星の導くその先へ
〜時針の初め〜







 朝食のテーブル。
「ラグ、モンバーバラ大陸に行きましょう。そこがあたし達の故郷。キングレオ城、そこが父の仇が 安穏と暮らしている場所のはずよ。」
「ええ、時は満ちました。今こそ行く時だと思うのです。皆様、お願いします。」
 迷いが晴れたように毅然として言う二人に、逆らおうと言う意思はどこからも湧いてこなかった。
「あの…」
 そこに従業員が話し掛けてきた。
「どうかしましたか?」
「ホフマンさんが、よろしくと伝えて下さいと。『俺は自分のすべき事を見つけた。皆みたいにきっと 自分にしかできない事だから、頑張ろうと思う。旅先であったら声をかけてくれ』だそうです。」
 その台詞を聞いて、四人の顔がほころんだ。ホフマンは立派に学習し、立派に自分の道を見つけたのだ。
「ありがとうございます。確かに受け取りました。」
 ラグが丁寧に礼を言う。だが、従業員は部屋を出る気配を見せず、まだ言いたい事がある様子だった。
「どうかされましたか?」
「あの、さきほど、キングレオ城に行く、とおっしゃられましたね。このあいだ、ライアンさんと 言う方がこの宿屋にお泊りになられてまして、キングレオ城に行く、そうおっしゃってました。 最近あまり評判が良くないものですから心配なのですが、『勇者を探す』そうおっしゃって出て行かれたのです。 もし、見かけられましたら心配していたとお伝えくださいませんか?」
「わかりました。」
 ラグはそう請け負った。
(勇者…それは僕のことなんだろうか?じゃあ、もしかして…)
 他の皆もそう思ったのだろう。視線をミネアに向けた。ミネアは既に占いに集中していた。 そして、顔をあげた。
「そのライアンさんかはわかりませんが、キングレオに向かう一つの清浄な力強い光が見えます。 導かれし者は確実に、キングレオ城にいますわ。私たちは、行くべきです。」

 そして一行は船を南へと走らせていた。明るい姉妹はただ、無言だった。じっと海をみつめ、 物思いにふけっているようだった。
(二人の仇…もしそれが討てたら、この二人はどうなさるんだろう?)
 ラグは少しそう思った。だけどこの二人が選ぶ道を邪魔したいとは思わなかった。 二人が少しでも良い道へ、そう願うだけだった。
 どれくらい海を見ていただろうか。マーニャは隣りに立つミネアにぽつり、と話し掛けた。
「あの時の同じ風景ね・・・」
 絶望の時。ただ逃げるしか出来なかったとき。
「そうね…だけど姉さん、それは外だけよ。この船の中には知らない人たちじゃない、 私達の仲間がいるのよ。そしてこの先の、…キングレオ城にも。」
「ええ、あの時とは違うわ。」
「ええ、大丈夫。私も、姉さんも…」
 そして変わらぬ思い。それを姉が持っていることをミネアは知っていた。 いまだバルザックを…愛しているのだという事を。
(あの時祈った願いは叶わぬまま。姉さんを実らす清冽な方はいないのかしら…どこを探しても。)
 ため息をついた。そして、ただ海を眺めていた。

(今度こそ、必ず殺すわ、あたしの手で…あたしはあいつの罪を許さない、決して。 そしてそのためならあたしがどうなっても、かまわないわ…)
 海の先の国。そこに憎い、…だれよりも憎い、あいつが。
 その眼はだれよりも闇を見据えていた。

 昔より絶望の空気を含んだ町。ハバリアは陰鬱な空気で満ちていた。
「行きましょう、ここにいても何もないわよ。」
 そう言ってマーニャは町を出ようとした。
「いいえ、待ってください。」
 それを引き止めたのは意外な事にトルネコっだった。
「どうしたんですか?」
   トルネコが一行の行動に反対する事は珍しかった。トルネコは真剣な顔をして言った。
「とても、とても大切な事があります。それを怠れば、恐ろしい事になるでしょう…」
 一同はごくりと息をのむ。ブライが恐る恐る聞く。
「して、それはなんですかな?」
「…多分今日当たり、ネネからの手紙がこの街に来るはずなのです。」
 一瞬の沈黙。…そして爆笑。場の空気が一瞬にして緩んだ。あれほど緊張していた マーニャとミネアもおなかを抱えて笑っている。
「大商人トルネコ殿も、妻には叶わないとみえますな…」
「わ、判りました。トルネコさんのために、宿屋を取りましょう。」

 部屋に入って明かりをつける。そしてルーラで送られてきた手紙を広げる。
 楽観的なトルネコと言えど、この旅は辛かった。
 仇を討つ旅。それは人殺しの旅だから。
 それがいいとか悪い事とかそういう問題ではなかった。自分もネネを殺されたら 笑っていられる自信などないのだから。
 だから手紙が見たかった。ネネの優しい文字を。ただひとり、そんな支えがあることはずるいと思う。 だが、譲れなかった。それはラグに言った旅の理由だったから。
 ネネの優しい文字が並ぶ。ネネの声が聞こえるようだった。そして手紙をおき、筆をとった。
 ”ネネ、元気かい?ポポロもちゃんと勉強してるかい?”そんな書き出しで始まる手紙。 近況報告や、訪れた町。出来事。そんな事を書き込む。他愛のないことばかり。 だが、大切な事。
 ”辛い思いはしてないかい?私の身勝手を許しておくれ”
 毎回の手紙に添えられる言葉。そして返事に毎回のごとく送られる言葉。今回の手紙にも入っていた救いの言葉。。
 ”辛いわよ?逢いたいわ。けど、貴方が貴方らしくないのは、もっと嫌なの。愛してるから”
 愛してるよ、ネネ。
 せめてこの幸せを、皆に分けよう。自分の笑顔でもって。

 電気を消した。明日からはまた笑おう。…みんなの為に、ネネの為に。

「やっぱり駄目だったわね。」
 キングレオ城は前回と同じく、扉は強固な鍵で塞がっていた。アリーナたちが渡してくれた盗賊の鍵に望みを託したが…どうやら もう少し複雑なようだ。
 ミネアはそっと、地面にふれ、取っ手に触れた。
(ここはオーリンが触れた場所。…ここはオーリンが私たちを守って、死んでしまった場所…)
 この城には死の波動が余りに多すぎて、オーリンの思念が見つからないことが残念だった。死者でもいいから 会いたかった。ミネアの目から涙が一瞬滑り落ちた。

「なんだか複雑ね…お城がこんなにも懐かしく思えるなんて。」
 アリーナはキングレオ城を見上げながらつぶやいた。その呟きをクリフトが拾う。
「姫様?どうかなさいましたか?」
「お城ってだけで、サントハイム城を思い出すわ…ここの空気は、最後に見た城とそっくりね…」
「姫様、大丈夫です。元のサントハイム城は我々が取り戻すのです。そのために私もブライ様も、そしてラグさんたちも いるのですから。」
「大丈夫よ、判ってるわ。」
 アリーナはナーバスな気分を吹き飛ばし元通り笑った。その笑顔を見て、クリフトも笑う。

「あの…」
 そこに話し掛けてきたのは一人の吟遊詩人だった。
「え、ぼ、ぼくですか?えっとぼ、ぼくは怪しいものじゃなくて…その…」
「ラグ、そんなにうろたえてたんじゃどんな人間だって怪しいわよ。で、なんのよう?」
 マーニャがラグをフォローする。…吟遊詩人は一瞬苦笑して、そして必死の表情に戻り、ラグにつげる。
「僕は旅の吟遊詩人でホイミンといいます。お願いです!ライアンさんを助けて下さい!」
「ライアンさん…?」
 それはミントスの宿屋で聞いた名だった。
「ライアンさんは勇者を探し旅に出て、この城の兵士につかまってしまったんです!どうか、ライアンさんを助けて下さい! この城の鍵をあけるためには魔法の鍵が必要なんです。魔法の鍵の事は、コーミズの地下に住む、 僕の友人が知っています…お願いします!」
 その眼はとても無垢だった。まるで犬のように。

「ねえ、ミネア。」
「ええ、姉さん。コーミズには地下室は一つしかないわよ。」
 生まれたときから住んでいた村。あの小さい村を自分達は隅から隅まで知っている。
「マーニャさんたち、その場所わかるの?」
 アリーナの問いかけに、姉妹は答える。
「コーミズはあたし達の生まれ故郷よ。」
「そして地下室がある家は唯一つ…私達の家です。」




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