃをしとめた?勇者…勇者って、誰だ?
「よくやった、お前には褒美をやろう。皆の者もよくやったぞ!今夜は祝杯だ! 勇者は我々の手により、滅びたのだ!」
(勇者は…僕なんじゃないのか?…ここにいるのにどうして…)
 そしてラグは気が付く。その勇者の正体を。
「シンシア、シンシアだ!勇者は僕だ!ここにいるんだ!」
 叫ぶ声は歓声にかき消される。そしてまたラグは叫びながら剣を扉に打ち付ける。
(このまま、シンシアを、皆を殺されたままなんて嫌だ!僕が!僕が!)
 上から聞こえる声。聞き覚えのある声に気が付かず、ラグはひたすら剣を振るう。
「皆のもの!引き上げだ!」
 そうして飛び立つ音。魔物が皆、この上から去っていく。
「くそ、逃げるな!僕がここにいるんだ!開いてくれ!」
 既に半狂乱になりながら、叫ぶ。そんなラグの頭上、地下室の天井がきしむ音を 立てた。そしてまるで押し込めるように、溢れんばかりの光が差し込み、 そのまぶしさ、そして光の圧力に押されるように…

 ラグは、気を失った。



 静寂。音がない空間にただ耳鳴りがする。
 どうして自分はこんな所にいるんだろう?ここはどこなんだろう?自分は一体何をしていたのだろう?
 いくら考えても判らなかった、考えるのも億劫だった。ただ突きつけられる現実。手に持ってる剣が 自分のいままでの行いを思い出させた。
「嘘だ。」
 そう言ってラグは立ち上がる。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ…」
 少し破れかけた天井と、開かない扉、剣と、荷物。目に映る物が、あの悪夢が現実だと語る。 だけど、信じられない。
(きっと、嘘なんだ。僕は何かいたずらして、罰を与えられているんだ。きっと、きっとここから出たら 皆が…皆がいるんだ)
 頭の奥で”もうありえないよ”と言う自分を無視して、ラグは荷物を探った。きっとこの中に、 その証明があるといわんばかりに。
 少しの薬草と、図鑑。皆が残してくれたものは、それだけだった。 そしてそれは、夢でない事の証明以外の何者でもなかった。
 ラグはその事実を突きつけられたくなくて、図鑑を思いっきりほおり投げた。ちりん、と音がした。
   図鑑の中から出てきた物は、金色の小さな鍵だった。
(自分はなんて馬鹿なんだ…もう少し、冷静になってみればよかったんだ。)
 自嘲的に笑う。自分の馬鹿さかげんをあざ笑うしかできなかった。 自分は強くなかった。ちっとも、強くなかった。戦いも、心も。 この鍵がその証明だと思うと、捨てたくなった。だけど捨てるわけにはいかなかった。
 ― この鍵は悪夢から覚めるための、鍵だから。 ―
 扉の鍵穴に、鍵を入れて、回す。かちり。と音がした。
 悪夢は終わりだ。きっと、もう終わるんだ。
 そう思いながら倉庫の中を通っていく。見覚えがある場所。それが妙に哀しかった。 そして階段を昇り、地上に出た。

 そこは現実。悪夢より、なお辛い、現実。そして逃れられない運命の幕開けだった。

 
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