行きつけの酒場で一人で酒を傾ける。マーニャにとってそれが最高の娯楽だった。 皆でにぎやかに飲むお酒も良いけれど、やはり酒は一人に限るのだ。 今日はとびっきりの星月夜。占いに絶好の夜だから、おそらくミネアは朝まで帰らないだろう。おかげで こうしてのびのびと、酒にすべてをゆだねることができた。 (…酒はすべてを忘れてくれる…か。) それはずいぶんお気楽だと、マーニャは鼻で笑う。 マーニャにとって、酒は燃料だ。 憂いや不安を忘れて、ただひたすらあいつを殺す。父とオーリンを殺し…すべてを奪ったバルザックを 引き裂くと、それだけを考えて居られる。 中央に青色。そして燃え上がる赤。そして外側には美しい金がゆらりと揺れるのが、見て取れるようだ。 燃え上がる炎と共に、憎しみを募らせ、燃える。尽きることない怒りは、ただ純粋な怒りとなり、やがて バルザックに降り注ぐだろう。その時が楽しみで、くすくす笑いながら酒を傾けていく。 くらくらとする頭は、その憎しみを加速させ、ほのかに残る燻りすらも燃やし尽くす。その感覚が 心地よく、マーニャは再び空になったコップに酒を注ごうと手を伸ばす。 するとかたん、と目の前の椅子が動く。顔をあげるとそこには見知った顔。 今までのうまい酒が消えていくのを感じ、ため息をつきながらマーニャは酒を注いだ。 モンバーバラの踊り子の中には、パトロンがいる者も多い。 そのパトロンの中でも、純粋に踊りが好きで支援するものもいれば、ただ単に愛人にするために お金を出す者もいる。金持ちの愛人になるためにこの世界に来る者もいるのだから、それでバランスが 取れているのだろう。 そしてマーニャはその両方から熱烈に声をかけられているが、すべて断っている。 もちろんお金は大好きだ。美しいアクセサリーや美しい宝石も大好きだ。自分を彩る。きらきらしているのを見るだけで 心が躍る。 だが、それ以上にマーニャの心を躍らせるものがある。今の自分はここで生涯を終えるわけにはいかない。宝石よりも なによりもきらきら…いや、ぎらぎらと輝いているものが、ある。 「マーニャ、こんなところにいたのか。贈りたい物があるんだ。」 座ってきたのは、中でも特に強引にパトロンになりたいといってしつこい男だった。目的は おそらく後者。断っても断ってもすがってくるしつこいやつだった。 男が取り出したのは、金でできた豪奢な首飾りだった。中央の大きなルビーを周りを囲んだ小さなサファイア が彩っていた。 「マーニャに似合うと思って持ってきたんだ。」 「…悪いけど受け取らないわよ。あんたが単純にあたしに贈りたいならいいけどね。何度も言ったけど あたしにはすることがある。だからあんたの援助はいらないし、あんたの屋敷に行くつもりもない。」 「わからないな。君は僕の屋敷で踊っているのが一番綺麗なのに。好きなだけ飾られて、踊っていくのが 一番いいはずだよ。」 その言葉に、マーニャは酒を飲み干して立ち上がった。せっかくの良い晩と酒は、これ以上 望めそうになかった。 「あたしを籠の中に入れようっての?それじゃあ、その首飾りじゃ安すぎるわ。」 きらりと光る首飾り。サファイアの青と、ルビーの赤。そして金。 (ああ、さっきまで見えてた炎みたいね。) 赤はさしずめ怒りの色。ならば青は憎しみの色。それとも青はミネアの涙だろうか?…じゃあ金はなんだろうか。 その首飾りは本当に豪華だった。それでも…マーニャはそれが好ましいとは思わなかった。 追いすがる男を跳ね除けて、マーニャは酒場を出た。 (…多分あたしにとって、金は) 破滅と、虚構。そして欲望の色。通り過ぎた過去の色だった。 夜のステージの前にと、酒場に入る。 ゆっくりと酒が頭に回っていく、この酩酊感は何物にも変えがたい快感があった。 何年も前、酒を飲むたびに炎を見ていた頃を思い出す。あの頃は愚かだったなんて過去を貶すほど 年老いた事を言うつもりはない。ただ懐かしいと思う。…酒を飲みながらこんな穏やかな 気持ちになっているなど、当時の自分では想像もつかないだろうから。 大地を寝床に、空を天井に生きて行く、こんな暮らしをどれだけ続けてきただろうか。 モンスターも少なくなり、世界が平和になったんだと実感できる暮らし。辛い事もあるけれど、かつてモンバーバラの 舞台で踊っているより楽しいのは、やはりこういうのは性に合っているからだろう。 できるだけ多くの人に踊りを見てもらえる。それが嬉しかった。そして、多くの人と触れ合いながら、 生き方を探す旅。縛るものは何もない。それは、この酩酊感よりも心地よい感覚だった。 (ああ、でも、縛られているって言えば縛られているのかしらね?) 目の前に座るはずの男性を思い起こす。一緒に旅をしている、この旅の同士、というべきだろうか。 「…遅いわね…ライアン。」 同じく町に入ったはずなのだが、先に酒場へ行けと雑踏に消えて行った。まぁいいと酒場に入ったのだが… ずいぶんと遅い。そろそろ酒場の主人と交渉して、踊りの支度を始めたほうがいい時間なのだ。 マーニャとしても踊りの前に泥酔するつもりはないのだから、そろそろ酒も止めたいところなのだ。 ちりん、と軽い音がして、酒場の扉が開いた。入ってきたのは楽器を抱えたライアンだった。 「遅かったわね。」 「ふむ、大分瓶が空いているな。待たせたか?」 「そうね。暇すぎて踊れなくなるまで酔うところだったわ。」 「では、これで酔いを醒ませるといいのだが。」 そう言って取り出したのは、小さな金の腕輪だった。あしらわれた小さなルビーとサファイアが可愛らしい。 「…今日、なんかあった?」 怪訝に問うマーニャの腕に、ライアンは腕輪をつける。 「強いて言えば私のへそくりが溜まった記念日だ。」 少しだけおどけてそういった後、向かいの席に座り、残されているつまみを口にする。 「…金と赤と青か…昔もこんなことがあったわね。」 腕を伸ばして腕輪を見つめながら、笑う。 「…誰かにプレゼントされた話か?」 ここで素直に妬いて見せないライアンを上目遣いに見ながら、マーニャは上機嫌で話を続ける。 「まーね。豪華な金とルビーとサファイアの首飾りで、あたしを籠につなごうとした馬鹿な男の話。」 「ふむ、確かにそれは愚かだな。」 きらきらと光る金が美しかった。不思議とそう思えた。 「あたし、当時は金が嫌いだったのかもね。綺麗な物で身を飾るのは好きだったけど…それでもどこか嫌いだった。 金が人を狂わせて…結局あんなことになったからね。」 「…そうか。たしかマーニャの故郷は、アッテムトが近かったな。」 「父さんは錬金術師だったし、ね。金も銀も宝石も…結局あたしの復讐の炎を燃え上がらせるだけだって 思ったわ。金は欲望。ルビーは怒り。サファイアは憎しみ。…すごく豪華な首飾りを見て、 そんなことを思ったわね。」 ライアンは食べる手を止めて、少しまじめに聞く。 「今は、どう見える?」 ライアンに言われて、じっと腕輪を見つめる。 「ルビーは太陽。サファイアは海。…金はきらめく大地。」 くすりと笑う。本当にそう思えるから不思議だった。それは、マーニャがなによりもこよなく 愛するもの。世界の全てをはぐくむ物。 「そうか、気に入ってもらえて何よりだ。」 ライアンにもそれが分かったのだろう。何も言わずに酒を煽った。 「じゃあ、行きましょ。」 「ああ。」 二人は立ち上がり、支配人との交渉へ向かった。 今見える炎は、一体どんな色をしているのだろうかと、マーニャは考えて笑った。 久々?のマーニャ短編。1Pの短編って本当に久々かも。 マーニャにとって金はどんなイメージなのかな…と思って生まれた作品。冒険後、マーニャとライアンの結婚後の話です。 星の導くその先へ番外ということになりますが、まぁそうじゃないと思っていただいても大丈夫かと。 二人はこんな風にふらふらしながら、幸せに暮らしてます。 |
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