「お前も、大変な道を選びましたね。」
 なんだかんだとごたごたがあり、ようやくアリーナとの想いを通じ合えたクリフト。国王は いまだその交際を許してはくれないが、それでも長く待った春がようやくきた事をクリフトは 嬉しく思っていた。
 全てを知っている神父様の心配げな声にクリフトは笑う。
「神父様にもご迷惑をおかけいたします。神に全てを捧げられない事を情けなくも思います。 ですが、私は申し訳ありません、一片の悔いもないのです。」
 晴れやかな顔を見て、神父も笑う。
「素晴らしい後継者を失ってしまうことは残念に思います。ですが、同じ道を歩んでいた元として… そしてずっと貴方の成長を見守ってきたものとして、喜ばしく思いますよ、クリフト。」
 考えてみれば、ここに来て以来、この人はずっと自分の味方をしてくれていた、父親のようなものだ。 …そして、それは国王に対しても言える。その方がしぶしぶ許してくれたとはいえ、頑なな態度を取っている ことについては、クリフトは心を痛めていた。だが、神父は笑う。
「…王のことは、心配する事はありませんよ。王様はアリーナ様を可愛がっていらっしゃいましたから、 クリフト、貴方に取られるようで悔しいのでしょう。ただでさえ、先の闘いで何の役にも立てなかったと悔やんで いらっしゃったようですから。いつか必ずわかってくださいます。」
「ええ、私にできることは誠心誠意を持つことですから。」
「心清らかにしていれば、きっと神が助けて下さいます。」
「はい。」
 神に使える者達が、そうしみじみと語り合っていた時、そこに侵入者が現れた。


「クリフト!!」
「はい!」
 振り返ると、そこにはここにはいてはならない人物がいた。
「王様…」
 いつも玉座に座り、悠然としていなければならない至高の人間が、教会で息を切らしていた。
「どうされたのですか?」
「ここにアリーナはいないか?」
「いえ、本日は一度もお会いしておりませんが…」
 王に許しを得ない限りは、無闇にあうことは良くないと、クリフトは思っていたし、アリーナはそれに寂しいと 言いながらもしぶしぶ同意してくれていた。
 それからは二人で王への許しを得に行く時を除き、以前よりも会っていないと言えるくらいなのだ。
「アリーナがいない。今日朝私に会いに来て以来、城のどこにも姿がないという報告だ。」
「アリーナ様が…どうかされたのですか?」
 既にアリーナの身を危険にさらせるものなど存在し得ないことはわかっていたが、それでもクリフトに胸は 不安で一杯になった。
「今日の朝、アリーナが謁見に来た。そなたとの結婚を認めて欲しいと。それはまかりならんと 言うと、アリーナは『お父様なんて、もう知らない!』と叫んで、そのままだ。…だからクリフト、 そなたのところにいると思ったが…」
「王様、発言をお許しください。本日クリフトは奉仕に従事しており、私の監督下にありました。 そして本日ご息女様は、この教会にお姿を見せる事はなかったと、神に誓います。」
「そうか…ならば外だろうか…兵士にはけっして外に出すなと言っておいたのに…」
 アリーナを止められる兵士など、このサントハイムには居ない。せいぜい遠い異国バドランドの兵士に 一人、心当りがあるくらいだ。このサントハイムで姫を止められる人物と言えば。
「ブライ様は…?」
「うむ、午前中は所用で城を出ていたらしくてな。わからぬと言っておった。まったくここ一番で 頼りにならぬやつだ。」
 その言葉から、ブライは今捜索に参加していない事がわかる。つまり大事ではないのだろう。クリフトは ほっとする。
「王。私が姫様を探してもかまいませんか?」
 クリフトがそう言うと、王はにらむ。
「心当りがあるのか?」
「いいえ、ありません。…ですが、王。」
 クリフトは、まっすぐと王の眼を見た。
「私は、姫を愛しております。ですから探したいと思います。」
 それだけを言うと、クリフトは頭を下げて教会から出て行った。神父はにこやかにつぶやく。それは 王に語りかけていたわけではなく、すこし大きな独り言だった。
「昔の王を思い出しますな。…ユーナ様をお召しになった時の王に。この国は そういう恋を生む血なのでしょうか」
「…アリーナがあれに恋をしているとは思えん。…ただ、身近な男を見繕っただけだろう。すぐに、 目が覚める。」
 それだけを言うと、王は教会を出て行く。神父は笑った。…王の腹心として仕えていた宰相亡き今、あの 結婚騒動を生で知っているのは、神父とブライを含め、城には極少数しかいない。
「ブライ様があの発言をお聞きになったら、きっとさぞかしお笑いになるのでしょうね。」
 先ほどの王の発言は、かつて貧乏貴族だったお妃、ユーナを反対を押し切って妃にすると言った時の 宰相の発言、そのままだった。


 心あたりはなかった。だが、それほど遠くには居ないだろうとも思っていた。庭を探し、サランを探し… そして、テンペに向かう林の中。陽の差す森に廃墟の教会がひっそりとたたずんでいる。
 そして、教会の隣の花畑に…光はあった。
「びっくりした…本当にクリフトが来てくれるなんて。」
 美しい花畑の中、珍しくドレスを着たアリーナが花束を作っていた。
「姫様…王が心配してらっしゃいましたよ。もちろん私もです。こんな所で何をしていらしたのです?」
「ごめんなさい。…でも、私が誘ってもクリフトきっと来てくれないじゃない。でも 私がいなくなってクリフトが探しにきたのなら、一緒にいても怒られないでしょう?」
「…それは、そうですが…」
 困った顔をしたクリフトだが、少し心がほころぶのを我慢できなかった。そこまで自分に逢いたいと思ってくれて 居たのだろうか?
「それで、ここに?」
「ええ、どうしても今日、クリフトと行きたい所があったの。どうしても今日じゃないと駄目なの。お願い。」
 そういうアリーナは凶悪なほど可愛らしかった。
「判りました。お供させていただきます。」
 そう言うと、アリーナは完成させた花束を整えて、笑う。
「ありがとう。きっとそう言ってくれるって思ってた。」
 そう言うと、アリーナは道具屋で抜かりなく買ってあったキメラの翼を取り出した。
「サントハイムから遠いのですか?」
「遠いとも言えるし、近いとも言えるわね。…そこもサントハイムだもの。」
 それだけ言うと、翼を空に投げた。


 ここは、かつて魔界の居城に進入するためのアイテムを求め、訪れた場所。そして…暖かな空気に包まれた場所。
「王家の…墓…ですね。」
「そうよ、行きましょう。もう、ここにはモンスターもいないみたいよ。ちょっと残念だけと、これで皆が眠れるならいいわよね。」
 そう言って、アリーナは足を踏み出す。クリフトは少し躊躇した。ここは王家に関わるもののみ許される聖地。 あの緊急事態ならばともかく、自分のようなものが言ってもいいのだろうか?
 ごくりと息を飲み、クリフトは一歩踏み出した。自分はこの方と共に在ると誓ったのだ。自らの心に。ここで 戸惑ってはいけない。
 高貴なる方々に心で謝りながら、クリフトはアリーナの後を追った。目的地は、なんとなくわかっていた。

 カツーンカツーン。埃のにおいがカベに染み渡り、足音が高くなる。
「もし、あんな事件がなかったらここに来るなんて考えもしなかったわ。」
「そうですね…」
 本来、ここはただ遺体の安置場所。静かに眠らせておく場所で、けっして生者が尋ねる場所ではない。死者への問いかけは、 教会でするものなのだ。
「でも、私は見たの、ここでお母様を。だからやっぱりここに来たかったの。」
「ええ、そうでしたね。」
 実の所、クリフトはここではじめて動くアリーナの母にあった。王妃はとても美しく、アリーナに良く似ていて、 違う表情を持っていた。
 アリーナが年を経るにつれ、似てくるにも関わらずまったく間違えようのない顔に成長したのだ。不思議なものだった。
(でもそう言うものかもしれませんね。マーニャさんとミネアさんもあれほどよく似てらっしゃるのに 全然違いますし。きっと幼い頃はお二人はもっとそっくりだったでしょうね。)
「どうしたの?そんなに笑って。」
 気がつくと足が止まっていたらしい。アリーナがこちらをのぞきこんでいた。
「いえ、先の戦いのことを思い出していたんです。」
「…うん。楽しかったわね。とっても生き生きしてた。みんなでわいわい外でご飯食べたり、モンスターと戦ったり。 今思い出してもわくわくするわ。」
「ええ。」

 ふと、思う。姫は戦う事がなによりも好きだった。庶民に混じり食事をする事を好み、雑魚寝さえいとわなかった。 最初は慣れない硬い寝床に眠り辛そうにしていたが、旅の後半になるにつれ、夜空を見ながら寝る事さえ、嬉しそうだった。
「姫様は、あの頃に戻られたいと願われますか?」
「え?」
「いいえ、なんでもありません。」
 言っても詮無いことだ。どうあってももう、あの旅には戻れないのだから。
 それでも。本格的に女王になる勉強を始め、そして見合い話が持ち上がっていたアリーナ。自分と逢えない日は何日も続いた。 そんな時にふと、罪深いと思いながらも自分はあの旅に思いを馳せた。平和になったというのに、少しだけ 戻りたいと思ってしまった。
 この方は、どうなのだろうか。今の生活を忘れたくなる事はないのだろうか。


 気が付くと、棺の前に来ていた。
「お花…?」
 その棺の上に、真新しい花束が一つ。
「お父様かしら…?」
「いや、王様はこちらにはいらっしゃれないでしょう…けれど、王妃様のために供えられたのは間違いないでしょうね。」
「…そうね。まぁいいわ。これを横に置いておきましょう。」
 そっと花束を添えて、ひざまずく。死者への礼を尽くす為そっと手を組んで祈った。もちろんクリフトもだ。
 わずかな時を経て、アリーナは立ち上がった。その気配を感じ、クリフトも立ち上がる。
「お母様。」
 そう語りかけるアリーナの目は、とても優しかった。
「この人が、クリフトよ。…お母様がお父様を愛したように、私のとても大切な人。…ずっとこの人と、これから 生きていく。…きっと幸せになってみせるわ。…ありがとう、お母様。」
 そう言われて、クリフトは王妃に頭を下げる。
「クリフトと申します。…このような神官の身でありますけれど、全力 で頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
 我ながら妙な挨拶になってしまったと思って苦笑した。


 外の空気はおいしかった。アリーナが深呼吸をしている。
「アリーナ様はお妃様にご報告したかったのですか?」
 アリーナは頷いて笑う。少し寂しい笑い方だった。
「今日はね、お母様の命日なの。…お母様は花の盛りに生まれて、花の盛りが終る頃に亡くなったわ。 …本当にお花みたいな人だったわ…こんなふうにね、とても晴れた綺麗な日で、蒼い空があんまり綺麗で 悲しかった記憶があるわ。」
「姫様…」
「だからね。お母様が亡くなったこの日に、どうしてもクリフトを紹介したかったの。私は幸せよって。」
「ありがとうございます…本当に身に余る栄誉です…」
 その言葉に、アリーナは少し気分を害したようだった。
「クリフト、それじゃ王に褒章を貰った臣下の言葉じゃない。」
「申し訳ありません。それしか言葉が見つからなかったのです。先ほどの王妃様に対しても。もっと伝えたい事が あったはずですのに。」
「なんて、伝えたかったの?」
 クリフトは空を見つめた。この空の向こうには城がそびえている事を、クリフトはたしかに知っている。 そしてその向こうに、王妃様がいらっしゃるのだと、心を写した。
「ありがとうございます、と。」
「なんでありがとうなの?」
 アリーナの言葉に、クリフトはアリーナへ微笑んだ。とても嬉しく、そして心ときめく笑みだった。
「姫をこの世に産み落としてくださって、私はこれほど感謝する事はありません。」
 赤くなるアリーナ。嬉しくて、その言葉がとても嬉しくて言葉が出なかった。そっと、クリフトへ 寄り添った。
 風が花の匂いをそっと運び、恋人達をつつんでいた。


        あとがき


目次へ トップへ HPトップへ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送