星の導くその先へ
 〜 星想 〜




 
 その姿に、八人は見覚えがあった。
 地獄の帝王エスターク。進化の秘法により人々を恐怖に陥れ、マスタードラゴンによって封じられた、 あの怪物のフォルムに良く似ていた。
 エスタークは強かった。そして、デスピサロをとりまく魔の気はエスターク以上に強かった。
「ピサロ様!!!!」
 だが、ロザリーはためらわなかった。恐ろしくなかった。
 愛する人に伝えられない思いを抱えながら死ぬ事より、恐ろしい事なんてないから。
 もう、逃げはしないとあの方に、誓ったから。
「ピサロ様!私です、ロザリーです!ピサロ様!!!」
「私を…名を呼ぶのは誰だ・・・」
 それはとても恐ろしい声だった。イムルの村の夢やエスタークの城で聞いた声は冷たく冴え冴えと響いた 声だったが、その面影は既になかった。
 人間の言葉として聞き取るのもやっとと言うような、獣のような声。それはロザリーにさえも一瞬 恐ろしく感じたほどだ。それでも、勇気を振り絞り、ロザリーはピサロをそっと触れた。
「ロザリーです!ピサロ様!!お忘れですか?貴方がつけてくださった、私の名を…」
 ぽろぽろと抑えていた涙が溢れる。
 紅い星のような涙が、ピサロの足に落ち、次々と砕ける。
 そしてその砕けた涙に、全員がかつて起こった時空の幻を見た。


 たった一人隠里を出ていた。
 少しだけ、小鳥と遊びたかった。少しだけ、知らない樹木たちと語り合いたかった。だから、 ほんの少しだけのつもりだった。
 気が付くと、里がどこにあるかわからない場所にいて、そして。
 人間達に見つかってしまった。自分たちの涙を目当てに。
 逃げなくてはいけない。できれば里と反対の方向へ。森の奥深くまで逃げ切れば、あとはきっと、樹木が 隠してくれるから。もう方向がわからなくなったが、とにかく逃げた。
 もう少しだけ冷静になって、樹木の声に耳を傾ければよかったのに、必死になって逃げている内に気が付くと 広い野原の場所に出てしまった。
 そもそもあまり運動は得意ではない。甘やかされた足は、すでに自然ですらも癒せない。
 逃げなくては、逃げなくては。…この涙は人間には毒にしかならないのだから…

 私は、唯一本だけ立つ樹に隠れる事にした。
 ”御願い、私を隠してね”
 だが、願いは届かなかった。人間は私を見つけてしまった。
 人間が何か話し、私を掴んだ。
 何を言っているか、判らなかったけれど、それがとても醜悪な響きだった事は、判った。
 うめくように身をねじる。捕まりたくはなかった。自分の望みは、森に生きる小鹿の様に自由に 自然とふれあう事、それだけだったから。
 必死で身をよじる、逃れようとする。だが、人間達は力強く、とても逃げられそうになかった。
 どうして?どうして、お互いをえぐらずに、風がふれあうように生きてはいけないの?
 がつんとした衝撃。しばらくたってはじめて殴られた事に気が付いた。
 どうして…誰かを傷つけようとするの?
「なんだ?誰かいるのか?」
 そして、力が緩んだ。
「うわぁ―――!」
「たすけてくれ――――!」
 圧倒的な力が目の前に現れ…人間達とともに消えた。

「危ない所だったな。」
 そこには闇がいた。銀の髪をした魔族の青年だった私には、その魔族が森にやすらぎを与える闇そのものに見えた。
「こ、これは…貴方が…?」
 追い詰めていた人間は、すでに灰になっていた。自然ではありえない炎が、人間達を燃やしたのだと、わかった。 闇の青年はうなずいた。。
「そうだ、欲深い人間のエルフ狩りが目に余ったのでな…」
 声が震えているのが、自分にもわかる。。
「酷い…なんてことを」
 青年はいぶかしげにしている。
「酷い…?私はお前を助けたのだぞ?それを酷いと言うのか?」
 首をふる。助けてくれたのは、うれしかったから。だけど。
「何も殺さなくとも…。たしかに、私は困っておりました。ですが、人間だって私たちと同じ生けとし生きる者なのに…」
 人間も生きている、つまり自然だ。それが自然ではない方法で消えてしまったこと、それが とても哀しかった。
 すると、その青年はいきなり笑い出した。その笑顔が少しだけ可愛らしかった。
「…はっはっは、エルフとは妙な生き物だな!おもしろい!気に入ったぞ!エルフの娘、名はなんと言うのだ」
 名前?私は私、自然に生きるものだ。自然に溶け込むのに、名前なんて要らない。
「名前、私たち森に暮らすものに名前などありません」
 そういうと青年は考え込んだ。
「うーむ、そういうものか。しかしエルフの娘では呼ぶのに面倒だな。よし、ならばお前は今日からロザリーと名乗ると良い。」
「ロザリー…」
 名前、それははじめての響きだった。自然に溶け込むには名前いらないけれど…どこか自分が「唯一のもの」だと 言われているようですこしくすぐったかった。
「私が地上で世話になっている村から取った名だ。気に入らないか?」
 不安げに言う青年に、首を振った。
「いえ、ただ、今まで人に名前で呼ばれたことがないので…」
 事実、ロザリーという響きは、とても美しい響きだと思った。
「ロザリー、いつかお前をその村に招待しよう。それまで人間どもに捕まらぬよう気をつけるのだぞ。ま た逢いに来よう。私の名前はピサロだ。覚えておいてくれ」
 とても、優しい言葉。そしてその瞬間から、「ピサロ」という響きは特別な宝物になった。初めて、自分を 自分だと見てくれた人。
「ピサロ…様…」
 そういうと、とても自分が嬉しくなれた。


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