星の導くその先へ
〜 女難の相 〜




「ふぉっふぉっふぉ、この国にはわし以外の男は住んでおらんでの。おぬしらみたいな若い男が 集団でいたらそりゃ目立つじゃろうて。」
 教会の老人は、ラグたちの居心地の悪さを笑い飛ばしてくれた。
「あの…神父さんは『天空の盾』ってご存知ですか?」
「天空の盾…知らんなあ。わしゃ、これでも新参者だからのう…他の町のもんに聞いてみたらよいのではないかな? おぬしらみたいないい男なら、女たち喜んで教えるじゃろうて」
「そうですか…」
「ど、どうやら街を歩き回らなければならないようですね」
 神父様の言葉にクリフトががちがちになっている。クリフトは女性が得意ではないのだ。ましてやここの女性は 妙に露出度の高い防具を纏っているのだから。
「うっふっふ♪強そうな人がいっぱいね!私と同じ武道家系タイプかしら?」
 アリーナはそんなクリフトの様子に気がつくことなくうきうきしている。
「なにやら楽しそうですなあ。…いや、違いますよ?私はネネ一筋ですから!ここの店にはいいお土産がありそうです。」
 トルネコが妙に張り切っている。よく見ると、ブライも少し顔がほころんでいるように見えた。
「ふーん、まあいいか。せっかくだし、見て周りましょうか…顔が緩んでるわよ、ライアン」
 すっきりしたとはいえ、まだ機嫌が直っていないマーニャがぶっちょう面で言う。
「い、いや別にその様な事はない!」
「…なんでうろたえてるのよ…べっつにあたしには関係ないけどね。」
「…姉さん、どうしたのよ。まったく。いいかげんにして。…すいません、ライアンさん。」
 ミネアはそんな姉の態度にいいかげん頭痛がしてきた。
「いや、気にする事はないが…ラグ殿、やはり、見てまわるのか…?」
「そうですね…」
「やはりばらばらで尋ねたほうがよかろうて。この国では旅人と言うだけでも目立つのに男だとさらに目立ってしまうでの。 警戒されては聞く事もきけんじゃろう。」
 ブライの言葉にクリフトとラグが引きつる。判っていたとはいえ…妙に恐ろしかった。
「では私達は逆に三人で行動いたしますわ。女性でしたら目立たないでしょうし…眼を放すのは心配ですもの…」
 既にあきらめ切った様子でミネアが言う。
「よろしくお願いいたします、ミネアさん。」
 クリフトの無言のメッセージを受け取りながらミネアは心に汗を流す。
(アリーナさんが怪我などなされたら…頑張らなくては…)
 そうして、浮かれながら、びくつきながら、いらだちながら、恐れながら、8人はガーデンブルグの町に散らばった。


「天空の盾…そんなの聞いてどうするの?貴方達旅人でしょ?」
 隔離された国。見知らぬ旅人に女性の警戒心は強かった。
「そうですか…」
「女王様なら知ってらっしゃるかもね。できるもんならお尋ねしてみれば?」
「ありがとうございました。」
 そう言って、ミネアはふう、と息をつく。
「かーんじ悪いわねえ、いけ好かない国」
 そう言い放ったマーニャにミネアが食ってかかる。
「姉さんのせいよ!ただでさえ姉さんは派手なのに、機嫌悪そうに!だいたいなんなの?」
「別になんでもないわよ!関係ないでしょ?この国の人間が性悪なのよ!あんたも気がついたでしょ?この国に入ったときから 感じる敵意を!」
「あら?」
 そこでミネアは気がついた。先ほどまで女兵士に色々話し掛けていたアリーナの姿が見えないことに。

「アリーナさん?どこにいらっしゃるの?」
 そうして周囲を見回すと、少しはなれたところにアリーナが一点をみつめ 棒立ちしていた。姉妹はアリーナに近寄り、アリーナの視線を追う。
「…なあに?あれ?バーゲンでもやってるの?」
 武器屋の隣りに少し年配の女性が5.6人群がっていた。そして、その中央には――――
「トルネコさん?」
 女性の勢いにおされ、それでもなれたように武器を扱いながら、女性に何か説明しているようだった。女性は大人しく 聞いているだけではなく、時々何か言ったり、トルネコにさりげなく触ったりしている。
「…もしかして私達は、思い違いをしていたのでしょうか…」
 最初の注目は、大人数の男を珍しがっていたわけじゃなく…
「男の、品定め…」
「かもね…しかしトルネコであれってことは…」
(ラグとクリフトとライアンは、きっとそれどころでは…)
 三人の結論がそう達したとたん、アリーナが走り出した。
「アリーナさん?!」
「クリフトを見てくるわ!」
 そう言うとアリーナは廊下の端に消えていった。
「…もう、世話が…やけるわね!」
 そう怒鳴り、マーニャは階段を昇り始めた。
「姉さん?」
 マーニャはミネアの方を振り向かずに答える。
「どのみち一人でほっといたら危ないわ!ラグだかライアンだかを見つけて保護した方が良さそうよ!」
 そうしてマーニャは肩をいからせながら二階へ消えていった。
 ミネアはため息をつくと、ゆっくりと周りを見渡しながら城の広間を後にした。


 アリーナは走った。ただひたすらクリフトの姿を求めて。
(クリフトも、トルネコさんみたいに女性に囲まれているのかしら…助けなきゃ!)
 サントハイムにいたときからクリフトが女性に人気があったことはアリーナにも知れていた。 朗らかにさわやかに笑う美男子のクリフト。そして優しい物腰。王宮の神官で、王族の信頼を得、知性の輝きに 満ちた人。これがもてないわけがないのだ。
 よくたいした相談でもないのに悩みを毎日毎日持ちかけたり、物なんかで 、クリフトの気を引こうとしていた女性をアリーナは見かけていた。
 クリフトは悩みには真剣に神の教えを――――そして女性のアプローチには少し困ったような顔で断っている事を アリーナは知っていた。そうしているうちに、だんだんその女性は来なくなるのだ。
 だが、その女性達はごく一部なのだ。クリフトに思いを告げることも出来ず、遠巻きに見守るだけの女性がたくさんいることも、 アリーナは知っていた。ただ「おてんば姫アリーナ」の「教育係」で「神官」。その事実がクリフトを 遠巻きに見せた原因だと言う事も。
 今より2.3年ほど前だろうか。お互い年頃になり「恋」と言うものが同年代に移ろい始める頃。
「ねえ?クリフト…あなたは…恋人は作らないの?神父様が心配してたわよ?」
 壁を壊したアリーナの代わりに叱られるクリフトを見て、神父が言った事を気にして聞いた事がある。
「…神父様がですか?」
「ええ、アリーナ姫の面倒ばかり見ていては、『ただ一人の誰か』を作る暇もないでしょうか…って」
 何気ないふりをしてそう言うと、クリフトは頭を抱えて黙り込んでしまった。
「この間も、誰かにクッキー貰ってたわよね?貴方は特定の誰かを作らないの?」
 そう言ってクリフトの顔を覗き込んだ。クリフトは顔を起こし、真剣な表情でアリーナをひた、とみつめた。
「…姫様は私に、恋人を作られる事をお望みですか?」
 その真剣な表情に少し驚いた事を、アリーナは今でも覚えている。そしてアリーナはこう答えた。
「貴方に幸せになって欲しいとは思ってるわ。」
「私の幸せは姫様です。姫様が立派な女王になられること、それが私の幸せですよ。」
 その返答に、なぜかほっとした事を、アリーナは思い出す。そして…クリフトの声が なぜか少し震えていた事も。

「きゃ!」
 角を曲がった先にいた女性にアリーナはぶつかった。
「ごめんなさい…え?!」
 とっさにあやまり、そして前を向く。するとそこには女性の波だった。
 とくにシスターや少し大人しそうな町娘、それでいて芯の強そうな女性が多いだろうか。およそこのように群れを 作りそうにない女性達だった。
 その見慣れぬ女性たちの真ん中に、見慣れた神官、クリフトがいた。
「クリフ…」
 声をかけようと思った。
(…けれど、私がクリフトの『たった一人の誰か』を作るのを邪魔する権利はないはずだわ…)

 
戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送