星の導くその先へ
 〜星を語る伝説〜




「皆様、どうなされたのですか?」
 ここから出て行って、まだ半日。突然帰ってきた一行に、入り口を守る兵士達がいぶかしげに尋ねる。
「それに…勇者様はいかがなされたのでしょうか…?」
 その問いに、アリーナが王者の威厳を持って答える。
「私達は、その勇者の件でマスタードラゴン様に目どおりに来たわ!お伺いはできるかしら?」
「は、少々お待ちを…」
 そういって兵士がきびすを返そうとした時、城の中から一人の兵士が出てきた。
「マスタードラゴン様がお待ちである。どうぞこちらへ…」
「マスタードラゴン様は私たちが来る前から…」
 クリフトが感激した面持ちで言うと、兵士は重々しくうなずいた。
「うむ、そなたらが来る事をご存知だ。早く行くが良い。」
 そう言って、兵士はまた城へと入っていく。
「ねえ、マスタードラゴンが知ってて…あたし達を呼ぶってことは、やっぱりなんとかなるわよね。」
 まだすこし疲れた表情を明るく輝かせ、マーニャは希望を伝える。そんなマーニャの 頭をライアンは優しくたたく。
「ああ、きっと大丈夫だ。」
「そうよ…きっとラグを助けて見せるわ。」
「ええ。」
 力を奮い立たせるアリーナに、ミネアはまた安堵で涙ぐみながらうなずいた。
「行きましょう。やはり氷が融けてきています。」
 トルネコの言葉に全員が広い天空城をかけぬけた。 巻いた布から少しずつ零れる水が、どこか血のように見えた。
「崩れてはおらぬじゃろうな?トルネコ殿。」
「それはだいじょうぶだと思います。」
 布の中をのぞくトルネコは転がるように走る。
 そして、謁見の間の扉を、ためらいもなく開けた。


 目の前に、黄金の竜。その神聖な空気。荘厳な雰囲気。気後れせずにはいられない場所。 それは以前よりも凄みを増し、全員を震えさせるに十分だった。
「よく来たな、導かれし者達よ。兵士達よ、すまぬが下がってくれ。」
 謁見の間にいた天空兵士が全員部屋を出ていく。 七人は頭を垂れる。眼をあわせることなど、余りに恐れ多い、それだけの威厳をマスタードラゴンは もっていた。
「ラグリュートの遺骸を預かろう。ここに置くが良い。」
 そう言われ、トルネコはマスタードラゴンの前に、布を外してそっとラグを置いた。
 ラグはただ、氷に包まれ安らかに眠っているかのようだった。
「マスタードラゴン様なら私たちがどうしてここに来たかお分かりだと思いますけれど…」
 震えながらも、アリーナが言った言葉をマスタードラゴンはさえぎった。
「判っている。…だが、ラグリュートを生き返らせること、まかりならん。」

 思わず七人が顔をあげる。目の前の強大な力を持った竜は、鋭い目をしているような気がした。 また床に視線を落す。
「それは…」
 どういう意味だろう…だれかがそうつぶやく。だが。
「それに…生き返らせる手段も無い。ラグリュートはこちらで預かろう。ここまでご苦労だった。」
 それは、完全な拒絶。ここにラグを置いてそのまま帰れ、そう言うことなのだろう。
「マ、マスタードラゴン様…どうして、マスタードラゴン様にも、今のラグを生き返らせることが できないのですか?」
 そっと、今のマスタードラゴンに脅えながらもミネアが聞く。マスタードラゴンは、低く述べた。
「他の世界を映し出す眼をもつミネアよ。おぬしは見たであろう。ラグリュートの魂は既に砕けた。 魂のない者の命を甦らせることはできぬ。」
 全員はミネアを見る。ミネアは、ただ固まっていた。
 美しい翠の光球。音もなく砕けるもの。あれは、やはりラグ自身の魂だったのだと。
「私はいつか言った。私とて、万能ではないと。…その一つはこれだ。このような事になってしまったこと、 おぬしらの心にも傷を作っただろう。…地上で今まで失っていたものと接し、傷を癒すがよい。」
 そう言って、話を終わらそうとするマスタードラゴン。そこには有無言わさぬ気迫があった。
 ここにいるのは、絶対である神なのだと痛いほど感じた。逆らう事は許されないのだろうか。
 どうしても、ラグを生き返らせることは叶わないのだろうか。

 だが、その絶対的な神の言う事でも。
(あきらめきれない)
 寂しい表情で去っていったラグ。この上なく幸せな表情で死んでしまったラグ。
 世界が喜ぶ中、一番頑張ってきたものが、たった一人取り残されたように。それがこの上なく哀しくて。
 そう迷う中、ほとんど死ぬ覚悟で声を出したのは、ライアンだった。
「マスタードラゴン。…もしも我らが世界平和に貢献したとお思いならば、どうかお聞かせください。 …なぜラグ殿は死ななければならなかったのかを。」
 マスタードラゴンが発する気がさらに鋭くなる。力なら、おそらくエスタークより 下なのだろう。だが、もしも目の前にいるものが敵だったなら、逃げ出していたかもしれない。それは力や魔力 より、畏怖を感じさせる気迫が本能に恐怖を呼び起こさせるのだ。
「それが知りたいと申すか。導かれし者よ。」
 それに、何よりここに、ラグがいない。健気で一生懸命で… マスタードラゴンの眼を、まっすぐに見据えることが出来る純粋さを持ったラグがここにはいない。だからこそ、 皆は恐怖する。逆らえないと思ってしまう。
「その理由は、この世界の運命の筋を聞くのと同じだ。…そしておぬしらの運命の始まりを聞くことと同じになろう。 その真実はおぬしらの信じていたものを覆し、傷つけるだろう。おぬしらのこれからの運命に波紋を 投げかける事になるだろう。…それでもおぬしらは聞くと申すか?」
 ライアンの声は震えていた。それでも、硬いまっすぐな声でライアンは言う。
「もとより、我はラグ殿と運命を共にすると誓い、旅をしてまいりました。」
「ほかの者はどうなのだ?聞くも勇気だが、聞かぬも勇気だ。」
 誰一人、動く事はなかった。気持ちはライアンと同じだからだ。
「ラグリュートの仲間達よ。この表情を、見るが良い。これでもおぬし達はなお、 ラグリュートを生き返らせたいと願うのか?その理由を求めて、なんとするのだ?」
 氷に眠る微笑。…それは今まで見た中で一番安らかで…幸せそうで。
「だから…こそ、です。マスタードラゴン様…」
 アリーナがうつむいたままそう言う。
 死に顔が、一番幸せなんて、そんなのは哀しすぎるから。だからこそ、あきらめたくない。

 マスタードラゴンは朗々と告げる。
「ならば話そう。…この運命が定まったわけを。」
 それは、事実信じていた全てを打ち破るものだった。


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