定位置は6。構えて相手を見据える。 私の間合いが1なら、相手の間合いは2。懐に入れば、こちらの有利。そうするためには、相手の間合いを通り過ぎなければ ならない。 そうして、二人は踊りだす。 5…4…3…4…3…4・5・6・7・6・5・4・3…2…3…4・5…6… 一進一退を繰り返し、ただの木刀とこぶしが最強の武器のように高い音をたててぶつかっていく。 三角形の軌道を描いて、すばやく後ろ側に回り込む。振り向く隙を与えずに、その背中にこぶしを叩き込む。 飛ばされた勢いを利用して、開いた手で地面を突き、そのまま立ち上がって木刀をにぎる。 袈裟懸けに振り下ろされた木刀を、はねとばさんとアリーナは持ち手を狙って蹴りを入れる。 だが、ラグはそれを読んでいたのだろう、肩を狙おうとしていたかに見えた木刀が、その勢いのまま、アリーナの 足へと振り下ろされる。 骨への衝撃。だが、アリーナはそのまま刀をくぐり、ラグの懐へと一気に飛び出した。打たれた足のしびれなど、 何の障害もなく、すばやく懐に入り込む。その間合いは1。 そのままラグの胸にこぶしを叩き込もうと、手のひらに力を込めてそのまま突き出す。 ラグはその腕を開いた手でつかみ、そのままアリーナを振り回すように退け…その首の後ろから木刀がそっと当てた。 「…降参。ラグ、やっぱり強いわね。」 アリーナのその言葉に、ラグが木刀を下ろした。 「いえ、アリーナさん。今回はたまたまです。懐に入り込まれたときはぞっとしました。」 アリーナは振り向き、少し照れたように笑うラグを見た。 「だめね。すっかり平和ボケしてるわ。もっと腕を磨かないとなまっちゃう。」 「あの頃は毎日戦ってましたから。でも、平和なのはいい事ですよ。」 ラグがそう笑ったとき、すぐそこに二人の人物が立っていた。 「姫様!お怪我はありませんか!!?」 心配げにこの模擬戦を見守っていたクリフトと。 「お疲れ様、ラグ。すごい戦いだったわね。」 和やかに見守っていたシンシアだった。 「平気よ、クリフト。ラグの腕を知っているでしょう?たいした事ないわ。」 「あ…でも足のところ、あざになってませんか?」 ラグの言葉に、クリフトはすぐさま駆け寄り、回復呪文を唱え始める。 「ラグこそ大丈夫?背中に思いっきり当てちゃったわよ?それに私が強引に誘ったんだから気にしないで。」 ラグとシンシアは旅の途中だった。一度は悲劇で果たせなかった夢を、今度は二人で叶えるために世界中を何度も回っている。 そして約束どおり、二人はサントハイムに顔を出してくれた。そこでアリーナはラグを久々の模擬試合へと誘ったのだった。 「ラグ、女の子相手に手加減なしで打ったの?」 「だってシンシア、アリーナさん相手に手加減したら負けちゃうよ?アリーナさん本当に強いんだから。」 シンシアがラグに回復魔法をかけながら、笑い合ってじゃれ合っている。 (…いいな…) その様子をアリーナは羨望のまなざしで見つめた。 ラグとシンシアは、誰がなんと言おうと天下無敵のカップルだろう。 ラグはシンシアのために世界を救い。 シンシアはラグのためだけに魂すらも犠牲にして、ラグの命を救った。 旅の最中は、どこか憂いを含んでいたラグが、今は本当にうれしそうに…ただの少年のように笑っている。 シンシアも本当に華やかに笑っている。今まで見た事があるエルフは、皆硬い表情をしていたから、とてもそれが特別に 見えた。 気がつかなかった気持ちに気が付き、試練を超えてクリフトとお互いの想いを伝え合ったのは、つい先日の ことだった。 好きだと気がついて、恥ずかしかった。好きだと言って貰えて嬉しかった。お互いに、そういい合わないと いけないと…なぜかずっと心の奥で感じていたから。 「はい、アリーナ様、終わりましたよ。」 それなのにクリフトは変わらない。旅の頃と同じ笑顔、同じ仕草。恋人らしいことなど何もなかった。 「ありがとう、クリフト。」 そっとその手に触れようとすると、クリフトはそれに気がついてするりと抜けた。 「アリーナ様がご無事でなによりです。しかしラグさんの腕は確かですが、あまり危険な事をなさってはいけませんよ? 王様もブライ様も心配なさいます。」 「……クリフトは、心配してくれないの?」 「もちろん、このクリフトも心配しておりますよ、姫様。」 臣下の顔で、そう言って笑った。 ラグとシンシアの距離が0だとするなら。 自分とクリフトの距離は、一体どれだけ離れているのだろう。 確かに想いを伝え合って0になったと思ったのに。心の距離はこんなにも離れていて、寂しくなる。 間合いに入れない。こちらが近づくと、逃げていくようで寂しくて。 素直に触れ合うラグとシンシアをじっと見つめた。 「…うらやましい…」 アリーナははっとする。自分の心の声が出てしまったのかと思ったのだ。 「え?どうしたの?シンシア?」 ラグの言葉に、アリーナはシンシアを見た。 「うらやましいなって。アリーナさんはラグと戦えるほど強いのね。私はもう、ラグと打ち合う事も できないわ。足手まといにしかならないもの。」 「シンシアさん、剣を持たれるんですか?」 「魔法を使うんじゃなくて、打ち合いなの?」 クリフトが目を丸くして聞いた。アリーナもその言葉に驚いていた。シンシアは清楚で華やかで。 とても剣を持って戦うようには見えない。 二人の言葉に、ラグとシンシアはくすくすと笑う。 「そんなに意外ですか?シンシアは僕の剣と魔法の先生でもあるんですよ。僕が小さい頃、基礎はシンシアに 教えてもらいました。」 「そうね、大きくなってからは二人で村で訓練したんですよ。ですから少しは戦えます。」 「そんなことないよ、シンシアは強いじゃないか。」 「いやね、ラグ。いつまで昔の事を覚えているの?もう、ラグと打ちあうこともできないわ。呪文だって ラグほど強力なのは使えない。…きっと…」 遠い目をして空を見上げた。 「…きっと、ラグと旅に出られていたとしても、私は足手まといになっていたでしょうね…。」 「シンシアさん…」 アリーナが声をかけようとした時、シンシアが元通りの明るい表情に変わる。 「だから、アリーナさんがうらやましかったんです。そんな若くして、ラグの力になれるくらい強いんですもの。 ごめんなさいね、変な事を言って。」 「シンシアさんは、ラグさんの力になってますよ。それにシンシアさんもこれからですよ。」 クリフトがやさしくシンシアに笑いかける。シンシアはいたずらっぽい顔で笑う。 「ありがとうございます、クリフトさん。でもこれからでもありませんわ。私、ブライさんより年上なんですよ?」 その言葉に、今度こそ二人して目を丸くした。 「驚いちゃった。考えてみたらシンシアさんってエルフなんだものね。それは当然の事だったわ。」 その日の夜。勇者を招いてのささやかな祝宴を終え、それぞれの部屋に戻った。 そしてアリーナは部屋をこっそりと抜け出し、クリフトに会いに行ったのだった。 想いを伝える前から、たびたび合ったことだったが、伝えてからは2日に1回ともなり、クリフトは 毎回釘を刺しながらもこうして迎え入れてくれるのだった。 「そうですね。すっかり忘れていました。考えてみればラグさんからあまりシンシアさんの話も 聞いたことがありませんでしたし。」 「ラグにとっては、エルフかどうかなんて、きっとどうでもいい事だったのよね。きっと、シンシアさんにとっても そうだったのよね。」 それでも、これからはどうなっていくのか。そう不安に思っているのだろうとアリーナはあの言葉で初めて 気がつくことができた。 想いを伝え合っても、たとえお互いの想いが認められても…いつだってなんだって不安はある。 「…クリフト。」 「なんでしょう、姫様。」 「…私の事、好き?」 アリーナの言葉に、クリフトの顔が真っ赤に染まる。 「ひ、ひ、姫、様…」 どんなに走っても一足飛びに間合いには入れない。 「私は、クリフトのこと、好きよ。」 誰かが誰かをうらやましく思うなら、自分なりにそれに近づいていくしかない。自分の力で。 アリーナはもう一度手を伸ばした。少しでも自分の一番心地よい間合いに近づけるように。 「姫、様…。」 「私たち、きっと幸せだったのね。ずっと一緒にいられたもの。皆が消えても、クリフトとブライだけは ずっと一緒にいてくれた。」 そっとクリフトの手に触る。 「シンシアさんのことですか?」 「シンシアさんはラグと一緒にいたけど…一緒にいられてなかったわ。…この先も…きっと。いつかは別れがくるから… きっとシンシアさんは辛いんだなって…」 「ラグさんも辛かったでしょうね。…でも、あの二人はきっとずっと、できる限り一緒にいるでしょうね。私も、 最後まで一緒です、アリーナ様。」 そう言ってクリフトは添えられた手を握った。アリーナは目を閉じた。 5…4…3…2…1… そして、カウント0。 元ネタ?は「聖はいぱぁ警備隊(森生まさみ)」のサブタイトル「カウント0」からです。 あれは「キスしたけどキスカウント0でなかったことに…」という話だったので、逆にカウント0 でキスした事を表現できないかな…と書いて見ましたです、はい。 |
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