「ねえ、姉さん」 タオルを差し出したミネアは、どこか瞳が曇っていた。 「どうしたの?もう舞台には上げないから安心してよ。」 「ううん、そうじゃないわ。…ラグがいないのよ。」 「ああ…挨拶、出来なかったわね。」 「違うの…」 体を拭くマーニャの手を、ミネアは掴む。 「そうじゃないの!姉さん、何だか嫌な予感がするの!ラグの故郷の事も、ラグ自身のことも… とても嫌な予感がするのよ…」 「たしかに、ラグってばいつも以上に静かだったわね…」 「姉さん…行かなくちゃいけないわ…きっと。私、感じるの、なにか、 ラグの身に何か起きる…お願いよ、姉さん…」 マーニャはミネアの眼を見つめる。 「…確かなのね。」 ミネアはうなずく。 「判ったわ。じゃあラグの村へ…」 「だめ、姉さん。」 ミネアがマーニャの呪文を制する。 「どうしたのよ。」 「皆と一緒に行きましょう。」 「ミネア!・・・そんなに、大事なの?」 ミネアはきっぱりとうなずいた。 「立派に成長したな、アリーナ。旅に出る前は子供だと思っていたが…大変な旅だっただろうが、それが お前をひとまわりもふたまわりも成長させたようだな。…この国を継ぐのに相応しい人物になれた。」 「お父さま…?」 「心配するな。すぐ退位はしない。お前にもまだまだ勉強してもらう事があるからな。」 「ねえ、お父さま?」 アリーナは少し痩せた父親をじっとみつめた。 「サントハイム王族には不思議な力があるんだったわよね?」 いきなりの質問に少しうろたえながらもアリーナの父は答える。 「ああ、そうだ。私は稀に予知夢を見ることがある。…いままでの王族もわずかながら人の心を 読み取ったり未来を知る力があったらしい。…お前が世界を救った事も、その力なのかも知れぬな。」 その言葉を聞き、アリーナはすくっと立ち上がる。 「お父さま。私、少し城を出ます。」 「な…アリーナ!」 サントハイム王も立ち上がる。 「何を言っているのだ!もう旅は終わったではないか!世界は平和になったのだぞ?これ以上、どこへ行こうと言うのだ?」 アリーナは父の眼を見て、はっきりという。苦しい旅の最中に身につけた気品の威厳を持って。 「お父さま、私は今、この城にいてはこの国を継ぐ資格を得られません。…途中で 投げ出すような人間に、何かを見捨てる人間に、国民はついてこないに決まってるもの。ごめんなさい、お父さま。 アリーナは行きます。」 それだけを言うと、くるりと後ろを向き、玉座から遠ざかる。その威厳に国王さえも飲まれ、あっけに取られていた。 いつからそこにいたのか、ブライが広間で待ち伏せていた。二階からサントハイム王の怒声が聞こえる。 「姫様?!王様が怒っておられますぞ。どこに行こうというのじゃ?」 「ブライ…ラグが気になるのよ。ラグはこれからどうするの?あんなに何もないところで。」 「そうじゃな…それを見に行かれるのか?」 「…それだけじゃないの…何ていえばいいか判らないんだけど…」 ゆっくりと頭を整理するようにアリーナは話す。 「お別れするときのラグ、とても寂しそうに笑ってたでしょ?なんだか、嫌だったの。なにかどこかで見たことがあるような… そして何か嫌なことがあったような…そんな気がして。」 「お供させていただきます。」 迷いながら言うアリーナに教会から出てきたクリフトがきっぱりと言う。 「クリフト!」 「クリフト、おぬしは姫に甘すぎる!」 そういうブライにクリフトは珍しく自信を持って言う。 「いいえ、ブライ様。私は姫の意見だから言っているのではありません。私も最後に会ったラグさんが気にかかっているのです。 どこか足取りが重いようなそんな感じがしましたし、顔もなんだか冴えない顔色でした。なによりも、 姫と同じです。どこかさびしげな顔が気にかかるのです。それに、ラグさんのこれから先も気になります。 ブライ様、旅を同じくした方をこのままほっておくことが、本当に正しいとお思いですか?」 「クリフト…そう、私もそう言いたかったの!」 「行きましょう、姫。」 そう言って出て行こうとする二人をブライが止める。 「待つのじゃ!わしも行こう。わしの方が早い。…それにならば他の者も呼んだ方がよかろうて。みな、仲間なのじゃからな。」 「ブライ、…ありがとう!」 アリーナがブライに抱きつく。少し照れながら、ブライが言う。 「わしも、姫も、皆も、…ラグ殿も導かれし者じゃ。見捨てるなど…言ってはいかん事じゃったな。」 髪を振り乱し、マーニャがバドランド城へと駆け込んで来た。 「ライアン!」 「マーニャ殿?…随分早かったな。」 パーティーの準備でにぎわう城内。ライアンは少しいぶかしげにマーニャに話し掛けた。 「違うわよ。…ミネアが言うのよ。ラグの身に何か起こるって、危ないって。」 「ラグ殿が?」 「ミネアが、あの子がそう言うんだから、多分本当に何かあるのよ。…一緒に来る?」 ライアンは一時たりとて迷わなかった。 「行こう。」 パーティーの主役がそっと城から抜け出した事に気がついたのは、不幸にも準備が全て整ったあとだった。 相変わらずのエンドール。湧き立つ人々。その中で、褐色の占い師は珍しい事に、わき目の振らず、人波を掻き分けていた。 目指すは唯一つ。世界一の武器屋へと。 「ミネアさん!」 ちょうど人波を掻き分けた時、予想もしない可愛らしい声がした。 「アリーナ殿?」 追いついたライアンが、その人物を見て声をあげた。 「ライアンさんとマーニャさん…手間が省けましたね。これからそちらへお邪魔しようと思っていたんですよ。」 「クリフトさん…どうしてこんな所に?お二人で…」 「なあに?二人でデート?…ってそんな場合じゃないんだわ」 やっと人波で乱れた髪を直したマーニャが二人につめよる。 「ちょうど良かった。これからあんた達も誘おうと思っていたのよ。」 「…マーニャさんたちも?」 アリーナの言葉にミネアがあっけに取られた。 「アリーナさんたちも、何かお感じに…?」 アリーナはきっぱりうなずく。 「ええ、ラグ、これからどうするのかしら…って。それに、何か嫌な予感がするの。」 「私もです。それも、とても嫌な事です。私たち全員で見に行ったほうがいいと思って、トルネコさんを誘いに 来た所なんです。アリーナさんとクリフトさんも来てらしただなんて…やっぱり何かあるのですわ…」 ミネアが言ったそのとき。 「わしもおる。」 「私もいますよ。では行きましょうか。」 トルネコの店から2人が出てきた。 「わしが行こう。姫とクリフトはここで待っておれ。もしトルネコ殿が外から帰って来られたら呼び止めるのじゃぞ」 それだけ言うとブライは武器屋の中へ入っていった。 (もしもトルネコ殿が…幸せな生活を望んでいるのだとすれば、やはり邪魔するわけにはいかぬな…) 「おや、ブライさんじゃないですか?どうしたんです?」 二階の居間。階段を上りきったとき、家族三人でお茶をしていたトルネコがブライに気がついた。 「なにかお忘れ物でも預かってましたかな?」 「いや、違いますじゃ。…実はアリーナ様がどうにもラグ殿に嫌な予感がすると言ってな。故郷もなく、これから先 もわからぬ。何よりなにやら 嫌な予感がするからほっておけぬと、そう言うのじゃ。じゃからもし、おぬしも心配しておったなら…」 ブライの言葉をさえぎったのは美しいトルネコの妻だった。 「はい、あなた、お荷物。」 そう言って、旅の道具をそのまま渡すネネ。 「もうしばらく留守にするよ。頑張って家を守って待っていておくれ、ネネ、ポポロ。」 「うん、お父さん、気をつけてね!」 「行ってらっしゃい、あなた」 「おまたせしました、ブライさん。」 余りの素早さに、ブライがあっけに取られる。 「本当にいいのじゃな…?」 「私も気になっていたんです。」 トルネコがきっぱりと言う。 「『また来てください』と言った私に、『さようなら』と言ったラグさんの言葉が。」 ここは、初めてラグが、導かれし者に逢った場所。8つの光が大きな一つの光になるのを、見届けた場所。 暗い周りを照らすように、星のように小さく光るものを見たのを、ミネアは覚えている。 星は7つじゃ、足りないのだ。8つあって一つの光になれるのだから。 最後の1つの光を求めて、七人は飛んだ。山奥の、踏み荒らされた村へと。 |
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