あなたの指先


 モンスターが力を振るうこの時代。力ない人々は加護のある町の中でおびえていた。
 そんな中、外に出たい、旅に出たいと思うような人たちは、力をもって身を守るもの。金を持って身を 守るもの。信念をもって旅に出るもの。・・・そしてなんらかの事情で、その場にいられなかった、 まっとうなでない者達だった。
 ゆえに。ある運命を背負ったものたちの旅の終盤には。
「本当にすみません…僕、何も考えないで声をかけちゃって…」
 砂漠にスラムが誕生していた。

 ここはサントハイム大陸の中心にある砂漠の町。いまや有名となった商人、ホフマンが 築き上げた世界で一番新しい町だった。
「いいんだよ、気にしないで。」
 笑いながらホフマンがラグをなだめる。
 ホフマンがこの町を作るとき、旅を続ける友人の勇者たちに、『旅の最中で、 もし今の土地に疑問を感じている人を見かけたら、ここを教えてあげて下さい。』そう頼んでいた。
 そうして、行き先に迷う人に、ラグはこの場所を教えていた。…だが、今の混沌の世の中、行き場のない 人間のほとんどは、罪びとは荒くれ者が多く、ホフマンの町はその移民たちの要望にこたえるため発展し、 いまやグランドスラムと化していた。
「俺にはヒルトンみたいに、教える知識なんかない。けど、ラグさんが教えてくれた『人を信じること』 を人に伝えたかった。今、ここにいる人たちは、それを持っていなかった人たちばっかりで、そういう人たち・・・ 昔の俺に居場所を与えてあげられるって言うのはすごくうれしいんだ。それも全部、ラグさん達のおかげなんだ!」
 本当にうれしそうにホフマンが笑う。
「うむ、個人でこれほどの町を作り上げるとは・・・」
「ホフマンさん…ご立派ですわ…」
 しきりに感心するライアンの横で、ミネアが涙目でホフマンをほめる。
「しかし、このように荒れた町を、王はどう思われるかのう…」
「いいじゃない、ブライ!活気があるっていいことだわ!大体ここ、もともとバザーがあったところ なんだし。それに強そうな人も多いし!」
「姫様…ホフマンさんの町の方です。…くれぐれも勝負などを控えてくださいね…」
 サントハイム三人衆がいつもどおりに騒ぐ横で、トルネコがホフマンと詳しい話をしていた。
「…ふむふむ。なかなか大きな町になりましたな。すばらしいですね、ホフマンさん。」
「いえ、トルネコさんのようになるには、まだまだです。あ、皆さん、今日は泊まっていってください。宿屋に ご案内しますよ。」
「いいんですか?ホフマンさん。」
 遠慮するラグに、ホフマンは笑顔で頷く。
「もちろんですよ、ラグさん。」
「酒場はあるんでしょうね?ホフマン?」
「もちろんですよ、マーニャさん。あと、カジノもあるんですよ!楽しんでいってくださいね!」
「「なんですって!!」」
 ホフマンのその言葉に、双子の声が重なった。
「やるじゃない、ホフマン!あんたと友達で良かったわー」
 喜んではやし立てるマーニャと。
「…ホフマンさん…なんて余計なことを…」
 恨みがましい目でホフマンを見つめるミネアに、ホフマンは押された。
「…なんかやばかった?」
「…マーニャさんにとっては最高、ミネアさんにとっては、最悪だったと思いますよ、きっと。」
 ラグとぼそぼそとつぶやくホフマンの背中に、はりつくようなミネアの視線がすこし怖かった。
「ともかく!今日は一歩も宿の外には出しませんからね!姉さん!」
「なによそれ、横暴よ!ホフマンだって、せっかく作り上げた町を見てほしいと思ってるわよ!ねえ、ホフマン?」
「どうせちっとも儲からない…どころかお財布を空っぽにするだけなんだからやめて頂戴!ラグ!ラグも止めてください!」
 美人二人に詰め寄られ、将来有望な若者二人があとずさる。
「と、ともかく、宿に案内するよ、ラグ!ゆ、ゆっくりしていってくれ!」
「あ、ありがとうございます、ホフマンさん!」
 聞かなかったことにして、ホフマンはラグを引き連れて宿へと案内した。


 嫌がるマーニャに反して、無理やりマーニャとの二人部屋を勝ち取ったミネアが、マーニャに高々と告げる。
「今日は絶対!この宿から出さないから!」
「あんたねー。せっかくこの麗しいあたしとおんなじ顔してるのに、どうしてそんな怒り顔なのよ?台無しよ?」
「姉さんが怒らせるからよ!」
「そんなこと言って。せっかく近くまで来たんだから、オーリンとでも会ってくれば?」
 一気にミネアの顔に紅がさした。
「や、やあね、姉さん。そんな突然行ったりしたらお、オーリンにも迷惑がかかるわよ。」
「そんなことないわよ。オーリンだってきっと大喜びよ。」
「そ、そうかしら?」
「そうに決まってるわよ。じゃ、そういうことであたしは行くわねー。」
 ひらひらと手を振りながら扉を開けて、マーニャは部屋を出た。
 …一瞬の沈黙。
「姉さん!!!」
 般若のごとき美しき娘が、廊下へと飛び出した。

 部屋を出たマーニャは、さっそくお手洗いに入る。すでに準備は整えてあった。『アリーナに持たせとくと、 きっとすぐ抜け出して、誰かに勝負を挑みに行くわよ』などとだまくらかして『少しの間』預かっていた変化の杖が、今こそ役に立つ 時が来たのだ。
 杖を振る。すると鏡の前に、なかなかに整った顔立ちの、金髪の女が現れた。
「まぁ、気に食わないけどこんなところかしら。」
 じっと鏡を眺める。色気のあるタイプではない。むしろやさしげな雰囲気の漂うお嬢様といったところだろうか。
(つまり…ミネアタイプかしらね。)
 そこまで判別して、お手洗いを出た。
 すでに、廊下にはマーニャの姿は見えなかった。
(まったく…こういうときだけ足が速いんだから…)
 後ろで、ドアの音がした。反射的に振り向く。
「姉さん!!」
「あの…なんでしょうか?」
 見ると、大人しそうな女性が驚いた顔をして、立っていた。
「あ、ご、ごめんなさい、人違いでした…あの、私と同じ顔をした、姉を見ませんでしたか?」
「…いえ?ごめんなさい、分かりませんわ。」
「そうですか…」
 沈むミネアに、女性はやさしく声をかける。
「はぐれられたのですか?私、これから外に出ますけれど、見かけましたら妹さんが探していたと 声をかけることにしますね。」
「ありがとうございます…でも、それには及びませんわ。」
「そうですか?それでは失礼しますね。」
 頭を下げて出て行く、女性。…それは当然、変化の杖で化けたマーニャなのだが、ミネアは気がつかず、マーニャの 捜索を再開した。


 頭の中で舌を出しながら、マーニャはカジノへの道のりを急ぐ。
(楽勝、楽勝ー)
 モンバーバラにいたときは、芝居を取り込んだ舞台を披露したこともある。これでもなかなかの評判だったのだ。 そして、『ミネアの真似』はマーニャの十八番だった。
 幼いころのコーミズで、ミネアの真似を見破れるのは、父だけだった。いたずらをして、ミネアの振りをして逃げ切ったり、 驚かせたり、良くしたものだった。
 それをやめたのは、バルザックがコーミズに来たときから。
 子供みたいなことをして、嫌われたくなかった。それに…恐かったから。もし見抜いてくれなかったら。
(…もしやってたら、見破ってくれたかしら…)
 そこまで考えて、首を振る。もう、終わった話だ。それよりも、せっかく与えられたこの夜を楽しむために、マーニャは金の 髪を振り乱し、カジノへと走っていった。


  運がついていたのか、カジノの出が甘いのか…どっぷりと日が暮れるころにはマーニャはコインが入った袋を 両手で抱えるまでになっていた。
 ホクホク顔で景品に取替え、カジノを去ろうとするマーニャは近来稀に見る上機嫌な顔をしていた。
(あたしだっけやればできるじゃない。ミネアってば失礼なことばっかり言うんだから。)
 金の髪が、不思議と夜の町に冴えていた。
 この町も夜はなく、いたるところに灯りがある。人の気配がする。だが、エンドールのように整然とした 灯りではなかった。その灯りはさらになお、闇を際立たせる、灯り。
 そんな中、まだ不慣れな道をマーニャは金の髪のまま、宿屋へ向かい、歩いていく。
 そう、マーニャは上機嫌だったのだ。…この瞬間までは。

「よう、ねーちゃん。」
「こんな遅くは物騒だぜ?俺たちが送っていこうか?」
 目の前に、三人のチンピラ。にやにやと笑う、いやらしい顔。…とても見慣れた光景だった。
 一瞥する。…ライアンやラグ、アリーナのみならず、剣が本職でないクリフトよりもレベルが下だ。脅威どころか話にも ならない。
「…どうしようかしら…」
 小さくつぶやいた声は、相手には届かなかった。だが、一瞬の間が男たちを増長させた。
「いいじゃんいいじゃん、いこうぜ…」
「…今日はあたし、機嫌いいから…見逃してあげる。」
 そう魅惑的な・・・マーニャ本人の笑顔に比べると劣るが、それでも可愛らしく、マーニャは微笑んだ。
 だが、その笑顔がむしろ逆鱗にふれたのだろうか。男の周りの空気が怒気にそまった。
「んだとぉ!」
 男の怒鳴り声を意に介さず、マーニャは道を進んだ。後ろから足音が忍び寄る。
(まぁ、聞くわけないと思ったけどね。)
 せっかく上機嫌なのに、そう思いながらマーニャは呪を唱え始める。
(せめてレアで済ませてあげるわ。)
 迫ってきた男たちが、マーニャの腕をつかみ、むりやりこちらに引っ張ろうとした。その 行動を予想していたマーニャは、その腕を軸に反転し、呪文を放とうとする、その刹那。
 一番後ろの男が、くたりと倒れた。
 唖然としているマーニャと男を置いて二人目が音もなく倒れこむ。
 そして見えた姿は、あまりにもお話じみていて、マーニャは声をあげることができなかった。
「なんだ貴様!!」
「…一応確認しておくが、おぬしらがその女性に言い寄ったと見て、間違いはないな?」
 見まごうことはなかった。間違いなく、その姿は今ここにいるはずのない、ライアンだった。
「あ、あ、あ…」
 ”あんた、なんでこんなところにいるのよ!”
 そう怒鳴ってやりたかったが、あまりのタイミングで上手く舌が回らなかった。
 まるで図ってたのではないだろうかといぶかしんでいる隙に、ライアンはマーニャの手をつかんでいる 男を、いともたやすく鞘付の剣で倒した。


「大丈夫だったか?」
 マーニャが文句をいう前に、ライアンが心配そうにこちらを見た。
「いや、あの」
「だが、このような時間このような場所を歩いていればこそ、このような目に会うのだ。気をつけたほうがいい。 …ましてやおぬしのような女性は。」
 そういわれて、初めて気がつく。ライアンの目に映っている自分が、自分ではないことを。
(なによそれ、どういう意味よ。)
 徐々にせりあがってくるむかつき。つまりこの男は、なんにも知らない女性を助けて、こうして声をかけているのか。
 いや、それ自体は悪いことではない。たとえばラグでも同じことをやっただろう。だが、なぜかいらいらする。そして、 その台詞は次のライアンの台詞で頂点に達する。
「…夜道は危ない。私でよければ送っていこう。」
(なによそれ!つまりナンパってわけ?この大変な旅の時に?)
 その大変な旅のときに、カジノに行っていた自分を、マーニャはすっかり忘れている。
 とにかく、一刻も早くここから離れようと思った。ライアンの心配そうな表情も、やさしげな声も今はすべてがしゃくに障るのだ。
「いえ、大丈夫ですわ。助けていただいて、ありがとうございます。」
(あたしはミネア、あたしはミネア…)
 いらつく心が出ないように、心でそう唱える。
「いや、私も急いでいるわけではない。そなた一人で家路に着くよりは、安全なはずだ。」
 ライアンが親切で言っているのは分かっている。だが、そこがなおさら、マーニャをいらだたせる。
「いえ、あの…」
 なんとか理由をひねり出さねば、ライアンは去ってくれないだろう。どのみち家に遅らせるわけにはいかないのだ。 『家』などなく、宿には怒ったミネアが待っているのだから。
「あまり、家に帰りたくなくて…その、すこし他の場所に寄り道をしようかと…」
「だが、この時間では開いている場所は少なかろう。」
 マーニャの手が言いにくいことを言うように、口元を隠す。このような女性なら、夜に酒場に 行くことが恥じていることが普通だと思えたからだった。
「いえ、あの、その、お酒でもと思っていたのです…」
「ふむ…」
 ライアンはしばし考え込む。
「ですから、戦士様、ご心配には及びませんわ。ここからすぐですから。本当にありがとうございました。」
「では、相伴の相手が私でよろしければご一緒しよう。酒場の危ないからな。」
 マーニャの声に、ライアンの声が重なった。…マーニャに理解できたことは、『逃げそこなった』 という事実と『ナンパされた』という怒りだけだった。
(そりゃ別に、仲間に恋人がいようが、ナンパしようが、勝手だけどさ、それにしたってそれはないんじゃない?!)
 そう怒りに燃えるマーニャをよそに、何も知らないライアンが、こちらの顔を覗き込んでいた。その顔は、どこか やさしそうで、それがあまりにもいらだたしい。
(こうなりゃやけよ!こいつを酔い潰して酒代全部出させてやるわ!!)
 マーニャはにっこりとほがらかに微笑んで見せた。その表情は『女優』と言っても良いだろう。
「ええ、戦士様、それではご一緒に飲んでくださいます?」


 
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