小高き丘。花に抱かれた澄んだ空の下に、その墓はあった。 哀しき魔族が埋めた、その墓。 (間違いを正しにいく。) 人間の間違いをそのままにして、間違いをおかした者を憎みきる事はできないから。少なくとも、 旅に出たときと同じ気持ちでは、討てないから。 「本当に、いいのね?」 アリーナの言葉に、ラグはゆっくりうなずく。 ためらいならば、たくさんある。未練もたくさんある。 (それでも、こうする事が、一番正しいと思うから…) ごめん。心で一言謝って、ラグはお墓へそっと花を供える。 (還ってきてください、ロザリーさん。僕は…貴女には、まだ、できることがあると、思うんです… 貴女にしかできない事が…だから、還ってきてください…) 全員が祈った。たった一人の悲しき女性を甦らせる事を、迷うことなく。 村人の最後の一人の鼓動が止まった。…見届ける為に、力を奮い起こしていたのだろう。 どの人も、どこか満足そうな顔をしていた。 マスタードラゴンの羽音が、ゆっくりと絵に向かい、絵の中から薄紅の宝玉のようなものが、 浮かびあがった。マスタードラゴンはそれを意外なほど大切そうに、床に下ろした。 魔族の声が響き、続いて風を切る音がする。生きていた魔物たちが一斉に飛び立った。 その瞬間を狙い、マスタードラゴンは吼えた。高く、低く吼えた。 マスタードラゴンの少しずつ力がみなぎる。 身体にみなぎった力は、まばゆい光となり、一気に絵に収束していった。 …その光をもしラグが見ることがあれば、声も出せなかったに違いない。 その光はまぎれもなく、あの時、全てを奪っていた光だったからだ。 天が、輝いた。 ラグが空を見上げる。墓の真上が暖かく輝いていた。 降り注ぐ光が、墓を包み込む。 ふわり、あたたかい何かが、墓へと入り込んだ。 その光からゆっくりとエルフの女性が象られ…それは実態となっていった。 ラグたちが見守る中、ロザリーはゆっくりと眼をあけた。 何が起こったかが、不思議なほど、すんなりと理解できた。 「これは…世界樹の花ですね…ああ…貴方たちが…私を呼び戻してくださったの…」 それは涙を流す事も許されないほど嬉しくて、罪深い事だった。 その光は浄化するもの。悪しきものの死体を散りに還し、魔物の魂を無に還すもの。 そして暖かな呼び声を響かせるもの。 弱き死人の自我を持たせる力と引きかえに、天へ帰依するまでのわずかな時間を与えるのと 引き換えに、全てを消散するもの。 声が、聞こえた。神々しい声が。 既に頭を向ける肉体がない者たちに、柔らかく響く。たった一度だけ聞いた事がある声を皆は覚えていた。 ”彼の者を育てし者たちよ…彼の者を守り、そのために地に伏せた者たちよ…” その声は、村人全てに響き渡る。…たった一人、竜の神に守られたエルフを除いて。 ”自らの生きた証をこの地から消える覚悟を持つ者よ… 魂が離れた自らの肉体が、大地の一部に帰らぬことと引き換えに、汝らの愛し子を助けたいと 願う者あらば、…この光に導かれ、我が元へと昇れ…” そして、光は全てを清めた。たった一人も、躊躇するものがいなかったから。 光は村人の肉体を、痕跡を全てを消し去り…魂を天へと導いた。 「ごめんなさい、ロザリーさん・・・」 ロザリーは死を望んでいた。その事を思い出して、ラグはロザリーに謝った。だが ロザリーは、首を振った。 「いいえ、ありがとうございます。…ピサロ様には私の願いが届いてなかったようですから…」 そうして、まっすぐにラグをみつめた。 「私を、ピサロ様のところへ、連れて行ってください!」 「ロザリーさん、いいんですか?」 躊躇するラグに、ロザリーははっきりといった。 「貴方たちが、ピサロ様を討ちたいお気持ちは…知っているつもりです。だからこれは、私の わがままだと判っています。だけど、またここで待っているだけなら、私は、私は 貴方達に花を使わせてしまった価値のない者になってしまいます…!」 それは塔の上で泣いていた女性とは思えないほど強い口調だった。 「ロザリーさん…それで、いいのですか?」 ミネアの言葉にはっきりと頷く。 「私は、ずっとあそこで祈っていました。人間を信じていたから。悪い人間だけじゃない、いい人間もいるのだと 信じて、人間が世界を救ってくれるのだと、信じていました。」 ロザリーはラグの方を見た。それは…ラグではなく、ラグの背景を見ようとしている遠い目だった。 「そしてラグさんたちに出会って…私はこのままではいけないと、思ったんです…」 ただ泣いているだけだった。そして助けを求めているだけだった。自分こそが、その元凶だったと言うのに。 「私は、私こそがピサロ様を狂わせた、原因だと気がついたんです。ですから…人間達に連れ出された時、むしろ ホッとしました。こうして私が殺されれば、ピサロ様も人類滅亡を望まなくてもすむ、人は救われる、そう思ったんです。」 「そんな!そんなのって間違ってるわ!」 アリーナがあせったように呼び止める。 「唯一つだけ、心残りがありました。私は…目標とする方がいました。 死してもなお、誰かを守れるような人になりたかった。ピサロ様は来てくださいました。 そして、私の思いを告げて…満足だったんです。とても。私は自分の命を犠牲にして、ピサロ様を正しい道へ 戻せた、そう信じてました。」 「ロザリーさん…それは違います。残された人間は、辛さが増すばかりなんですよ…」 ラグの両手をぎゅっとにぎりしめる。 「ええ…それは、ただの自己満足だったんですね。私が人間に殺されたことで、ピサロ様は 破滅へと歩まれてしまった…私は愚かでした。ただあの方のように、目標とする人のようになりたいと、強くなりたいと ただそれだけを願って、自分の罪から逃れたかっただけだったんです…結局、私は変われなかったんです。 私は、とても弱いんです…」 それは懺悔だった。 「どうして、私は何も出来なかったんでしょう。自分が原因だと思うなら人間の手なんて借りなければ良かった… 自分で命を絶てば、ピサロ様もわかってくださったかもしれない…」 八人は顔色を変えた。だが、ロザリーは気にせず自嘲的に笑う。 「結局怖かったんです。自然のままに生きるエルフの掟を破る事は出来なかった。自分を犠牲にしても、 罪を犯しても…誰かを守れるような強さを、私はその時、持つことが出来なかったんです…」 そうして、八人の顔を一人一人見つめていった。 「ですが、貴方達はこうやってやり直すチャンスを下さいました…どうか、私をピサロ様の元へと 連れて行ってください!そして…そして今度、私が止められなかったら、その時は… ピサロ様を、いえデスピサロを亡き者にして下さい。」 それは初めて塔で交わしたときと同じ言葉だった。だが、強さが違った。 「改めて聞くけど…本当にそれでいいの?」 「かまいません。そして、今度は逃げません。私は…最後まで見届けたいと、思います。」 マーニャはためいきをついて、そしてラグを見た。ラグは、ためらいがちに言った。 「ロザリーさんは、死にたいのですか?生き返りたく、なかったのですか?」 すでに進化の秘法で我を失ったピサロと相対すれば、死ぬことにもなりかねない。 その事を心配してラグは言ったが、ロザリーはきっぱりと言った。 「かつては、そうでした。私がいるから災いがおきるのだと。ですが、今は違います。…生き返らせてもらって 初めてそう思いました。生きているって本当にすばらしい事だと思います。 逢いたい人に逢える、ただそれだけの事が、どんなに尊いか…。」 その言葉を聞いて、迷いはなくなった。 逢いたい人。逢えない人。 …逢う事を、許されなくなった人。 自分が生き返らせようと思った人が、誰かに逢いたいと言うのなら、逢わせてあげよう。 ラグは、そう素直に思えた。 そして、時を越えた七人は、足りない何かが埋まっていく予感がした。 |
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