「ここはデスパレス、我々魔物たちの城だ!」 厳しい敵の中、デスピサロへ入り込んだ潜入組。 「あっちもこっちも敵でいっぱい!戦えないなんて残念・・・」 「しかししっかり警護をしておるようだ。やはりこの杖がなければ辛い所だろう。」 ライアンは杖をしげしげと眺めながら言う。 「そうですね、城の作りもしっかりしているようですし、これはかなり本格的な城でしょう。情報が期待できそうです。」 「ねえ、クリフト、もしかしてお父様たちの情報がわからないかしら…」 「やり方によっては可能かもしれませんね。しかし…例えどうであってもデマである可能性も高いですゆえ、 冷静になってくださいね、姫。」 クリフトの言葉に、アリーナは来がけに起こった出来事に思いを馳せた。 「…わかってるわ。…ラグがあんな風になったの初めてね…」 「まったく、勇者ゆえか、冷静でおだやかな御仁だと思っておったが、やはり若い方なのだな…」 城に入るときのラグの顔をマーニャは思い出す。 「しかしあの子もきつい手を使ったもんよねえ…」 「さっきのミネアさんのこと?」 問い掛けるアリーナにマーニャはうなずく。 「あれじゃ、ラグが自分の意見を押し通せるわけないじゃない。 ラグはなにより誰かが自分のために犠牲になることを恐れてるんだから。」 「そうね…ラグはいつも後ろに下がって冷静に私たちをまとめてくれてるけど、必ずおとりは自分が引き受けてるわね…」 「回復も必ず私たちを優先してくださいますね…。けれど、ミネアさんのした事は正しかったと思います。 ラグさんは自分を見失ってらっしゃいましたから…」 「それに、ラグ殿はそれをきちんと自分の中に収めることができる御仁。心配はいるまい。それよりも、我々の 仕事をきっちりせねばな。」 男陣が女性をフォローしながら進む。 「そうよ!せっかくラグたちを押し切ってきたんだから張り切らなきゃ!」 「ひ、姫様、お声が!」 「どーでもいいけどどうしてアンクルホーンなの?ぶっさいくで嫌だわー。このあたしの美貌が…」 「…マーニャ殿も余り声を出されるほうがよろしいようだな…」 潜入組はそれなりに平和なようだった。 デスパレスから少し離れた森の奥。そこは木々がとぎれ、ぽっかりとした花咲く草むらになっていた。 ラグはそこへ寝転がり、空を見上げていた。魔物の住まう土地とは思えぬほど、花は咲き、鳥は飛んでいた。 すうっと深呼吸をする。 (昔、よくシンシアとこうして寝転がったな…) たいした月日は経っていないはずなのに、もう何年も昔のように思えた。考えてみれば、ラグはあの時以来 、ずっとその前を思い出すことはしなかった。平和だった時が失われた事を嘆きながら、その時を 思い出すことはしなかった。ただ、もがいていた。苦しい想いから逃れようと。苦しみから解放される為に、 ただずっと走り続けていた。 ラグの顔に影がよぎった。 「ラグ、大丈夫ですか?」 ミネアがラグの顔を覗き込んでいた。それは昔確かにあった一場面だった。ラグは少し微笑む。 「すいません心配かけて。大丈夫です、僕。」 「ええ、今はすごく余裕のある顔をしてらっしゃいますわ。でもすいません、ラグ。貴方が 嫌がるのを判っていて、私は言いましたわ。…それでも、嘘じゃありませんわ、ラグ。 もしそれでもラグが行こうとするなら私も、きっと皆さんもラグを命をかけてかばったと思いますわ。」 「ミネアさん…」 見たことのある顔をラグは見た。 (シンシアの顔…あの時の、最後のシンシアの顔はこんな表情だった…そういえば、初めてあったエンドールで、 二人は似ていると思ったっけ…) 誰かの犠牲になろうとするとき、人はこういう顔をするのだろうか。 ラグは両手でミネアの肩をつかんで言った。 「絶対に止めて下さいね。僕の為に、誰かが犠牲になるのは、もう嫌です。」 「ラグ…」 もう、という言葉がラグの心にある深い傷を思い起こさせた。 空気が優しくラグを包んだ。 ほこりのカビの匂いに溢れる場所。そこは階段の先。見えるは汚い壁。鉄格子。 そこはまごうことなき牢屋だった。 「人が捕まってるみたいね…助けられないかしら。」 「少し無理ですね…変化の杖で変身させるにしても人数が増えては不自然ですし…」 「うむ、今回は偵察に留めておくべきだろう…偵察が終えた後ゆっくりと助け出せばよいだろう。」 「それじゃ、行きますか。」 そう言って看守らしきモンスターに精一杯モンスターらしい声色でマーニャは話し掛ける。 「どうだ?人間は。」 「は、アンクルホーン様!これはこれは…いやいやまだまだ食べごろではありませんですよ。」 「そうか、それは残念だ。」 「この城へはどのような御用で?ああ、そういえばデスピサロ様から直々にお言葉があるようですな。」 モンスターはへこへこしながら嬉しそうに話し掛ける。 「お話です…話だって?いや私はそんな事、知らないわ…ぞ。」 アリーナがしどろもどろで聞き返す。 「おや、知りませんで?上の会議室であと一時間ほどで始まるようですぞ。行って見られてはいかがですかな? アンクルホーン様方なら、私達のような下っ端と違い、デスピサロ様にお目にかかれるでしょう。」 「そうか、すまぬな。おお、せっかくだ、人間をからかって遊んでおこうか。入ってもかまわぬか?」 まったく違和感なくライアンは聞く。モンスターは首を縦に振った。 「ええ、もちろんですとも。でも逃がさぬように気をつけて下さいね。」 「わたしがそのようなミスをするとでも…まあよい、そなたこそ気をつけるようにな。」 ライアンはそう言うと牢屋に向かう。三人もそれに続いた。マーニャが小声でライアンに話し掛ける。 「あんた、まったく違和感ないわね…」 「このようなこと、人間もモンスターも変わらぬよ。」 牢屋には三人の人間がいた。すでに恐怖が感情を支配しているらしく、こちらにほとんど反応しない。話し掛けようとすると 失神しそうなので、そっと様子を伺うだけにした。 「走ってやせないと!食べられないようにしないと!」とただひたすら走っている女性。 「おれはまだやせてるから、食べられるのは一番あとだな…」と無気力に寝転んでいる男性。 「神さま!他の人間はどうなってもかまいません!どうか私だけは助けて下さい、神様!」と熱心に祈る神父。 追い詰められた人間のあさましさの尺図だった。何か耐え切れないものがあり、一行は隠れた裏の扉から外へ出た。 「なんなのです、あれは!神の教えがなんたるかもわかっていないではありませんか! 自らが助からなくてもいい、と思えとは言いません、ですが、他人がどうなってもいいなど!あれが 神へ使える者の言う事ですか!」 一番耐え切れなかったのは神にもっとも敬虔なクリフトだった。 「ちょっとクリフト、気持ちはわかるけど、そんなこと大声で言わないでよ。」 マーニャがとっさにたしなめる。クリフトはぶつぶつつぶやくように言葉を続ける。 「判ってはいます。いくら神へ使える者でも命の危機には錯乱します。ですが、いくらなんでもあの言い様は…」 (今日はまた、随分と珍しいものが見られるのね。) だだをこねるラグと、愚痴を言うクリフト。たとえモンバーバラ劇場でも見られない一品だ。 ライアンは横でその様を悠然と見守っていた。そこへアリーナが割り込む。その姿を見て、 クリフトは居住まいを正した。 「すいません、姫。みっともない所をお見せしました。」 「いいの、クリフト。」 アリーナはにっこり笑って言った。その一言でクリフトの目の前は花畑になる。 「私、あの神父さん見てちょっと誇らしかったもの。クリフトがどれだけ素晴らしいか判った。あなたは あの神父と違って本当の神へ使えるものよ。」 (ああ、姫様!姫様の為ならば!私は神をも裏切れましょう!) 心の中でそう思うクリフトは、実はあの神父とそんなに変わらないのかもしれない。ただ大切な者の 対象が、自分か他人かの違いである。 |
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