星の導くその先へ
 〜 勇者 〜




 
 手にもった花の芳香がふわりと風に乗り、鼻をくすぐる。
(昔は、こんなものなくても、ここは花の匂いでいっぱいだったんだ…)
 立っている場所は花畑だった場所。シンシアと…最後に笑顔で笑いあった場所。 「勇者」なんかじゃなかった場所。…たしかに幸せを感じられた場所。
 今は、何もないけれど。
 今ここに立っている自分と引き換えに、ここは全てを、亡くした。
 もう、取り戻せない遠い日々。
 …取り戻せない、はずだった。
(還ってくるかも…しれない…)
 ここにある花さえあれば。
 ラグの手が、震えていた。麗しい花びらもそれにあわせて小刻みに揺れる。
(何故、震えてるんだろう?)
 風が、吹いた。
 そこでふと我に帰った。自分が今、何をしたかを。

 自分の好きな人を殺さなければならなかったマーニャさん。
 自分の父親を亡くしたミネアさん。
 お母さんが亡くなっているアリーナさん。
 友達を亡くしたといっていたライアンさん。
 この花を、使いたかったのは、僕だけじゃなかったのに。
 唯、自分のためにだけにこの花を千切り、許可も得ずに空へと飛んだ。…それは『勇者』としてあるまじき行為だった。
(…僕は、人間なんだ…『勇者』でもなんでもない…ただの人間なんだ…)
 改めて、何もない周りを見渡す。

 ”墓標にその花を供えればきっと奇跡が起こるでしょう。”

 そこには何もなかった。お墓も。いや、この土の中には遺体すらない事は、ラグには良くわかっていた。
 …あのときの閃光が、全てを奪っていってしまったということを。


「心配はいらぬ」
 深遠な声が、謁見の間に響く。
「と申しますと…?」
 女王の問いかけにマスタードラゴンはずっと考えていた事を言う。
「私は自身がこの絵を越えて、過去へと登るつもりではないからだ。私は…自らの魔力のみをこの絵に通すつもりだ。」
 女王はその言葉を聞き、胸をなでおろした。だが、男は違った。顔を青くさせた。
「確かにそれならば…世界は無事でありましょう…ですが、ですが、この絵が砕ける可能性は否定できません…」
 マスタードラゴンは熱心に力を込めて言う。
「絵師よ。おぬしが魂をこめて描いた絵だ。おぬしがこの絵をどれだけ愛しているか、私はわかっているつもりだ。 だが、これはこの絵にしか出来ぬ仕事なのだ。」
 地上に住むものにとって、マスタードラゴンは絶対であり、万能の存在である。その神ともいえる者にこうまで 頼まれては、断れるわけがない。
 だが、絵師はそれでも渋りを見せる。それほどこの絵は特別な存在だったのだ。
「ですが…」
「そうだ。今度のことが無事に終わった暁には、私が勇者に頼み、おぬしの絵のモデルになってもらおうか。」
「本当ですか?!」
 男の顔が喜色満面になった。
「うむ、しばらく勇者に時間を借りよう。」
「いえいえ、それほど時間もいりません。私はモデルをそのままに描くのではなく、デッサンを取り、それを参考に モデルを頭の中でポーズを取らせ、その想像をキャンパスに写し取りますから、小一時間デッサンを取らせていただければ…」
 伝説の勇者の絵が、自分の手で描ける。しかも想像ではなくきちんと実物を見た上でだ。喜びを押し隠せなかった。 既に頭の中では、どのようなポーズでどのように描くか構想をしているようでもあった。
「これ。落ち着きなさい」
 女王の言葉で我に返る男。マスタードラゴンは心なしか、意地の悪い顔をしているように見えた。
「ならば、絵をしばし借り受けよう。」
 すでに否応もなかった。絵師と女王のために、城に一室を用意される事になったのである。


「誰か、一人を…」
 最初に顔をあげたのはトルネコだった。
「…あの花が、誰のために咲いたか、そう決めるのは確かに酷な話ですが…何故でしょうか、私には一つだけ心 あたりがあるのです。」
 それ以上、言葉を続ける必要はなかった。全員がその言葉に心のコンパスを指し示されたようだった。
 花は誰が為に咲いたのか。生を与えなければならないのは誰なのか。死んでしまってはいけなかったのは 誰なのか。
 理性で考えると、心から納得いく結論ではなかった。
 だけれども、『正さなければ』ならない生は、と問われると、たった一つしか出ては来なかった。
 それが正しいかは、判らないけれど。
 死んだ人のためでもなく、それを悲しんだ人のためでもなく、ただ別の…心に深くしまいこまれている 『なにか』のために、生き返らせなければいけない人がいると、感じていた。

 全員がため息をついた。むせ返る美しい緑が空とあいまって、とても美しく見える。
 それはとてもラグに似ていた。


「ねえ?マーニャさん。賭けをしない?」
 アリーナの朗らかな言葉に、マーニャを覗いて全員がギョッとする。
「姫様!いきなり何をおっしゃいます?!」
「あら、ブライ。貴方も参加する?」
「おかしなことをおっしゃいますな!一国の姫君がよりにもよってこんな時に賭け事など!」
 怒り出すブライをよけながら、マーニャがにやりと笑ってアリーナに聞いた。
「あら?どんな賭け?」
「ラグが、これから私達の行く場所へ帰って来るか来ないかよ。」
 これから行く場所。それがどこかは言わずとも判った。そしてアリーナが何をいいたいかを全員が理解した。
「良いわよ。じゃ、あたしは来る方へ…そうね50万ゴールド、賭けてあげるわよ。ついでに、あたしに ぴったりのお花を持ってくることも、予想してあげるわ。」
「あら、マーニャさんずるいわ。それじゃ賭けにならないじゃない。」
「あったりまえよ。このマーニャさんが負けるほうへ賭けるわけないじゃない?」
 そこへ笑いが抑えられない様子のライアンが割り込む。
「では私も賭けようか。ラグが高い塔のふもとへ必ず現れると。」
 こうなってはもう、真面目で深刻な顔などしていられない。クリフトがアリーナの隣りをと 歩み寄り、手をあげる。
「聖職者にあるまじきとは思いますが…私も一口のりましょう。ラグさんは必ず帰っていらっしゃると。」
「私も。きっと帰っていらっしゃいますわ。」
「そうですね。では私は…全財産を賭けましょう。」
「全くもって困ったもんじゃ…じゃが私も賭けようぞ。ラグ殿ともう一度逢える事を。」
 ラグが自分の村人のためにあの花を使うことは当然の事である。それは七人にもわかっていた。
 だが、それでも賭けたかった。賭けてみたかった。ラグが、自分たちと同じコンパスに導かれる事を。
「じゃ、賭けの結果が出るのを…その場所で待たなきゃね。」
 マーニャの言葉に、全員がうなずき、マーニャの側へと寄った。
 そして、空へと消えた。いつか夢に見た場所。塔を抱きし小さな村へと。


戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送