星の導くその先へ
〜 永久に還らぬもの 〜




「まさか…こんな早くにここを訪れる事になるなんて、思わなかったね。」
「はい、姫。しかし私ごときがこの場所に入ること、許されるのでしょうか…」
「本来ならば、許されぬよ。じゃが今回は良いじゃろう。非常の時じゃからな。」
「…ここはサントハイムのお墓なんですか?」
 エンドールの南。とある孤島。アリーナたちの服装に刻まれている紋章。 そこに神聖でありながらどこか陰鬱。独特の雰囲気の建物、王家の墓があった。
 サントハイムの三人が懐かしげにその墓を眺めていた。ラグの問いかけにアリーナがお墓を見ながら頷いた。
「そうよ。サントハイム王家の者全ての遺骸がここに収められるの。」
「最後に、お妃様が入られて以来じゃの…。」
(貴方を喪った時。泣く事は許されなかった。王が、姫が泣くのをただ、見ていた…)
 ブライは荒れた草むらを見渡した。

「ここは、とても不思議な気で満ち溢れています。満足して成仏した方、未練を残され消えていった方… それでもこんなに荒れていないのは、皆高貴な方だからでしょうか?」
 霊が見えるミネアが空中を見ながらつぶやく。トルネコがふと思いついたように聞く。
「でもこんな所までお墓参りにくるの、大変じゃありませんか?」
「墓参りはここまでは来ません。ここは本来遺骸を置くだけの場所。そして決別をする場所。 魂への語りかけは、その方が生前いらした場所の教会で行います。」
 本職であるクリフトがすらすら答える。横でアリーナはミネアにこっそり語りかけた。
「ねえ、ミネアさん。」
(こんな事聞いて、私どうしようって言うのかしら…)
「なんですか?」
「私の…お母様は見える?」
 母は今、怒っているのだろうか。自らの責務を忘れ、国を陥れたも同然の娘を。
(お母さんは怒るような人じゃなかったけど。いつも笑っていたけど、それでも怒ってるかしら…)
 不安そうに聞くアリーナを、ミネアは優しい目で見た。
「ここには未練を残して漂っている方はいらっしゃいませんわ。皆、天に上がられたようです。私にわかるのは それだけですわ。」
「そう、ごめんなさい、ミネアさん。」
「いいえ、かまいませんわ。気持ちは判りますもの…私にも何故か父の姿を見ることは出来ませんでしたし。」
「ミネアさん…」
「けど、今は信じられます。父は笑ってくれているって。きっとアリーナさんのお母様も、アリーナさんが心に 思い描いた顔と同じ顔をしていらっしゃいますわ。」
 そう言って笑うミネア。そう言える人を、アリーナは尊敬した。


「じゃあ、行きましょうか。」
「ラグ殿。」
「どうかしましたか、ブライさん?」
 皆を見渡し、そして遠慮がちに、それでもはっきりと告げる。
「ここに入るのはわしらと、あとはラグ殿…それだけではいかんかのう?」
「ブライ様…」
「ブライ!いいじゃない!」
「姫様…このような時でも伝統を崩すのはあまりよくないですじゃ!わしらだけ、というのは多少心もとないので ラグ殿だけお供していただこうと思いますじゃ。失礼だとは思うが…いかんかのう。」
 いつもの態度。だがその目にもう一つなにかを秘めているような気がした。そこに当たり前のような声が横から割り込んだ。
「ラグ―、この年であたしお墓なんて行きたくないわ。馬車で休んでていい?」
「私ごときがこのような所に入るのは遠慮させていただこう。」
「そうですなあ、古来商人たちは墓あらしをしたといいます。ただの商人ごときが入り、死人の眠りを 起こすようなことは遠慮したいですね。」
「ここはたくさんの気が入り混じっていて…時々めまいがいたしますわ。余り戦力になりそうにありませんから、今回は遠慮させて もらってもいいかしら?ラグ?」
「皆さん…」
「さー行きましょ、行きましょ。じゃあがーんばってねー。」
 マーニャは後ろで手を振った。皆もすこし苦笑しながらそれでもぞろぞろと馬車へ入っていく。
「じゃあ、いこっか、クリフト、ブライ、ラグ。…この中に魔物が何かを隠してるのよね?」
 そう言いながらアリーナはお墓に入る。クリフトが慌てて後を追い、ラグがもの珍しげに周りを見渡しながら、 それでも真剣な表情で続く。
 ブライが気づかれないように馬車に向かい軽く頭を下げる。そして王家の墓の紋章を見上げた。
(貴方が眠る所を、騒がしたくなかった…)
 若い頃の気持ちを胸に秘めながら、三人の後へと続いた。


「なかなか広くて動きやすいわよね。」
「姫はこの中はどれくらい…」
「ううん、クリフト。お葬式は外でやるの。私はお母様の棺桶が中に入っていくのを見守っただけよ。 …それも小さかったし良く覚えてないの。」
「そうですか…」
「慣例によると王妃様の遺体は一番手前にあると思うのじゃが…スライムが言っておった アイテムとはなんじゃろうな…」
 その三人の背中を見ながら、ラグは問い掛ける。
「…ところで、どうしてお墓がこんなにややこしい仕組みなんですか?」
 旅の扉、動く床、入り組んだ構造。それはまさにダンジョン、といって差し支えないほどだった。ラグは すでに自分がどこにいるか自信がないほどだ。
 しかしその問いかけにアリーナはあっさり答えた。
「王家の墓って言うのは盗掘防止のために複雑にしてあるものなのよ。」
「それだけではありません。複雑に見える形は、神への信頼や天空への導きを示した図形となっております。」
「それと大きく複雑な仕組みを示せば示すほど、王家の権威をあらわせるというわけじゃ。」
「…王族って大変なんですね…」
 そうつぶやきながら、ラグは剣を振り上げアリーナが傷つけたモンスターに止めをさした。
「姫様、戦いながらお話するのは感心しませんよ。もし御身に傷がつけば…」
 そう言いながらクリフトはアリーナの傷のチェックをする。
「しかしモンスターなぞ…このようなところまで!王妃様がいらっしゃるのいうのに姫が このように戦われているならば、わしは王妃様に合わせる顔が!王妃様は とてもおしとやかな貴婦人だったというのに…」
「…悪かったわよ…でも仕方ないじゃない。さ、ラグもクリフトも行きましょ。」
「姫様…」
 歩き出すアリーナの後ろを三人が追った。クリフトが小走りに追いかけアリーナに話し掛ける。
「しかしややこしいですね、どっちに行けばどこにでるのか全然判りませんよ。」
「…ねえ、クリフト。」
「なんですか?」
「やっぱり、お母様は怒ってらっしゃるかしら?私がこんな風になって。おしとやかに できなくて」
「姫…」
「ミネアさんはだいじょうぶだって言ってくれたし、私もそう思いたいけど…」
 クリフトは優しい目でアリーナをみつめる。
「大丈夫ですよ、姫。姫は今そのままがいいのです。無理に変えてしまっては歪んでしまいます。 きっとそんな姫を見るほうが、王妃様には辛いと思いますよ。」
「クリフ…」
「アリーナさん!そっちは違います!」
 ラグの声に振り向く。ブライとラグは立ち止まって手招きしていた。
「そっちはさっき行きましたよ。」
「まったくクリフトまで何をしとるのじゃ。」
「申し訳ありません…」
「まあまあ、ブライさん。実際ここややこしくて僕も良くわかりません。」
「そうじゃのう…墓を汚すような真似はしたくないが、やはり目印でもつけるしかないじゃろうか…」
「それとも一度引き返してみます?」
「そうですね…アリーナ様はどう…姫?どうなされました?」
 三人が話し合っている隙にか、アリーナはいなくなっていた。


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