螺旋まわりの季節
 〜 Prologue 〜

   ラグは、いつも一人だった。
 山間の小さな村。人口は100人にも満たない。ラグが生まれたのは、そんなところだった。
 冬は雪に閉ざされ、太陽は夏の短い間にしか感じられない北の村。あるのは村の施設と、たくさんの 空き家。いいや、正確には空き家ではなく、お金もちが道楽の家…つまり別荘と呼ばれるものだった。
 そんな小さな村の、ラグはたった一人の子供。父も母もいなかったけれど、たった一人の おじいちゃんがラグは好きだったし、勉強は、「きょういんめんきょ」を持っている暇な村の 先生が見てくれた。みんな暖かい人たちだったから、ラグはこの村が好きだった。

 ラグには、友達がたくさんいた。村に住んでる犬や猫や牛や馬、とっておきの蛇の抜け殻、頑張って作った秘密基地、樹の上に住む鳥、大きな大きな かまくら。そして、村を囲む全ての森が、ラグの友達だった。

 都会に生きる子供が、大人が見たらラグは「寂しい子供」で「かわいそうな子供」だと思われたかもしれない。
 だが、ラグはそれなりに満たされていた。あの時までは。

 短い、夏が来る。
 白い壁に覆われる冬と裏腹に、まぶしい太陽はたった一時しか村に輝きを与えてくれない。
 ラグは友達に生命をくれる夏が、とても好きだった。樹木は青々と輝き、とても嬉しい気持ちにしてくれた。
 だから、ラグは夏の昼は必ず外に出ていた。暑くもなかった。樹木がまばゆい太陽をさえぎってくれるからだ。
 森の一角にある秘密の場所。ラグはそこに木切れを縄でたらし、手製の木刀でそれを叩いてゆくのが好きだった。
 全ての木切れを払ってゆくと、そこから木切れが襲い掛かるように揺れる。それをまた、払っていく。 そうやって繰り返していると、とても強くなれる気がする。ラグはこれを『勇者ごっこ』と読んでいた。

 今日もラグは手製の木刀を持って、嬉しそうに森の奥へと消えていく。
 今日は特別だった。
 ずっと作っていた新しい剣ができたから。
 柄の部分が龍の形にして、刃の先もただ単純な三角じゃなくて一旦えぐれたあとに広がっているような、今年の 冬から…いや材料探しや失敗作作りから考えると、去年の夏からずっと作っていた力作だった。
 しっかりと握ってゆっくりと構える。
「やあぁぁ!!」
 カラカラカラカラン!
 軽い音を立てて、木片が動く。それをまた剣で払っていく。
 新しい剣は好調だった。硬い樹で作り出したからちゃんと上手くはじいてくれるし、いつもみたいに 紐を巻き込んだりもしなかった。
 その出来に満足をして、ふう、と息をついて座り込む。
 そのとたん、後ろから音がした。
 パチパチという音。
「凄いね、強いね。」
 聞いたこともない、澄み切った声だった。

 とっさにラグが振り返ると、そこには女の子がいた。
 白い、肌。長い髪。綺麗なワンピース。そんな女の子が、にっこり笑って拍手をしていた。
「…君は、誰…?」
 それが、はじまり。

「私は、シンシア。あそこのお家に遊びにきてるの。」
 シンシアと名乗る少女が指差した方向には、確か数ある別荘の中でも一番立派な建物があるところだった。
「僕はラグ。この村に住んでるんだ。」
 そう言うと、少女は嬉しそうに笑う。その顔に木漏れ日が反射して、とても綺麗だった。
「ねえ、僕と、」
 ―――――――――友達になってよ。


 夏の間、ラグはシンシアと駆け回った。秘密基地や、たくさん花が咲くところ。時にはおいしい果物を 食べたり、ラグが「勇者」になって「お姫様」を助けた事もあった。
 夏の終わりになると、シンシアは去っていく。また来年も来ると約束をして。

 それから「夏」は特別になった。毎年来る、夏の、夏だけの幼馴染と、ラグは 日が暮れるまで遊んだ。
 いつも、であった場所で待ち合わせ。お互い毎日来られるわけじゃなかったけれど、待ってる時間が 楽しかった。

 一夏だけ、シンシアが別の子を連れてくることがあった。
 シンシアのそっくりの女の子と、とても大人びた男の子だった。
 女の子はロザリーと名乗り、男の子はピサロの名乗った。
「ロザリーは私の従姉妹で、ピサロさんは私のまたいとこなの。」
 シンシアはそう言ったが、ラグにはよく判らなかった。ただ、三人が仲がいいことがわかったので、 なんとなく嬉しかった。
 あまり家にいたくない、というピサロは、根気よくラグと遊んでくれた。棒切れをもって、 ラグを剣をあわせてくれたのだ。
 何かを習っているらしいピサロは、とても強かった。
「まっすぐかまえろ。下手に素人が玄人の真似をして構えるよりも、基礎を整えた姿の方が、よほど 形よく見える。」
「常に頭を狙おうとするな。ずるくなれ。手を狙い、身体を狙い、隙を見つけろ。」
 そう言って、姿勢を正し、討ちかたを教えてくれた。それを、シンシアとロザリーは 嬉しそうに見守っていた。

 そうして、短い夏が終わる。
 来なくなった夏の幼馴染。日が昇り、沈むまで待っても現れなくなった幼馴染を、ラグは忘れない。
 それから、何度も紅に囲まれ、深い雪に包まれ、そして桜の祝福を受ける。
 そして、夏の初めに、この物語は動き出す。


   

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