星の導くその先へ
 〜 水が流れる大地の潤い、そこに咲くのは月下の花 〜




   時の流れ。それは例えるなら川にいかだを浮かべるようなもの。オールは一本。方向は変えることが出来ても、 決して遡ることができないもの。…どれだけ強く願っても。やり直す事は出来ない。…だからあきらめられた。
 緋い、空。紅い太陽。それはあの時見た、一目で焦がれたあの人の瞳。
 ブライは首を振る。もしも、あの時に、はじめてあった貴婦人にめぐり合えても、きっと同じ事を繰り返すだろう。 自分はラグのために時を遡るのだ。
 一瞬揺らいだ心。だがそれを振り払うと、不思議と迷いはなかった。
(自分の道を悔いてはいないというのは…幸せなことじゃな…)
 王の一番の友として、王宮に迎えられ、教育係兼相談役としての地位を手に入れた若い頃。身分の 低い貴婦人を、周りの反対を押し切って王は妻にした。『ブライもそろそろ考えろよ』なんていう王の言葉を 笑ってごまかした。
 幸せな日々、二人の結婚式。笑っていられる自分が誇らしくて、悲しかった。
 そんな恋慕を知識にしようと思った。様々な書物から得た知識と同じにしようと、知識を得る事にさらに没頭した。 気がつくと、国で一番の知恵者になっていた。

 姫が生まれる。王妃は、女の子を『アリーナ』と名づけた。良い名だと思った。王は自分に 姫の教育係を任命した。名誉な事だった。
 王妃が病気になった。それは重い病気だった。『お前なら、助ける方法がわかるだろう?』そう責め立てる 王の声はいまだ心の中に残っている。…知識では人は救えなかった。自分は王妃の病気も、それを直す方法も 知らなかった。知っていても手に入らない材料だった。
 …自分の知識は、役に立たなかった。一番肝心な時に。
 知識が悪いのじゃない。生かせない自分が悪いのだ。辛さから逃れる為に、自分は知識に逃げた。… そして更なる知識を求めた。…今度は上手くつかえるようにと。

 アリーナは、不思議なことにどんどん、王妃の面影を追っていた。…少し怖かった。王妃が消えてしまうようで。 王妃と同じく消えてしまいそうで。
 アリーナは格闘術にはまり、姿はそのままに性格が違うように育った。少しホッとしたのをつかのま、勝手な事に今度は なぜかいらつく自分を感じた。外見は王妃なのに、魂が、心が違うことにいらだつ自分がいた。
 アリーナには辛く当たったと思う。いとおしいと思う反面、どうしても王妃と比べていたから。アリーナも それに気がついていたのか、笑いながらときおり寂しそうな顔をしていた。
 そんなアリーナの、そして自分の救いは まるでかつての自分を繰り返すように身分や、状況に押しつぶされるような恋をする少年だった。
 その少年は、王妃を知らない。そして知っていても決してアリーナと王妃を比べる事はしなかった。
 アリーナには相手はいない。ねたましく思えた。だが、それ以上に、成就して欲しかった。もし、それが 成就するなら、かつての自分がした行いが。あきらめた事が正しく思えるから。そしてなにより、 自分が、成就した姿に重ねられるから。
 その少年クリフトに引きずられるように、自分も気がつくと、アリーナを孫のように思えるようになっていた。 たまに表情が王妃に重なる時はあったけれど、時々比べてしまうことがあったけれど、アリーナを アリーナとして大切に思えるときが増えてきた。

 アリーナが旅に出たとき、共に着いていこうと思ったのは、姫が大切だったから。王妃の 娘だったから。…そして知識へ逃げたのを正当化したかったから。
 だが、王が消えたとき、全てが静まった時、気がつくと、アリーナは王の面影、いや 表情を見せるときがあった。たおやかな姫ではなく、全てを引っ張る女王になっていく アリーナを見て、初めてこの人は王の娘だと意識した。

 知識をこの方のために、使おう。今度こそ、役立てよう。そう思った。可愛い孫のために、 仕えるべき、女王のために。

 今日、それが達成できた。自分を正してくれたクリフトのために、仕えるべき姫のために… そして自分を導いてくれた少年、ラグのために正しく自分の知識を役立てることが出来た。
 何かを成すべき為に生まれてきたのなら、おそらくこのためなのだと思えた。逃げてきた過去も、疎んできた過去も、 このためなのだと実感する事が出来た。
(じゃが、ここで満足するわけにはいかぬ…ラグ殿を、必ず幸せへと導かねばならぬ…)
 魂に刻む方法なんて知らない。なら今まで歩んだ道をまた歩もう。少しでも役に立つ事を。たとえ 頭で忘れてしまってもいままで繰り返したことを、魂に刻み付けるように。
 たおやかに微笑んでいた少年を、まばゆいばかりの微笑みに変えるために。
 もう一度、沈む太陽をみつめたあと、ブライは図書館へと向かった。


 用意された部屋。ミネアは天空城で用意された部屋着に着替え、机の前でぼんやりとしていた。
 ”後悔しない方法で明日へ望め…”
 そう、明日は来る。だが…あさっては来ない。そんな不思議なことがあるのだろうか?
「占いなんて出来たって…結局私は何の役にもたたなかった…」
 机の上には広がったタロットカード。芸術といえるほど美しく、カードが並んでいる。けれど、 ミネアはそれをどうしてもひっくり返す気にはなれなかった。
(私はどうすればいいのかしら…)
 魂に刻む。ラグが死んでしまうということを。それはあまりにも途方もなさ過ぎて、どうしたらいいかわからない。 だからタロットに聞こうとした。だけど…開く勇気が持てなかった。
 音も立てずに立ち上がった。くるぶしまで覆う、ドレスのような形をした真っ白な部屋着は、ミネアにとてもよく似合っていた。
 今度はベットに座り直す。ベットからは山へ休もうとする太陽が良く見えた。
 用意された運命に逆らう事。…それはある意味占い師としてあるまじきことなのだ。
 占いは生きる術。占いは共に生きる友。
(それがないなんて…私はどうすれば、いいの…?)
 ただの弱い女。そんな自分ができること…
 ”後悔しない方法で明日へ望め…”
 そう言われて思いついた事が一つあった。約束を果たす事を。
(明後日は来ないのだから、後悔をしないように…)
 迷いはあった。だけどそれを振り払う。嘘やごまかしを心から追い払って、時の流れに望みたかった。 苦しみや、辛さは唯一つ、ラグのことだけに止めて大切に持って行こう。多分それが自分にできる事。
 …それは、ただのいいわけかもしれないけれど。
 ミネアは立ち上がり、道具袋を漁り始めた。

   
戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送