星の導くその先へ
〜熱に浮かされた時〜




 コナンベリーを出航したのは、三日目の朝だった。マーニャは酒場で飲みまくり、 ミネアは町の様々な人と触れ合い、ホフマンはトルネコと商売について語り合った。 ラグは約束どおり、港の男達に船の扱い方等を教えてもらった。
 出航する時は皆が見送ってくれた。五人は手を振って、港の人たちに挨拶をした。
 この先の目的地はミントスだった。そう、商人ヒルトンの町である。 一つはホフマンの希望。そしてもう一つは地図だった。
「船旅でしたら…やはりどうしても地図が要りますわね。」
「すいません、私も地図を持っていないのです。この街に来た時、既に品切れだったものですから…」
 ミネアの言葉にトルネコが申し訳なさそうな顔をした。
「それがあれば、世界の姿が見られるんですね…僕、見てみたいです。」
 世界を知る。それはラグにとって、とても重要な事のような気がした。それに知識を得るのは昔から好きだった。
 そう言って相談していると、マーニャがやってきた。マーニャはこの町で踊り、すっかり町の全員をファンにしていた。
「この町の地図売りは、ミントスって町で、地図を仕入れてたらしいわよ。えっと、何とかっていう商人が世界中に詳しいらしいわ。 今まで船が出なかったから、それで品切れになったらしいわね。」
「ミントス…!もしかしてその商人ってヒルトンさんじゃないですか!」
 ホフマンが目を輝かせる。ラグは炎の前で語ったホフマンの夢を思い出した。
「そうそう、そんな名前よ、確か。」
「ヒルトン老人ですか。私たち商人仲間じゃ有名人ですね。そうですか、ヒルトン商人の町はミントスというのですが。」
 トルネコが妙に納得したようにうなずいた。ホフマンは興奮しながら言った。
「ミントスに、やっぱり今もいるんだな!確かにいるんだ!皆!行ってくれないか?ミントスに!」
「ええ、そうしましょう。地図がもらえるならありがたいですし、何よりホフマンさんの夢がかなうときですから。」
 ラグが即座に同意し、そして満場一致で次の目的地が決まったのだ。

 今は夜。ミントスに向かい、海を渡っていた。月明かりが波間に反射し、暗い海を明るく照らしていた。
 空は満天の星空。ラグは甲板に座り込みながら、空を眺めていた。
 静かだった。皆は船室にこもり、眠っていいるか、それとも誰かと話しているのかもしれない。
 ゆっくりと揺れる、船。黒い、海。
綺麗だけど、切なかった。あの悪夢を思い出す。
 ラグはエンドールで悪夢を見たときから、 みんなの最後を正確に思い起こせなくなっていた。そして、忘れたふりをしていた。思い出せるのは、 皆勇者だと言い残した事、そしてシンシアの、
「私を、守ってね。私を、救ってね。」
 その言葉、だけだった。
(その言葉だけは、今でも鮮明に思い出せるのに。)
 意味がわからなかった。だけどその言葉は、何よりのシンシアの魂が込められていた気がしたから。

 ただ、勇者だと、ずっと皆に責められているような気がしていた。勇者だから育てた。勇者だから、守った。 だから、自分は地獄の帝王を倒さなければならない。自分は、いつも正しくなければ、ならないと。 悪夢の声が、自分を攻め立てる。
(だけど、思い出そう。)
 どうせ、傷つくのならば、心が痛むのならば、本当にみんなの声のほうがいい。本当に、 皆は勇者だけを思って、自分を育ててくれたのか。皆が最後に言っていった一言は、本当にそれだけだったのか。

 ぎゅ、っと金の鍵をにぎりしめた。月の光に反射して、きらきら光る。
 ゆっくりと、目を閉じる。あの時見た風景を、昔を思い浮かべる。思い浮かんだのは、信じる心を 見たときに浮かんだ、あの声だった。

 ”勇者ラグに、祝福を”
 ツキン、と心が痛む。それでも左手で、ゆっくりとおでこに触った。ここはシンシアが、祝福をくれた場所。
 ”そして、私の愛するラグに、幸福を…”
 海風が、髪を、服を、そして唇を撫ぜた。しかしラグはそんなことは、かまわなかった。
(どうして、忘れられたんだろう…ずっと、シンシアのことを思ってきたと、思ったのに。シンシアは、 幸福を、僕に幸せを、勇者ではなく『シンシアの僕』に幸せを、くれたのに…)
 信じる心が伝えたかった事は、これなのだと悟る。大切な事だった。本当に、忘れていたのが信じられないくらい、 大切だった。
(そう言えば、母さんも…僕を愛してる、と言って送り出してくれた。)
 自分があまりにむ不甲斐なく、情けなかった。誰も愛してくれない。一番不幸なのは自分だ、そう思ってたんだ。 本当はずっと、勇者だから、じゃなく勇者しか、愛されていない、と。
(これじゃ、あのときのホフマンさんと何も変わらない。僕は、何より僕は生きてるのに。 皆に生かされてるのに。)
 本当に愛していたのは、勇者だったのかもしれない。そう思うと心が痛い。それがなさけない。
(だけど少なくとも、シンシアは、僕を、勇者じゃない、僕だけに幸福をくれた。)
 それに例え注いでくれた先が、僕だろうと勇者だろうと、注がれた先は一緒なんだから。 まだ、自分にはみんなの本当の気持ちはつかみきれないけれど。

(これでは本当に僕は、皆の希望の勇者には、なれない…)
 ずっと拗ねて、愛されていない、と思っていた自分では。 思い出せたのに、それでも、まだ信じきれない自分では。とても、勇者として皆を引っ張っていけない。

「皆は、僕が勇者にならなくても、それでも許してくれる?」
 独り言が空に溶けてゆく。ただ、一つ、言える事があった。
  悪夢は、もう、見ない。

     


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