「もしもあなたが。」(A.ver)


「もう退屈ったら!体なまっちゃうわよ!」
 アリーナはぶつぶつ文句を言いながら、夜道を一人出歩いていた。ここから東にある洞窟に とても強い魔物がいて、宝を守っているらしい、そういう噂を聞き、いてもたってもいられなくなった。 武闘大会に出て以来、気が張り詰める事はあっても、強い敵が出ず、いままで 以上にお供の二人は過保護になり、ドキドキ興奮するという事がない。アリーナはあの緊張感が好きなのだ。 武闘大会での強い敵と戦う楽しみ。今はそれがない。酷く退屈しているのだ。 そして今、ブライやクリフトに黙って抜け出し、洞窟に向かっているわけだ。

「私は武闘大会の優勝者よ!なのに今まで以上に過保護にしちゃってさ。そりゃ、心配する気も… 判らないではないけど!でも、こっちだって気がめいってるんだもの!これくらい許されるわよ!」
 と誰にともなく文句を言っているアリーナの目の前に、一つの洞窟がパックリ口を開けているのが見えた。 アリーナは走った。
「やったあ!着いたわ!よし、その噂の魔物さん!勝負よ!」
 そう言ってアリーナは意気揚揚とその洞窟をくぐる。数々のトラップや扉のようなものがあったが、 そんなものはアリーナにとって障害にはならなかった。もとよりこの姫は、壁を蹴破るのが 何よりの得意技なのだ。王宮の立派な壁を「ついうっかり」壊してしまうのだから。
「口うるさいブライや、心配性のクリフトがいなくったって、私一人で洞窟なんて十分よ!…でも…その強いとか言う 魔物、現れないわね…?それどころか魔物一匹現れないなんて、変ね…?」
 そう、この洞窟に入ってから、外で活発な魔物は一切姿を見せなかった。まして今や夜。 魔物は一番活発なはずなのにだ。

「誰!」
 ふと後ろに気配と物音を感じアリーナは振り返った。しかし、誰もいない。もう物音もしない。
「変ね…たしかに何か物音がしたのに…それになんだか視線を感じるわ…」
 アリーナは少し前からなんだか落ち着かなかった。誰かに見張られているような…。 もしかしてクリフトかブライだろうか?ここへはめいっぱい走ってきたのだ。まさかあの二人が 追いつけるはずはない。それにあの二人はぐっすり眠っていたはずだ。けど。
(ありうるところが怖いわね…)
 そう、あんなに周到に練った(アリーナ的に。)お城逃亡計画をあっさり見破り、あの二人はこの旅に 着いて来た。今ではそれに感謝している。自分ひとりではとても…。
 アリーナは首を振った。今はそんなこと考えてる場合ではない。この視線がクリフトやブライなら、この直線の廊下、 自分の姿を見つけたらきっと声をかけるだろうし、自分の目にも入るはずだ。だが、振り返っても誰もいない。つまり。
「誰か、その『強い魔物さん』が、見張ってるってわけね。よし、燃えてきたわ!奥までいってやろうじゃない!」
 そういってアリーナは地下の階段を、大きな期待と小さな不安を抱いて下りていった。

「やっぱり何もいないわ…」
 階段を一つくぐっても魔物一匹いなかった。それどころか宝物すらもない。
(…もしかして、洞窟間違えた、とか…?)
 アリーナは詳しい位置を聞いたわけではない。聞こうとしてもお供に二人が邪魔するだろう。ちょっと小耳にはさみ、 しかもここに来るのを邪魔されないよう、興味をない振りをするのが精一杯だったのだ。この洞窟のもっと東にもう一つ 洞窟があったのかもしれない。
(それにしても、魔物が出ないのはおかしいわ…)
 この世界、モンスターが出ないのは、神の力に守られた居住区だけだと、クリフトが言っていた事を思い出す。その時、 一瞬だが強烈な気配を感じた。
「誰!さっきから見張ってる誰かさん!出てきなさい!」
 アリーナは鉄の爪を構える。正面から何かの影が現れる。
「アリーナ様…」
 現れたのは振り切ったと信じていた、お供の神官クリフトだった。
「クリフト!何でこんな所に!」
 クリフトは小走りに近づいてくる。
「姫様!どうしてこんな所に来られたのです!危ないじゃありませんか!」
「クリフトこそ危ないじゃない!どうしてこんな所にいるの!私は平気よ!」
「姫様が魔物に襲われてるのではないかと心配で心配で…」
 クリフトはそういうと、アリーナを抱きしめた。
「クリフト…?どうしたの?」
 今までクリフトがそう言った行動を取った事はない。アリーナはうろたえた。 どうしたんだろう?それほどまでに心配していたんだろうか?あんな事が…あったからだろうか?
「本当に心配していたのですよ。私の知らない間に、魔物に遭われていたらどうしようかと…。」
 そう言ってクリフトは、よりきつく抱きしめる。
 悪寒がした。アリーナの背中全体に。体全体が拒否していた。全力を持って振り払う。
 すると、クリフトは。剣を構え、アリーナに切りかかってきていた。
「お前が私以外のものに殺されるのではないかとな!!」

 クリフトはアリーナに剣を振り下ろした。もちろん殺気を込めて、だ。 直前で振り払った為、直撃は免れたが、右腕から血がにじみ出た。利き手ではない為、攻撃には支障がないが、 出血がどんどん激しくなっていく。
「ク、クリフト!?」
 アリーナはその太刀筋で判った。クリフトは本気で自分を 殺す気だということを。もっともクリフトは自分に冗談でも剣を向ける人間ではないが。
「どうしちゃったの!クリフト!何があったの?」
「何があったとはつれないですね、私はいつも姫をこうしたかったのですよ」
 素早さを生かして逃げる事しかできないアリーナに、クリフトは剣を振り、切りかかる。 相手がクリフトではこのまま見捨てて逃げる事も倒す事もできないではない。
 切りかかってくるクリフトをフットワークで左によけながら、ふとアリーナはブライの真面目に 聞いていなかった魔法の授業を思い出した。
(その呪文はメダパニと呼ばれ、戦闘中敵を混乱させる魔術です。魔物にかけられると 味方が敵に操られ、襲ってくる事もあるようです。これを治す方法は二つ。この呪文を かけた敵を倒すか。その味方にショックを与え、正気に戻すかです…)
「なるほど。なさけないわよ!クリフト!いつも説教してるくせに、 そんな魔術にかかるなんて!やっぱり私がついてないと駄目なのかしら!」
 原因、解決方法がとたんに気が楽になった。要はその魔法をかけた魔物を倒せばいい。それは得意技だ。
「つまらない授業もたまには聞いとくものね。ブライありがと!で?」
 軽口をたたきながら避けていく。どうして軽口をたたくのかは判らない。痛みをこらえるためか、混乱を 解消する為か、それともショックから立ち直る為か…。

「私は本気で怒ってるわよ、魔物?出てきなさい!そんな卑怯な手段でしか私を倒せないの! 正々堂々と勝負なさい!」
 呪文の範囲はそう広くない。つまりこの近くにいるはずなのだ。クリフトを操り、 私に剣を向けさせる!その事がアリーナの頭に血を上らせる。
「おやおや、冷たいですな、愛しい愛しいアリーナ姫?貴女の相手はここにいるの言うのに?」
邪悪な満面の笑みを浮かべたクリフト。その一撃一撃は力強い。やはり本気だ。
(例え操られていても、私にクリフトが剣を向けるなんて!)
 それが混乱の源。それがアリーナを何より怒らせている出来事なのだ。
「姫様?何を探されているのです?でも、アリーナ姫、貴方は一流の武闘家。 私以外に誰もいないと気配でお分かりになられますでしょうに。」
 むかつくほどに丁寧な口調で言ってくるクリフトの言葉は本当だった。このフロアに 他の気配はない。
(どういうこと?どういうことなの?)
「何を混乱されているのです?何をすればいいか判らないのですか?では私が最後に教えて差し上げましょう。 大人しく私に殺されればよろしいのですよ。」
 確実に振り下ろされる一撃。アリーナは素早さはあるが、やはり成人男性の武闘家に比べると体力がない。 持久戦になると不利なのだ。ましてアリーナは右腕から出血している。このままでは長からず出血多量で 倒れてしまうだろう。短時間でけりをつけなければならない。
(えーと、あとはどうすれば…)
― これを治す方法は二つ。この呪文を かけた敵を倒すか。その味方にショックを与え、正気に戻すかです… ―
「しょうがないわね、もう、世話のかかる!死なない程度に叩いてあげるわ!」
 とは言ったものの。
(やっぱり抵抗があるわ…)
 幼い頃からいつも一緒。母はもとより父よりも一緒にいたかもしれない相手。自分の我ままに 文句もいわず付き合ってくれ、そしてこの旅についてきた人。自分より弱いくせに、 常に自分を守ろうとしてくれる人。そして何より、自分を自分として見てくれる、唯一の人。 いくら操られているとはいえ、その人を殴ろうとするのは抵抗があった。
「ようやく相手してくださいますが。光栄です、姫君」
「うるさいわね、クリフト。それ!」
 そう言って踏み込んだ間合いは浅かった。決心したつもりでも、心の抵抗が自分を踏みとどまらせたのだ。 そして、それがあざになった。
 クリフトの剣が、アリーナのひざを切ったのだ。深い傷ではない。しかしアリーナの 素早さを殺すには十分なもの。
「…やるじゃない、クリフト。ちょっとは見直したわ。」
「私こそ嬉しいですよ、アリーナ姫。これで逃げ回られませんからね。もっともっと貴女に近づける。」
 クリフトは剣を携え、じりじり近づいてくる。アリーナは血を流した足でゆっくりとあとずさることしかできない。
「クリフト!いいかげん正気になりなさいよ!どうして、私を攻撃するのよ!」
 アリーナの目には既にうっすら涙が浮かんでいた。混乱、恐怖、不安、そんなものがアリーナの心を支配していた。
「最後ですね、アリーナ姫。あっけないものです。貴女の瞳に最後に映る物が私であることを、誇りに思いますよ。」
 クリフトは剣を振り上げる。アリーナの心臓めがけて、一気に振り下ろされる。

 そして心臓は貫かれた。アリーナの目の前で。
 そしてその向こうから現れたのは。

「ク、クリフト…?」
 襲ってきていたクリフトの胸を剣で突き刺しながら、その向こうに立っていたのは、クリフトだった。 服と顔には血が付いていた。
「姫様!ご無事ですか!?申し訳ございません!」
 アリーナはへたりこむ。まだ状況がつかめていない。ただ呆然とした顔で二人のクリフトを眺めるだけだ。
「ご無事でしたか?怪我していらっしゃるではありませんか!今すぐ回復魔法を!」
 そうして新しく現れたクリフトは目の前にしゃがみ、アリーナに回復魔法をかけようとした。 その向こうでは刺されたクリフトが、魔物の姿に変わり、その後他の魔物と同じく砂に変わる。
 それを見たアリーナはようやく事情を飲み込んだ。ほっとする。そしてクリフトに抱きついた。 そこにはただ、やすらぎと心地よさがあった。あの時、偽物に感じた悪寒、嫌悪感はここにはない。 …もう大丈夫。ここは、安全だ。
「ひ、姫様!」
 クリフトは顔を真っ赤にしてうろたえている。クリフトは 一瞬悩み…そして…自分もそっと腕を背中に回す。
「怖い思いをさせてしまいました…申し訳ございません…。けれどもう、大丈夫です、偽物はいませんから…」
 そう言って抱きしめる腕は温かくて、力強くて。いつからこんなに力強くなったのだろう?自分を 守る腕はいつからこんなにたくましくなったのだろう?そう思いながら、アリーナはそっと腕を放した。
「失礼いたしました。」
 そう言ってクリフトはベホイミをアリーナにかけた。
「出血が激しいようです。ベホイミでは増血されませんから、しばらくは安静にしてなくてはなりませんね。」
「どういう…事なの?」
 アリーナはようやく口を開き、クリフトに聞いた。
「あれは魔物の化身です。この洞窟の魔物は自分の…仲間に、姿を変え油断を誘って人間たちを倒すようです。」
「そういうことなの…」
 あれはクリフトではなかったのだ。クリフトに姿を変えたただの魔物。それを見抜けなかった自分に腹が立った。
「よもや私に化けていて、そのために姫様が怪我をなさるなど!私、どう詫びていいか!!」
 クリフトは、頭を下げる。その姿はいつものクリフトで。今まで見てきたままのクリフトで、アリーナは 安心する。…そうだ、これがクリフトなんだ…。いつも側にいてくれる、クリフトなんだわ…

「私が、馬鹿なのよ。貴方と魔物の区別もつかないなんて。」
「姫様…」
 アリーナの言葉にクリフトは頭を上げ、そして、真剣な顔でこう言う。
「姫様。もし次に私の姿をしたものが姫を襲っても、その時は躊躇なく私を倒して下さい。」
 その言葉はアリーナの心を一瞬冷たくした。
「え?」
「私が姫に剣を向けることはありえません。そしてそれを向けたとするならば、偽物がはたまた、 私の心を亡くしているときです。」
「クリフト…見分けがつかなかったのは情けないと思っているわ…けれど、私は 貴方を攻撃するわけにいかなかったのよ…」
「姫、もし心を敵に操られ、私が姫を殺す事になるくらいでしたら、操られたという不覚から、 姫に殺される方を選びます。私の心があるならば決して、そんな事はいたしません。 ですから、もし襲ってきた時には、私を殺すつもりで攻撃なさってください。 それで殺されたとしても…私は後悔しませんから…」
「クリフト…でも…私…」
 できるだろうか?もし心奪われたクリフトを、自分の手で攻撃するということを。 自分のこぶしでクリフトを殴るということを。
「姫様。私のお願いです。私は自分のこの心あらば、決して姫に剣を向ける事はありません。 そしてこの心なければ、私は私ではないのです…もう、こんな想いは…。」

「わかったわ、クリフト。」
 ひたすら暗くなっていくクリフトにアリーナは言う。
「私は貴方が攻撃してきたら攻撃します。だからクリフト、もし操られているのなら、一撃で 絶対に正気に戻りなさい。判った?」
 毅然として言うアリーナ。それは信頼。本物のクリフトはけして自分を殺そうとしないという確信。
「はい!アリーナ姫!約束いたします!」
「ありがとう…クリフト…貴方がいてくれて…よかったわ…」


 洞窟を出た帰り道。アリーナは思う。予想していた強い魔物には遭えなかった。宝もなかった。
今あるのは、やすらぎ。自分が信頼できる人間がいるというやすらぎ。 そして…なぜか残るドキドキとした胸の鼓動。
 何故なのだろう?敵はもういないのに。顔が紅潮するのは どうしてなのだろう?敵と戦う時とはまた違う、この胸の激しい鼓動。

 …でも、これも悪くないわ。

 アリーナは洞窟に入る前に思っていたのとは違う、 何よりも強い敵に出会い、何よりも大切な宝を2つ手に入れた。
 その二つはアリーナの心の中にあったのだ。ずっとずっと以前から。
 一つは信頼。何よりも強い絆。
 そしてもう一つは…まだ名前もわからない。大切な、宝なのだ。

うらぎりの洞窟アリーナバージョンです。アリーナへのクリフトの気持ちが少しでも伝わると いいのですが。では次はverCです。しかしクリフトのスペリングってどうなんでしょうね?私はイニシャルはC だと思ってるのですが、Kという説もありますね。でもCなら、ブライと並んでA、B、Cとなって楽しいのですが。  
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