「きこりの青年と、天空人の女性は恋に落ちたのよ」 ブランカの王宮で、女性はラグにそう語った。 「まあ、ただの御伽噺だけどね。」 「私たち、いつまでもこうしていられたら、いいわね」 「なに言ってるのさ、シンシア。僕たちはいつだっていっしょじゃないか。」 「ええ、そうよね。…いつまでもいっしょよ、ラグ」 頭上から音がする。聞いた事の無い音。だけどわかる。…これは、命が、消え行く音。 (…違う、消えさせられる、音だ) だけど動けなくて。 (僕は怖いのか?それとも、みんなの願いを聞き届けてるだけなのか。…それをいい訳にしてるだけなのか? …判らない、判らないよ。) ボクハナンデ、ココニイルノ… 「僕はどうしたらいいのか、判らない。だけど」 その先は声にせず、誓う。 ―敵を討って来るよ、必ず― 「僕の、これからを占ってもらえますか?」 目の前の少年は、虚無な笑顔でそう言った。見覚えのある笑顔。…これは… 「?どうか、しましたか?」 少年は怪訝そうにこちらを見た。 (いけない、仕事、しなくては。私は、占い師なのだから) ミネアは水晶玉を見、意識を集中させた。 「貴方の周りに、七つの光が見えます。その光、やがて一つに集まり…」 それは、まるでデ・ジャヴ。 「よろしくね、勇者。ラグって、呼んでもいいかしら?」 いつもの調子でマーニャは言った。しかし。 「ええ、かまいません、よろしくお願いします。」 そう言った少年の魂は、既にここにないことに、マーニャは気がついていた。 「私はトルネコ。エンドールで武器屋を営む、商人です。」 大灯台であった恰幅のいい商人が、改めて自己紹介を始める。 「どうして…」 ラグは、トルネコを見据えた。 「どうして家族がいるのに!家族から、離れるんだ!どうして旅になんて、出ようとするんだ!」 「私も最初はわかりませんでした。」 戸惑いながら、トルネコは言葉を返した。 「だけど思うのです。私は家族がいるからこそ、旅に出るのだと。」 横たわる青年。その顔色は、今まで見た中で、一番悪いように思う。その横で老人は、ラグたちにこう言った。 「こんな青年でも、わしの大切な仲間なんじゃ。どうか、どうか、よろしくお願いします」 青年の前では決して見せない顔。しかしブライは感じていた。今、目の前にいるのは、希望そのものだということを。 アリーナは道を急いでいた。即席で作った仲間を、気遣うことなく。 (これ以上、大切な誰かを失うのは嫌。今度こそ、必ず私の手で、助けてみせる) 自分の無力さを知らない姫君。だが、何よりも、今、力が欲しいと願った。クリフトのための、力を。 目の前に翠の光が見える。自分はついに、神の身元まできたようだ。 クリフトが何よりも大切に思っているはずの神の光も、今のクリフトには何の救いにもならなかった。 今あるのは、後悔の念だけ。自分の主君に対する、申し訳なさが、ただひたすら、クリフトの胸を突く。 (申し訳ありません、アリーナ姫。私は…貴方を…) そう言おうとしたとき、聞きなれた声が、クリフトの耳に入ってきた。 探し物は、二つ。まるで片腕のような友と、死した友が残した、遺言。それが今のライアンの、生きる理由だった。 もうすぐ逢える。お告げの巫女はそう言った。それが、何よりも嬉しいような気がするし、 何か、寂しいような気もする。 「何だ、お前は」 捕らえられている最中にもかかわらず、おびえる様子を一向に見せない戦士に、キングレオの兵士は、気分を害したようだった。 しかし怖くは無い。自分がこの程度に遅れをとるわけでもない。そして何より。 「お前には判るまいよ。」 ライアンはそういうと、兵士の手を振り切り、剣を携えた。 (もうすぐ来る。光が) ここまで来た。始まりの地。 (貴方は、ここから始まったのよね。) マーニャは笑う。愛しいかった人の話を思い出しながら。そしてこれから、逢いにいく。 (今度こそ、殺してあげるから。) 帰ってきた。 (取り戻す、必ず) ここは自分の国だ。父と自分の国だ。汚す事は、許さない! アリーナは、見据えた。モンスターに汚されたこの国を、浄化するような聖なる炎の目で。 思い知らされる、「噂話」を聞くたびに。 「ブランカの山奥の村が、魔族によって滅ぼされたらしい」 父や、母や、先生やシンシアは…僕が勇者だから、死んだのだと。 (勇者は人を助けるものだろ?なのに、勇者のために、人が死ぬなんて、おかしいよ。) だから僕は勇者じゃなくていいんだ、とラグは思う。僕は、ただの復讐者だ。 「必ず、殺す。デスピサロを…」 「さぞかし、お辛かったでしょう。国王様の椅子に座った、モンスタ―を見て」 「ううん。大丈夫よ、辛くなんてなかったわ」 海辺の音を聞きながら、アリーナは少し微笑みながらそう言った。 「無理なさっていませんか?」 クリフトは心配だった。自分を心配させまいと、心をだまして笑うのならば、これほど辛いものは無いだろう。 「クリフトに嘘ついても無駄だって知ってるもの。何時だってクリフトは、私のことを、何もかも見破るんだもの。 隠し事なんて、しないわ。」 ただ、とアリーナは続ける。表情が変わる。 「戻らない、お父様、みんな。そっちの方が何倍も辛いわ…」 そういうと、アリーナは立ち上がろうとした。 「姫様!!」 「あんた、お父さんみたい。」 汗ばんだ体を、心地よく夜の風が撫ぜる。 「お父君は、いい男だったのだろうな?」 冗談めかした声で、それでもマーニャの髪をそっと撫ぜる。 「そうよ、最高にいい男だったわ。だから…許すわけにはいかなかったのよ」 「私には、判らぬが…お父上なら、きっとこういうであろうよ。『お前は、よくやったよ』」 そう言って、ライアンは、きつく細い躰を、抱きしめた。 月が、二人を照らしていた。 「どうか、ピサロ様を、止めてください…」 そういってこぼした涙は、まるであの日の星のように紅かった。手を伸ばしたが、手にとる事ができない。そんな事までも、 あの星と、同じ。 (ピサロも、こんな想いで、いつもいたのだろうか) ラグはそう思う。倒さなければいけない、けれど…勇者とは、一体なんなんだろう? 埋める。その行為は神聖で、厳かな気分になるもの。遺体を埋める事はできなかったけれど、 せめてお墓を作りたかった。 独りきりで、土を掘り、そして、埋める。涙は出なかった。もう、泣いてもいいのに。 周りには、誰もいないのに。 (さよなら、バルザック) 最後に木をたて、一言心でつぶやいて、立ち去る。振り向かない。 振り向いても、何も変わらないから。 そしてマーニャはルーラを唱えた。 暗く冷たい廊下。なれた場所も、魔物の巣窟とあっては、まるで異世界のように感じられる。 次にここに来るときは、きっと元のサントハイムに戻ったときだろう。そう思いながら、やがて一つの絵の前に着く。 緩やかな栗色の髪を持つ、美しい女性の絵画だ。 「必ず、必ず取り戻しますぞ。元のサントハイムを。貴女の…愛する人を。そして守ります。貴女の忘れがたみを」 ブライは、その絵の瞳をじっと見つめながら、ゆっくりと言った。 夢を見た。閉じ込められた、女性の夢を。目がさめたとき、まるでそれは愛しい女性にも見えて。 王族という身分。城という塔。出たいと願う気持ち。ただ、そこの纏うオーラは、まったく違うもの。 (最もアリーナ姫ならば、泣きはしないでしょう、泣いて呼びかける前に自分から、飛び出すでしょうね) そう思うと、笑みがこぼれる。そして。 (もしあれがアリーナ姫ならば、私は絶対にピサロを許さないでしょう) 泣かせておいて、相手の気持ちを考える事もできないような相手に、姫を渡す事はできない。 そしてそう考えたとき、次に出たのは自嘲の笑みだった。 (ただの臣下が渡さないなどと。私は一体、何様のつもりなんでしょうね) それが想いの強さだと、この神官は、気づいたのだろうか。 宿屋でため息をつく。手紙を書きながら。 ”ネネ、元気かい?ポポロもちゃんと勉強してるかい?”そんな書き出しで始まる手紙。 近況報告や、訪れた町。出来事。そんな事を書き込む。他愛のないことばかり。 だが、大切な事。 ”辛い思いはしてないかい?私の身勝手を許しておくれ” 毎回の手紙に添えられる言葉。そして返事に毎回のごとく送られる言葉。 ”辛いわよ?逢いたいわ。けど、貴方が貴方らしくないのは、もっと嫌なの。愛してるから” 愛してるよ、ネネ。 生きているとも思えなかった愛しい人には、既に女性がいた。 扉をたたこうとすると、女性の声がした。…どうしてこの戸を開けられる? あの人の傷の痛みは自分のせい。なら、傷を癒すのは…扉の向こうの人。想いを告げなかった その報いは、世界の隔絶と言う形で、今、あらわれた。たった一枚の木の板。それは、大きな世界を 隔てる壁。ミネアはその場から、離れるしかなかった。 でも、惜しくは無かった。声が聞けたから。生きていてくれてから。 (あの人は、これから幸せになってくれる。それが判った。) ねえ、他に、何がいると言うの? 世界樹からみあげる空に映るは、いつもただ一人。想いを告げることも、いやその前に、想いに気づく事もできなかった、 生涯ただ一人の、女性。 世界樹の葉を使っても、生き返らすことはできない。肉体は、すでに跡形も残っていなかったから。この樹を昇りきり、 塔から空へあがれば、やっと敵が討てる。けど… (ピサロと自分はどこが違う?) 想い人が苦しめられ、その敵を討とうとしている。お互い、ただそれだけじゃないか。そう想う。 けれど、未だ忘れることのできない、胸の痛み。二度と触れられないからこそ、想いは募るばかりで。 (シンシア…僕はどうしたらいいんだ…) (もう少し、早ければ。友を殺す事も無かったのに。私は亡霊。友の、その遺言を果たす為の) (自分の事しか、考えてなかったの…だから、守りきれなかった…大切なもの) (生涯秘めたる想い。守るは君主とその姫君。ですから、お許しくだされ。心に眠る、その想いを持ち続ける事を。 お二人の子供と一番側にいることを。) (神につかえる身の上で、ただ一つだけ、守れぬ事。神が何よりも尊いこと言う事。手に入れたいわけではない。 ただ、許されるまで、側にいたいだけなのです…) (何より大切なのは、なんなのでしょう…最も大切な家族と離れ、私はいったい、何をせんとしてるのでしょう…) (罪人になるわ。殺すの、あの人を。今度こそ。なんのため?父の為?…永遠にあたしの物に、するため?) (私の命はあの人のもの。あの人に守られたもの。だから生きなくては。宿命のために。けれど…あの人なしの幸せって… あるのかしら…) (僕はなんなのだろう。僕はラグなのか、それとも…勇者なのか。皆や、父や、母や、村の人、そしてシンシアは… 僕をどう思っていたんだろう…そして、僕は…なんのために、生きてるんだろう…) 誰も言葉を発しなかった。発する言葉が、出てこなかった。 最初に言葉を発したのは、もっとも神への尊敬の念を抱いていた、あのクリフトだった。 その表情は硬く、しかし迷いない、曇りの無い目。 そのクリフトは、今までで一番の存在だと、アリーナは思った。 「もしも、もしも望んでいて、黙っていたのなら、私は貴方を許しません!マスタードラゴン!」 「僕はやっぱり許せないんだ。許す事はできないんだ!」 ラグは剣を構えた。応えるように、ピサロが言う。 「それがお前の答えか。よかろう。私はお前の裁きを受けよう。」 ピサロはラグの前に、緩やかに立った。
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