(何をしているのだ、私は…)
 女のあとを歩きながら、ライアンは自問自答していた。
 助けたのは、ただの偶然だった。自分に力があり、急いでもおらず、ここが知り合いの町だったから。ライアンに とって、理由などその程度な、ごく自然な行動だった。そこに疑問はない。
 だが、そのあとの詰め寄り方は、自分でも不自然に思う。理由を必死で探すが、一つしかなかった。
 妙に気になるのだ、目の前を歩く女性が。心の端がひっかかるといってもいい。つまり、
(興味があるのだ、この女性に。)
 最初に見た後姿は、なんとも思わなかった。悪漢につかまったか弱い女性だと思った。だが、 最初の一瞬、こちらを見たときに、ライアンは驚いたのだ。
 そのまっすぐ射抜く目の光に。それはとても力強く、おびえているようには見えなくて。
 そして、話してみて、また首をかしげた。あまりにも普通だった。弱弱しく、物怖じする普通の女性に見えた。 『普通の女性。』そんなものに、興味はないはずだった。
 それなのに、妙に気になる。歩き方や、身のこなし、手足の挙動すべてが、どこか目に付くのだ。
 ゆえに、そのまま別れたくなくて、粘ってしまった。初めての経験で、どこかぎこちなかったように、不自然だったように 思う。だが、それでもなお、この女性が気にかかる。興味がある。
(なんなのだろうか…)
 酒場に着き、適当な席に座ってなお、ライアンは首をひねっていた。
「戦士様?あの、やはりご迷惑でしたか?なにかお考えのようですけれど…」
 目の前の女性が、金の髪を揺らしながら尋ねてきた。
「いや、その…うむ、何を頼もうかと思っていたところだ。」
「あまりお酒は嗜まれませんの?」
「いや、そうでもないが。」
 首を振り、メニューを見て適当なお酒とつまみを買う。女性は軽い、甘めのカクテルを注文してきた。
(ふむ、女性とは、通常こうなのだろうか…やはり、マーニャ殿のような女性は特別なのだろうか…)
 強い酒を好む、美しい旅の仲間を思い出し連鎖的に危機を悟った。
(もし、マーニャ殿にこの有様を見られたら…)
 とたんに嫌な汗が流れる。やましいことはしていない、と思う。が、あの女性にそんな言い訳が通用するだろうか。 いや、そもそも本当にやましくないと言えるだろうか。女性を誘って二人で酒場にいるのは事実なのである。
 とっさに周りを見渡すが、マーニャの姿はなかった。あの紫の髪も、すさまじい美貌もどんな人ごみの中でも 目立つだろうから、見逃すと言うことはないだろう。ほっと息をつく。
「どうかされまして?戦士様?」
 そう言いながら、ライアンのグラスに酒を注ぐその指先の動きもどこか美しく、ライアンの心をつかんだ。


 いつもは飲まない甘いカクテルを飲みながら、マーニャはいらだっていた。
 甘いカクテルを選んだのは、絶対に先に酔いつぶれないためと、ミネアが稀にお酒を飲むときは、こういうのを 選んでいたからだった。
「ところで…そなたの名前は…?」
 ライアンにそう問われて、胸が跳ね上がる。考えてなかった。頭の中はフル回転するが、それを表に出すようでは モンバーバラの舞台はやっていけない。優雅に笑ってみせる。
「先に、戦士様のお名前をお聞きしたいですわ。」
「うむ、そうだったか。失礼した。ライアンと言う。」
「ミアーナと申しますわ、ライアン様。」
 適当な名前をでっち上げて笑う。
「ミアーナ…良い響きだな。」
 そのつぶやきは社交辞令か真実か。だが、どうであれ、マーニャの心はさらにささくれだった。
「ありがとうございますわ、ライアン様。」
(いいわよ、ただ酒のためだもんね!!)
 苛立ちを表面に出すこともできず、マーニャはグラスのふちを、指先ではじいた。

 ガラスが出す、はかない音が女性の指先から生まれる。その指の美しさに目を奪われた。
「ライアン様は、ここにお住まいになるのですか?」
「いや、旅の途中なのだが、知り合いがこの町にいてな、訪ねてきた。」
「まぁ、そうでしたの。」
 何気ない話をしながら、女性の指をじっと見る。白い手だとは思うが、取り立てて手入れをしているような指ではない。指単体を 見ていても、特に『美しい』とは思えない。
 だが、ひとたび動き出すと、その挙動が目に焼きつくほど、美しく思える。
「そなたは…何の仕事をしておるのだ?」
 手を眺めながら、ライアンは聞いた。
 女性は、少しうつむいたようだ。落ち込んでいるようにも見える。
「…嫌ですわ、ライアン様。寄る辺のない女にできる仕事など、限られておりますのに…」
「そうか、それはすまなかったな。」
 春売り、なのだろうか。それとも、酒場の女なのだろうか。…だが、どちらにも見えなかった。 驚きさえ、感じていた。
「かまいませんわ。…それより、よろしければライアン様の旅の話など、お聞きしたいと思いますわ。 お一人ですか?」
「いや、仲間がいる。七人ほどだな。」
「まぁ、でしたら、そのお仲間のお話など、聞いてみたいと思いますわ。」
 ミアーナは上機嫌に話を振ってきた。しばらく考え、頷く。ライアンは、 支障のない程度に、ラグたちのことを語り始めた。


「私たちのリーダーはラグ殿という。まだ少年ではあるがしっかりとした指導力と、確かな実力を持っていて…」
 ライアンの話は楽しかった。それは『マーニャ』では聞けないことだ。ライアン自身が ラグたちを、…そして自分をどう思っているのか、聞いてみたかった。
 ラグやアリーナの話を、あたりさわりがないように話していく。意外と話が上手いのだろうか。 いや、語り口が上手いというわけではない。まっすぐで不器用だが確実に、こちらに用件を伝えてくる。そして ラグたちのことを思ってだろうか、『勇者』だとか『お姫様』だとかを決して匂わせない。
(意外だったわね。…でも、考えてみればそうだったかも。)
 口数は少ないくせに、しっかりと自分の考えを述べることを忘れない。ライアンはそういう男だった気がする。
「そして、メンバーのもう一人の魔法の使い手は、マーニャ殿と行ってな。有名な踊子らしいのだが、魔力も 確かだ。美しい炎の呪文を使うが、本人もまた同じように炎のように美しい女性だ。」
 本当にまっすぐ、そういわれて、マーニャはうれしくなった。顔が自然にほころぶ。
「美しい、女性なのですか?」
 そ知らぬ振りをして、そう聞いてみるとライアンは間を置かず頷いてくれた。
「ああ、マーニャ殿とその双子の妹であるミネア殿。この二人より美しい女性は私は見たことがないな。 …それに、マーニャ殿はどんな困難も、まっすぐ見据える心をもった女性で…そういった心が、美しいと思うのだ。」
 そういう顔が、どこか嬉しそうで、楽しそうで。
 マーニャも嬉しくなって、瞳を合わせて、そして。
 その瞳に映る人物を見て、寂しくなった。


「ミネア殿は、先ほどのマーニャ殿の双子の妹なのだが、占い師でなよく当たると評判らしい。また癒しの呪文の使い手でも あって、なかなか腕もたつ女性だ。」
 そのライアンの言葉は、聞こえていなかった。
 ライアンが言ってくれた言葉は嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、どうしようもないくらい、嬉しいはずなのに。
 寂しかった。今のこの情景が。
(これが、未来予想図なのかしら。)
 旅が終わって、離れ離れになって…いつか目の前の戦士は、自分の知らない女性とこうして二人きりで話すのだろう。 楽しくて、辛かったこの旅を、懐かしく語るのだろう。
 自分のことも、こんな風に思い出のように語るのだろう。…それが、例えようもなく、寂しかった。
(あたしは、何を考えてたのかしら…)
 なぜ寂しいのか、よく分からない。ほめられたのに。嬉しかったのに。
(目の前にある、この嬉しそうな顔は、『あたし』に向かって投げかけられた顔じゃない。『あたし』の 見知らぬ『ミアーナ』に投げかけられた顔…)
「どうかしたのか?ミアーナ殿?」
「いえ…」
 首を振った。だが、ライアンはいぶかしげな顔をしている。
「その、ライアン様の生活が楽しそうで…少しうらやましかったのですわ。」
 頬に手を当て、そうあいまいに笑って見せた。それしかできなかった。

「…手を、見せてもらえまいか?」
「はい?」
 唐突に、そう切り出された。不思議に思いながらも、手を差し出す。…もう、あまり何も考えられなかった。
 両手を握られ、じっと手を見つめられる。
「…あの、なにか…」
「…いや、美しい手だと、思ったのだがな。」
 その言葉が、限界を超えさせた。マーニャが音を立てて、立ち上がった。
「あの、そろそろ遅いですし…あたし、帰らせてもらいます…ありがとうございました、ライアン様…」
「…そうか。ならば、家まで送っていこう。」
 これ以上、寂しくなりたくなかった。
「いえ、…宿屋の近くですから。そこまでで結構ですわ。」
 それだけ言うと、くるりと背を向けて、ライアンを見ずに歩き出した。
 ライアンは黙って、後ろからついてきた。


 それは、不思議と静かな夜更けだった。周りの灯りは遠く、室内のざわめきはここまで届かない。
 天上の光は地上には届かなかったが、地上のほのかな灯りが二人を照らしていた。
 マーニャは泣いてはいなかった。哀しいわけではなかった。ただ、寂しい。 ただ、悔しい。ここにいるのが自分だったら良かったと、切に願った。
(馬鹿みたいだわ、あたし。ほんと、馬鹿みたい。)
 ぐるぐると渦巻く黒い心が、不快だった。


「良い、晩だな。」
 そう話し掛けてきた。
「そう、でしょうか…」
 細い、弱い声。自分の声とは思えなかった。
(でも、いいわ。『あたし』は強いけど、今は『あたし』じゃないんだから。)
 だから、忘れよう。ライアンと別れて、こんな『あたし』を。明日からは、また強い『あたし』だ。
「ああ、いい夜だ。…サランの夜を思い出すな。」
「…あそこは、もっと暗かったですわ。ただ、マローニの声が…」
 そこまで言って、ライアンを凝視する。自分の髪の色を確かめる。その色は、金。
 だが、ライアンは少し意地の悪い顔をした。
「当たったようだな。…その姿はどうしたのだ?」
 それどころじゃなかった。マーニャはライアンに詰め寄った。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あんた、いつから!最初から!?」
「いや、確信したのは、つい先ほどだが。」
「何よ、なんで、気がついたのよ!」
 ほとんど八つ当たりのように、マーニャにつっかかる。だが、その問いにライアンはしばし考えて、相変わらず 不器用に、説明した。
「身のこなしだろうか。戦いに身を投じていれば、人は自ずと人の身のこなしに注目するようになる。たとえ 相手が戦いをしていなくとも、身のこなしなどで相手が戦う人物であること…そして達人になるとその 戦い方までも分かると言う。…おぬしの身のこなしは美しかった。一つ一つが洗練されていた。」
 そう言って、マーニャの手をそっと握った。
「そして、手もそうだな。手は、人の生き様が現れる。私に、無骨な剣のたこがあるように、おぬしは指の先まで 踊子なのだな。…とても美しかったぞ。」
 魔法が、解けるように変化の杖の効果が消えた。…美しい、とても美しい踊子が、ライアンの目の前に現れた。
「やはり、そちらのほうが良いな。」
 そう笑う笑顔は、どこか照れたようで。
(…なんかすごく…気恥ずかしいこと言われた気がするわね)
 それでもどこか嬉しくて。言われた言葉も、…そして気がついてくれたことも。
 だからこそ、胸をはってそう言ってやった。いつもの調子で。
「なによ、この美貌のあたしを差し置いて、他の女に声かけたくせに。いくらなんでも女の見る目がないってもんじゃない?」
(うん、これでこそ、マーニャちゃんよね。)
 先ほどの自分は偽者だ。弱くて、寂しくなって…こんな男の一言で、こんなにも嬉しくなるなんて。 馬鹿みたいで、偽者だと思った。
「…。似ていたのでな。」
「…なにが?」
「眼が、おぬしに似ていた。最初に会った時からおぬしの目は、人を射抜くようだ。…それに、魅せられてな。 だが、私もおろかだな。…そのような眼の持ち主が、二つもいるわけはないのにな。」
 悔しかった。無性に悔しかった。
(こいつ…卑怯だわ。…もう絶対絶対卑怯だわ。このあたしがこんないいように…)
 顔がほてるようだった。嬉しくて、なによりやっぱり悔しくて。
 だから、そっと手を握った。
「生き様が現れる、だっけ?」
「ああ、人の多くは手と足を中心に動くからな。自然に刻み込まれる。」
 その言葉を聞いて、にっこりと笑う。
「あたし、あんたの手、好きよ。あんたらしくて。…気づいてくれて、嬉しかったわ。」
「そうか。」
 そういうライアンの頬が、少し染まっているように見えて。…照れてるように見えて。
「さて、帰りましょうか。」
「…ああ、もう夜も遅い。」
 マーニャはすっかり満足して、ライアンの手を引きながら、宿への道をたどった。
 …その、手のぬくもりを感じながら。


 そんなわけで久々のリクエスト。はりきって書かせていただきました。
「手に生き様が現れる」というのは私の持論と言うか、なんというか。すきな人の手って嬉しいですよね。うん。 高校の時に短歌を作ろう!という国語の時間で「人の手は 生き方生き様現れる だから貴方の手がいとおしい」というのを 作ったのが元ネタです、はい。

 ついでに、この短編は、本編のあの出来事にもつながってたりして非常に楽しく書かせていただきました。皆さんにも 楽しんでいただけると嬉しいです。

 
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