祭りの夜に







 ラグにとって祭りの音とは、太鼓でも花火でもなく、雷と窓を打ち付ける雨と屋根をも揺らす風の 音だった。


「ラグ!気を付けて!その先は細くなっているわ!」
「分かったよ、シンシア!」
 ラグは枝に捕まり、先の枝に体重をかけないように体を伸ばす。そして手に持っていた小さな巣をそっと 木に置きなおした。
 ラグはするすると幹を伝い、地上へと降り立つ。シンシアは笑顔でそれを迎えた。
「ありがとう、ラグ。ほら、鳥が巣に戻っていくわ。」
「良かった。僕の匂いが付いていたから大丈夫かなって思ったんだけど。」
「大丈夫よ、鳥もラグの事好きだもの。」
 優しく微笑むシンシア。その笑顔を見て、ラグも微笑む。だが、シンシアの表情が変わった。
「…大変…明日の夜は嵐になるわ…。」
「本当?」
 シンシアが見ている夕焼け空をラグも一緒に見るが、ラグには良く分からなかった。だが、今までシンシアの 読みは外れた事がない。
「じゃあ、皆に言って来なくちゃ。明日は忙しくなるね。」
「そうね、そろそろ収穫だし…せっかくだから急いで全部片付けてしまったほうがいいわ。」
 頷いて、二人は村へと戻る。急いでシンシアの言葉を、村中に伝えなければならなかった。


 次の日は朝から忙しかった。晩の間に手入れした農機具で村中の作物を収穫し、嵐に負けないように壊れやすい ところを補強する。女たちは皆で、木の実やらを収穫した後、その実りで料理を作る。今日は訓練もなにも かもお預けで、村中で大騒ぎだった。
 そして夕方ごろ。ゆっくりと雲が空を覆う。風が強くなり、片付け忘れていた農機具が、地面をころころと転がっていく。
「こりゃ危ない。そろそろ皆移動せんとな。ラグ、雨が降る前には引き上げるように見張りに言っておいてくれ。」
「うん、わかったよ。」
 ラグは、顔がほころぶのを隠せず、満面の笑みで頷いた。
 そう、これから祭りが始まるのだ。


 女たちがご馳走を持って宿屋へと集まる。男達は家から大量の酒を持って宿屋へと集まる。手が空いている者はいない。 皆は宿屋のテーブルを整え、床の準備を手伝い、料理を運ぶのを手伝う。もちろんラグもだ。
 そして、その準備が整い終わる頃…村の最後の人間、見張りの者が宿屋に入る頃には雨足はすっかりときつくなっていた。
「大丈夫ですか?はい、タオル。」
 シンシアが乾いたタオルを男に手渡す。
「いやいや、さすがだなシンシア。こりゃ、ひどい嵐になるぞ。」
 笑いながら体をぬぐい、乾いた服に着替えるためにその場を後にする。

 ラグの村ではお祭りをしない。たとえば春に今年一年の豊穣を祈るお祭りだとか、秋の収穫を神に祈るお祭りだとか… どこの町や村でも行われている当たり前な祭りは、祭りとしては行われない。ほんのささやかに、村人が神に祈りを 捧げるだけだ。
 新たな人間が入ってくることもなく、子も産まれず、新たに婚姻を結ぶ事もないこの村では、祭りという概念すらないと 言っても過言ではない。
 それは、すべて派手な事をしてこの村の存在をモンスターに知られまいとする村人の意図だったが、この村で育ったラグは、 それが当たり前だと思っていた。
 …それでも人は楽しみを求め、日常に張りを求める。…この村人にそれが許されるのは、雲と雨と風が全てを 覆い隠してくれる、こんな嵐の夜だけだった。
 祭りと言うにはあまりにもささやか。この村で一番丈夫な宿屋に村人全てが集まり、手作りの料理を食し、酒を飲んで はしゃぐ。それでも、それしか知らないラグにとっては十分に華やかな『祭り』だった。

 ご馳走を食べて、ジュースを飲んで、騒いで、歌って。いつもは食べられない料理をお腹いっぱい食べて。そうして 窓がうるさいほど鳴り、雷が大地を揺さぶる頃にはラグは、まだ騒ぐ大人たちに 挨拶をしてベッドに座り込む。
「本当によく食べたわね、ラグ。」
 すぐの隣には、シンシアの姿。シンシアはいつも大人と別れて、ラグと一緒にいてくれる。それは、 本当に小さい、まだラグがシンシアを『お姉さん』で『先生』だと思ってた頃から、変わらない習慣だった。
「今日はできるかな?窓割れないといいんだけど。」
「大丈夫よ。今日はきっと。もし割れたら、二人で怒られましょう。」
 シンシアはいたずらっぽく笑うと、ベッドが雨に濡れないように慎重に雨戸をあけて、外が見られるようにする。
 外は、ものすごい嵐だった。昼間、あれほど整っていた畑の尾根がつぶれ、木の枝が目の前を飛んで行く。
「お家が飛んでいかないといいわね。」
「うん…あ…」
 雷光が、二人を照らす。空に竜の姿が浮かび上がる。
「…まるで、天にいらっしゃる竜の神様みたい…」
 そう言って、シンシアがそっとラグの手を握る。雷鳴が轟き渡る。
「シンシア?怖いの?」
 ラグはシンシアを見る、心なしかシンシアの声が震えていたように思えたからだ。
「そう、ね。空はこんなに大きくて…私達はどんなに頑張っても、決してその大きなものには勝てない…それが、怖いわ。」
 ラグは手を握り返す。何故か分からないけれど、どういう意味か分からないけれど、安心させたかった。
「大丈夫だよ。僕、頑張って強くなるから。そうして、シンシアを守れるくらい、強くなるから。」


 ラグは、何も知らない。いつまでも、いつまでもこの平凡な日々が続くと思っている。
 いつか、この村はモンスターに暴かれ、モンスター達は勇者を倒さんとこの村へと襲うだろう。
 ラグの腕はあがっている。村人の安全を考えるなら、二、三人供を連れ、この村を出て旅立てばいい。…そういう 案が出たこともある。そうするなら、被害が最小限に食い止められることも、村人たちには分かっている。
 …だが、世界を覆う暗黒に対抗するには、この村の手練もラグ自身もあまりにも無力で。…いつかラグを志 半ばに力尽きさせてしまうのではないかと恐れた。それならば、一箇所に留まり無駄な体力を使わせず、訓練のみに 集中した方が、ラグの腕もあがるだろう…たとえ、命を犠牲にしても。
 そして、なのよりもこの幸せな時を、少しでも長く続けたいと村人たちは思っていた。たとえ、自分の命を 犠牲にしても。
 そして、その願いは…シンシアも同じだった。

 雷鳴を数えながら、シンシアはラグの手を握る。ラグも、シンシアの手を握る。
 側にいたい、幸せになって欲しい。…それは決して同時には叶わない、矛盾した願い。
 神に祈ることができない罪。
 願わくば、その罪が暴かれることなく…ラグを幸せに導けるようにと、シンシアはきつくつないだ手に、祈った。


 タイトルは、有名な絵本からのもじりです。

 皆さんは物語終了後のラブラブが見たいのかなーと思いながら、物語が始まる前のお話を書いてしまいました。 大体、旅立ちの1年ほど前を推定しております。
 覚えていらっしゃる方はいるでしょうか?「天、さくもの。」に出てきたシュチュエーションですね。お祭りの 夜は、小さな恋人たちが想いを伝え合うものなのです、きっと。

 それでは20万ヒット、有難うございました。そしてこれからもよろしくお願いします!!

戻る トップへ HPトップへ
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送