旅の途中で



「絶対嫌だ!!」
「ラグ、このままほってはおけないでしょう?私もほっておきたくはないの。……私が一番適任なのはわかっているでしょう?」
 シンシアの言葉に、ラグは唇をかむ。それは良く分かっていた。そうしてシンシアもラグのその表情が 納得しかけていると分かっていて畳み掛ける。
「私は女だし、エルフだから餌には最適なはずよ。できるだけ早く、餌にかかってもらわないといけないんだから。 それに私なら魔法が使えるもの。剣だって訓練してきたのは知っているでしょう?」
「でも、僕はシンシアをそんな危険な目にあわせたくない。」
「でも、ラグ、今危険な目にあっている子達がたくさんいるのよ?」
 ラグは両手をぎゅっと握り締める。
「……わかってる…、分かってるんだ……。」
「ラグ、私を信じて。ね?」
「……わかった。」


 温泉の町アネイル。ラグとシンシアがそこにたどり着いたのは、世界が平和になったことを世界が実感し始めたころだった。
「いらっしゃいいらっしゃいー、温泉饅頭いかがですか?」
「やぁ、君達宿をさがしているのかい?」
 そんなにぎやかな掛け声が当たりに響く。だが。
「……なんだか変だね。」
 ラグがシンシアにそっと声をかける。シンシアは小さく頷く。
 町の人たちはシンシアを見て、どこか動揺しているように思うのだ。
「エルフだってばれてしまったかしら…?」
 シンシアが小さな声でラグにささやく。だが、そんなラグたちに、一人の男が強引に声をかけてきた。
「おう、あんたら旅人かい!?ちょうどいい、俺が町を案内してやるよ、そうだそうしよう、ほら来い!」
 ラグとシンシアの背中を強引に押す。
「は、はい、それじゃ、お願いします……。」
 戸惑いながらそう言ったラグを見た男の目は、笑っていなかった。

 ほとんど歩きながらおざなりに店を案内し、男はラグたちを教会へと誘った。そして入った瞬間、周りを見渡して、神父 以外いないことを確認すると、ラグ達に向き直り、真剣な顔をして言う。
「あんたら、今すぐ町を出て行きな。」
「ど、どうしてですか?」
「今この町の女達は、盗賊団に狙われてるんだ。」
 男は語った。この近くに、荒くれ者が集う盗賊団がいて、女達をさらい、よそに売りつけるのだと。
「その盗賊団のアジトはわかりますか?」
 ラグの言葉に、男は躊躇いながら答える。
「あ、ああ、ここから南東の丘の奥にある小屋がアジトだ。元々それほど人数も多くないからそれで十分らしい。」
「じゃあ、もしよろしければ僕達が行ってみます。詳しい場所を……。」
「やめてくれ!!そんなことをすれば、今度こそこの町は滅びてしまう!もう英雄リバストはいないんだ!」
 正真正銘現在の勇者がいるとも知らず、男は声をあげる。
「すみません、でもこのまま報復を恐れていたら、それこそこの町は……」
「そうじゃない、もしそのアジトに手を出せば、今度、またこの町はモンスターの集団に襲われることになるんだ。 あいつら、モンスターと組んでるんだ!!」
 男の叫びに、ラグたちは顔を見合わせた。

「……落ち着きましたか?」
 シンシアがそう優しく微笑みかけると、男は苦笑した。
「すまないね、お嬢さん。ありがとう、悪い事は言わないから、早くここから出てお行き。」
「あの、その前に聞かせてくれませんか?モンスターと手を組んでいるって言うのは?」
 ラグの言葉に、男は呆れたように口にする。
「その盗賊団はモンスターに女達を売っているらしい。そして盗賊団になにかったり命令したら、この町を滅ぼすように 契約をしているらしいんだ……。」
「でしたら、そのモンスターの方を先にこっそり倒してしまえば……?」
 シンシアの言葉に、男は体を振るわせる。
「無理だ!そのモンスターも一匹じゃないんだ!何十匹といるんだぞ?!一度女達を逃がしたのがばれたときには、 この町の周りをモンスターが取り囲んで……その上モンスターのボスはあの魔王デスピサロの四天王の一人、アンドレアル だと名乗ったんだ!!」
 二人は驚きに顔をこわばらせる。
「アドレアル、ですか?」
「ああ、そうだ。巨大な赤い竜で、こちらを恐ろしい眼でじろりとにらんでいた。……魔王デスピサロは勇者に討たれたという 話しだが、まさかそんな部下が残っていたなんて……」
 その言葉に、ラグは黙り込んだ。


 男の発言が間違っていることはラグが知っていた。魔王は死んでいない。生きている。……それはラグにとって不快な ことではあるが。
 そして、アンドレアルはその逆だ。……アンドレアルは死んでいる。誰でもない、自分が剣を向けて倒したはずだ。
 だが、アンドレアルは分裂をするモンスターだった。確かにあれは一部で、まだ生きている可能性も否定できない。
 しかしアンドレアルは少し話しただけだったが、もっと高潔なモンスターに思えた。人間を嫌い、主君のことを想う モンスターだった。そのアンドレアルが、人間と手を組み、女をさらうというのはちょっとぴんと来ない。
 だが、魔王が生きている以上、魔王がこの件に手を貸しているとしたら……?
 ラグの周りで同じものを全て見てきたシンシアが、同じく不思議そうにしている。ラグは言った。
「わかりました、僕がモンスターのアジトに行きます。」
「何を言っているんだ?行ってどうなるって言うんだ?」
 そのモンスターを倒します、と言いかけてラグはやめる。自分の外見があまり強そうに見えない事はわきまえている。
(ライアンさんはいいな。強そうだし。)
 そう思いながら、ラグは少し考えた。
「……僕は魔法も使えます。女の人はそのアジトにまだいるかもしれません。入り込んで逃がして、それから皆さんで 一度逃げてしまいませんか?逃げる場所も用意できます。その後、強い人に依頼して、倒してもらえばいいと 思ったんです。」
「……残念だが、モンスターのアジトの場所はわからない。」
「一度やってきたなら、方向だけでもわかりませんか?」
 シンシアの言葉に、男は首を振る。
「砂漠の方向だ。砂漠のどこかにアジトがあるのは分かっている。だが、あの広い砂漠から 探し出すなんて無理に決まってる。大体人が探し回れるようなところじゃない。途中で死んじまうよ。 それに砂漠じゃぁ、モンスターから丸見えだ。入り込むなんて無理に決まってる。」
 その言葉に、シンシアが笑顔で口にした一言に、ラグは凍った。
「じゃあ、私がさらわれて入り込んで、皆さんを助けます。」
 その言葉にぎょっとしたのは、ラグだけではなかった。男も、横に控えていた神父も同じだった。
「お嬢さん、無茶はいけないよ。こんなに心配してくれるいい恋人がいるんじゃないか。」
「ええ、ラグはとても信用できる、強い人です。私が行っている間、きっとここを守ってくれるでしょう。」
 シンシアはにっこりと笑う。ラグは首を振る。
「駄目だよ、シンシア!だって危険だよ!」
「でもラグ、今苦しんでいる女の人がいるかもしれないのよ?!」
「でもだからって!!僕がやればいい話じゃないか!」
 ラグが叫んだところで、神父が二人の肩を叩いた。
「まぁ、落ち着きなさい、二人とも。奥のお部屋をお貸しいたしましょう。二人で落ち着いて、ゆっくり お話になってください。」
 そうして二人は神父に促され、教会の奥の部屋へと案内された。シスターが去るとそこは二人きりとなり…… 冒頭の会話につながるのだった。


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