星の導くその先へ
〜夕暮れの光、夕闇の闇〜




 赤く染まった父親の墓は、ただ静かに二人を迎えてくれた。
「…父さん。やっとあいつを倒したわ…バルザックはもういない。バルザックの魂は… どこにいるかしら?そこらへんをさまよってるかもしれないし、…消えたかも知れないわ。 だけど、父さん、もういいから。心配しなくても、いいから。」
「お父さん…仇は討ったわ…お父さん、もう終わったわ。だけど父さん、間違いはまだ 正されていないわ。…進化の秘法は、デスピサロに渡ったの。…必ずお父さんが 望むようにするわ。私たちがお父さんの代わりに…ちゃんと封印するわ…」
 一言ずつ、花と共に言葉を添える。そして、祈った。ただ黙って天にいる父を。 安らかにと。
 長い、長い祈り。長い長い問いかけの言葉。それが終わり、二人は顔をあげた。
「姉さん…行きましょうか。ラグたちの所へ…」
 ミネアの問いかけに、マーニャは首を振った。そして袋から、キメラの翼を二枚出した。
「あんたはこれで、フレノールへ行って。…オーリンに報告してきて頂戴。…悪夢は終わったって。」
 そう言って、ミネアにキメラの翼を手渡した。ミネアはそれを受け取り…そしてまた押し返そうとした。
「姉さん、姉さんは?姉さんも一緒に行かないと駄目よ!」
「…あたしはまだ、ここでする事があるの。それに、こんな血みどろで怪我人の所へなんて 行けないわよ。あんた、行ってきて頂戴。オーリンもそれを 楽しみにしてるんだから。…そう約束したわね?終わったらちゃんとオーリンに会いに行くって。」
「姉さんが来ないなんて聞かなかったわ!姉さんも行きましょう?オーリンはきっと私たち二人 が揃うのを見たいと思ってるわよ!」
 マーニャはすこし口のはしをあげて、からかうようにして言った。
「あら、最初にオーリンから逃げたのは、誰だったかしらね。いいから行って頂戴。 …あたしにはまだ、やる事が残っているのよ…」
 口調はいつもどおりの声だった。いつもどおりの声を作っていた。だが、その端々が 叫んでいるようにミネアはは聞こえた。だからミネアは納得するしかなかった。それに 父の目の前で言い争うのも気が引けた。
「…判ったわ。でも姉さん、一つだけ、聞かせて頂戴。…遺跡の地下の研究室には… 行ったりしないわよね?」
 ”ここは今のあたし達のいる場所じゃないわ。ここは過去が残る場所よ…今を生きるあたし達が いちゃいけないわ。”
 マーニャ自身がいった言葉。遺跡の研究室。そこは父と、バルザックがオーリンと共に研究にいそしんだ場所だ。 遠い昔。…その場所へ…死んでしまった二人を追いかけて、逝きはしないだろうか、そう、恐れた。
「いかないわよ、そんな場所。…ちゃんと行くわ…ラグたちの所へ…」
 静かに、とても静かにマーニャはそう言った。ミネアはそっと翼を投げ…空へと飛んだ。

 静かに音楽が流れていた。マローニの歌声は、変わらず美しかった。町並みは、何にも変わらないように思えた。 何も憂いなかった昔と。
「宿屋で休みましょう、姫様。」
 クリフトは、アリーナを宿屋に導こうとした。アリーナは少し考えた後、首を振った。
「ううん、なんだか落ち着かないわ。いろんなことがたくさんあって、頭がぐちゃぐちゃなの。 そうね、クリフト、神様に報告したいって言ってたわよね?付き合ってもいいかしら?」
「でも…お疲れではありませんか?姫?」
「私は何もしていないわ…マーニャさんとミネアさんの戦いだったから。」
 そう切なげに笑う。その原因を、クリフトたちは知っていた。バルザックが息絶える所に、 居合わせていたから。もっともその事はけして言うまいと、4人の暗黙の了解だったが。
「判りました。では行きましょうか。」
「では私は、宿屋で待っておこう。ブライ殿やマーニャ殿達が戻ってこられた時のために。」
「私もそうさせていただきます。正直疲れましたからな」
 ライアンとトルネコはそう言った。ラグは少し悩んで決めた。
「僕も教会に行ってもいいですか?」
 バルザックの最後はベットで眠っていても目の奥に浮かびそうだったから。

「綺麗な歌声ですね…街の中にずっと響いてます。」
「あの人はマローニさんって言ってね、さえずりの蜜っていうのを飲んで、あんな綺麗な声になったんだって。」
「かつてその蜜を探しに高い塔に登った事がありましたね…」
 たわいない雑談が、頭の上をすべる。先ほどあった戦闘が嘘のように、街は平和だった。
「この町は、昔、私が神学の勉強をしていた町です。教会も小さいですが美しいですよ。」
 クリフトは誇らしげに町の中央の教会の扉を開く。斜めになった日の光を浴びたステンドグラスが きらきらと輝いていた。三人は祭壇に登り、ひざまずき、祈った。神へ。
 仲間の心の痛みが少しでも取れるようにと。
 心正しきものへの平和を。
 自分の父の、無事を。

 奇跡を信じた町。ミネアは再び、フレノールに来ていた。
(姉さんにはそう言ったけれど…私本当に行ってもいいのかしら…)
 入ろうとして止める。考える為に宿屋を一周回る。すでに町の人間には奇異な目で見られていた。
 あの女性が恋人でない事は知っている。けれど、オーリンがあの女性の事が好きなのかもしれない。 もしそうなら、邪魔になるのではないだろうか?
(お父さん、私、オーリンに逢いに行ってもいいのかしら?)
 もう一度逢うくらいはいいかもしれない。そう思った決意もどこへやら、ミネアはひたすら広場を回っていた。 そして決心がついた頃には、既に空は紫色に染まっていた。
(逢いに行きましょう。私には全てを伝える義務があるはずだわ。きっとオーリンも心配している。 それに…)
 二階に上がり、ドアをノックする。
「はい」
 それはオーリンの声だった。ミネアの胸は跳ね上がった。震える声を抑え、ゆっくり名乗る。
「ミネアですわ。…入ってもかまわないかしら?」
「ミネア様!…てて、どうぞ、お入りください!」
 オーリンが立ち上がろうとする気配がする。ミネアは急いで扉をあけ、中に入った。 部屋は雑然としていた。とくにオーリンのベッドの周りは、金具などで散らかっていた。
「あの…女性は?」
「下で宿屋の手伝いをしてらっしゃるようです。ミネア様…マーニャ様は?」
「…コーミズにいるわ。…お父さんに、報告していると思いますわ…」
「では!お二人でバルザックを討たれたのですか?…ご立派になられましたな…」
 オーリンはしみじみ言った。その言葉を聞いて、ミネアは涙をこぼした。
「ミネア様!どう、どうなさいました?」
「オーリン…聞いて、欲しいの…バルザックに会った時の事を、全て…貴方に聞いて欲しいの」
 マーニャの妹として、エドガンの娘として、自分として、そしてオーリンの代わりとして 目をそらさずに見てきたことを、ミネアはゆっくり語り始めた。

 ミネアが行った空を、マーニャはじっとみつめた。空はどこまでも広く、 どこまでの澄んでいた。
「埋葬日和かもしれないわね。」
 マーニャはそう言うと、倉庫からスコップを持ち出し、庭の片隅に穴を掘り始めた。
(これくらい良いわよね、父さん。バルザックは…死んだのだから。)
 血にまみれたナイフ。血にまみれた自分。バルザックの最後のかけら。
 バルザックの命を奪ったナイフ。それはまだ、紅い血が滴っていた。
 埋める。その行為は神聖で、厳かな気分になるもの。遺体を埋める事はできなかったけれど、 せめてお墓を作りたかった。
 独りきりで、土を掘り、そしてナイフを埋める。涙は出なかった。もう、泣いてもいいのに。 周りには、誰もいないのに。
 バルザックの事を思い出す。初めて出会った時から、死の間際まで、ずっと思い起こす。 きっと生涯忘れないだろう。あの暖かさを、あの唇の愛おしさを。…そして、腕の中で砂になっていった、あの感触を。
 それでも、涙は零れなかった。泣く気分にもなれず、何故だか妙に冷めていた。
(さよなら、バルザック)
 最後に木を立て、一言心でつぶやいて、立ち去る。振り向かない。 振り向いても、何も変わらないから。
そしてマーニャはルーラを唱えた。消えた心と共に、空へ飛んだ。




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