星の導くその先へ
 〜 風のはじまり 風の終わり 〜




「最後まで、どうしようもない奴じゃったのう…」
 ブライがため息をつく。反省もなく、ただ、自分が王者になるためだけに 全てを傷つけ、苦しめたもの。
「神官などと、名乗らないでほしいものです。」
 たとえ悪魔といえど、己が使える神への忠心がない輩を神官など認めて欲しくないと、 クリフトは顔をゆがめながら言う。
 最後まで狂った部下に、ピサロも顔をゆがめた。
「もう、軍を組む事はない…ここもやがて廃墟になるだろう。」
 ピサロは最後に呪文を唱え、椅子を破壊した。
「これが、この城で行う最後の仕事だ。」
 ピサロは玉座に背を向ける。皆も後へ続いた。あの醜悪な化け物の冥福を祈る気にもなれない。
 これが、人間を滅ぼさんとデスピサロを中心に築かれた魔族軍の城、デスパレスの最後だった。


 デスパレスの外へと出た。空はとても蒼かった。
 デスパレスから少し離れた森の奥。そこは木々がとぎれ、ぽっかりとした花咲く草むらになっていた。

 ラグは迷っていた。今までピサロと旅が出来たのは、ひとえにエビルプリーストを討たんためだった。 黙って旅をする事は、村のみんなの願いだった「勇者となり、世界を救う事」と自分の願いである「 仇を討つ事」が同じ行動によって果たされるからである。だから、戦力になるピサロを見ない事で、 自分を守っていられた。
 だが、すでにその戒めも解かれた。
 強い心をもつ『勇者』ならば、改心した魔族を許し、幸せを願うのだろうと思う。
 だが、『ラグ』は倒したかった。仇を討ちたかった。それ以外、村人を弔う手段がなかった。
 『勇者』と『仇討ち』…『理性』と『欲望』の狭間でせめぎあい、争っていた。

 森まで来て、安心したのだろう。今まで何も言わなかったロザリーが、ピサロをいたわるように、そっと服の袖を掴む。
「ピサロ様…」
 ピサロもそのロザリーの声を聞いて、少し落ち着いたようだった。
「ロザリー、苦労をかけたな。これで、全てが終わった。」
 そう言って、ピサロはロザリーの頭を撫でる。ロザリーは微笑む。
「これからは私たち、いつまでもずっと二人でいられるんですわね。」
「ああ、これからはずっと側にいて、お前を守ろう。」

 その言葉に、ラグの頭にある光景がよぎった。
 それは当たり前だと思っていた時。なんでもないと信じていた時間。
 ”私たち、いつまでもこうしていられたら、いいわね。”
 ”なに言ってるのさ、シンシア。僕たちはいつだっていっしょじゃないか。”
 ”ええ、そうよね。…何があってもいつまでもいっしょよ、ラグ。”
 ”約束するよ、シンシア。僕はシンシアから離れたりしないよ、何があっても絶対に。”
 それが叶うと思っていた。幸せな未来をずっと信じていられた。シンシアの不安そうな顔。約束した時に、 すこし微笑んだ、あの笑顔。
 自分のために、世界の平和のために、ずっと村に閉じこもってくれた村の皆。自分の成長だけを楽しみにしてくれた、 父さん、母さん。強かったのに、あんなに強かったのに、モンスターに殺されてしまった、師匠や先生。
 あの人たちの笑顔がないのは、一体何故なんだ?誰のせいなんだ?


 ラグは立ち止まった。うつむき、つぶやく。
「僕は…」
「ラグ?」
 不審そうなマーニャの声にも耳を傾けない。聞こえるのは、ただ、モンスターに殺されそうになっている、村人達の 悲鳴。苦痛。
「僕はやっぱり許せないんだ。許す事はできないんだ!」
 まっすぐにピサロを見据え、ラグは剣を構えた。仇が目の前にいる。苦しんで死んでいった皆。大切な皆。 皆を苦しめた元凶が、今ここにいる。
(こいつを討つ事が、僕が皆にできる最後の事!)
 ずっとこのために、このためだけに旅をして、生きてきたんだから。

 誰も、何も言わなかった。こうならなかったのが、今まで不思議なくらいだった。
 見守ろうと、決めていた。ラグの行いを。決断を。
 仲間たちは、ラグとピサロを中心に遠巻きにみつめていた。

「勇者よ」
「僕は勇者なんかじゃない!」
 ピサロの呼びかけをさえぎって叫ぶ。
「僕はずっとお前を討ちたかった。お前が滅ぼしたみんなの仇を討ちたかっただけなんだ!だから、僕は勇者じゃない!」
 その叫びに応えるように、ピサロが言う。
「それがお前の答えか。よかろう。私はお前の裁きを受けよう。」
 ピサロはラグの前に、緩やかに立った。

「ピサロ様!」
 ロザリーは叫ぶような声をあげてピサロの腕を掴んだ。だがピサロはゆっくりとそれをはがし、
「ロザリー、下がっていろ。」
 と言った。そしてまっすぐに剣を構えるラグの前に、ピサロは剣を構えもせず堂々と立つ。
「私は、神を信じない。天に城をそびえさせ、ただ地上を見下ろし、悲哀も知らずにいるものに、 本当に『正しい』裁きなどできるなど思えない。」
 目の前に立つどこまでも清らかな気をもつ少年にピサロは眼を向ける。
「だが、お前は違う。私により悲哀を受け、そして…お前は違うというがどこまでも 実直な、勇者と呼ぶに相応しい心を持っている。そして仲間の信頼を得ている。その お前が、神の裁きではない自らの裁きと下すと言うのなら、私はそれを甘んじて受けよう。」
 ラグは何も言わなかった。ただ手が震えた。
「おそらく、私に今までの行動の裁きを、償いを行なわせる権利があるのはお前だけだ。お前になら、 任せられる。…お前にしかできないだろう。だから私は、お前にだけ、裁かれよう。」


 太陽に照らされた天空の剣は、美しく輝いていた。
 何も言わないと思っていた。判断に任せようと思っていた。実際に何も言わなかった。
 だが、七人は祈っていた。空の果てにいる何かに。目はラグに向けならがも、心を 空にやり、ずっと祈っていた。
(どうか、ラグがピサロを討つ事のないように)
 ずっとそう祈っていた。
 仇討ちが間違っているとは全く思わない。ラグにはその権利があると皆思っている。 ずっとラグがそのために旅をして、世界を救った事も知っている。
 だが、ここでピサロを討つと、悲しむ人がいる。そして、嘆き悲しむロザリーを見て、ラグ自身が傷つくであろう ことはわかっていた。そして。
 ”お前になら、任せられる。…お前にしかできないだろう。”
 ピサロのその言葉はずっと自分たちがラグに抱いていた気持ちそのものだった。仲間としての 気持ちをピサロも抱いている。
 わずかの旅をしていないとはいえ、ピサロは自分たちの仲間なのだ。
 そして、何よりも。何よりも。
 心の、魂の奥がちりちりと鳴る。
 ピサロを討っては、殺してはいけないのだと。ラグのために、なによりも、ラグのために。
 見守りながらも、ただ祈った。止める事は許されない。そんな権利はない。だが、渇望した、ピサロを 殺さないこと。ただ、何かに祈った。

 ロザリーはただ泣いていた。
 止めたかった。もう別れるのは、逢えなくなるのは嫌だった。ずっと側にいたい。
 だが、ロザリーは頼んだのだ。『ピサロを殺してくれ』と。ラグはずっと その目的で旅をしていたのだと知っていて、自身が頼んだのだ。
 なのに都合が悪くなったらそれを止めるなんて、そんな事は出来ない。出来るわけがない。
 理性ではそう思っているのに、それでも耐えられそうになかった。目の前で ピサロが殺される事が。幸せが壊される事が。こんなにも、愛しているのだと。
 ロザリーはたった一つだけ、ラグを止める手段を知っていた。ラグを止める事が出来る人物を知っていた。
 だが、その事を口に出せなかった。なぜなら…その人物はロザリーが口に出そうとした瞬間、 ロザリーに向かってゆっくりと首を振り、それからとても嬉しそうに微笑んだのだ。
(貴方も…貴方もピサロ様が死ぬ事を願っているのですか?)
 それは当たり前のことなのだ。それが、ここまで来た恋人の今までの行動の結果なのだ。
(ピサロ様…!!!!)
 涙が止まらない。どんなに人間に暴力をふるわれても泣かなかったロザリーだがいまや足元にはルビーの泉が 出来ているようだった。


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