螺旋まわりの季節
〜 染色の心 〜

 少しずつ、夜が長くなる。青色の空に少しずつ別れを告げ、紺碧の空の挨拶をする 毎日。熱い太陽が、少しずつ早く眠るようになって、涼しい風が、月と一緒に現れる。
 そんな夏の終わりに、町のお祭りはあった。町の大勢の人が浮かれ、子供達は去り行く 夏休みの最後の思い出を、それはそれは楽しみにしていた。

 夏は、一番好きな季節だった。
 まだ幸せだった、あの頃を思い出す。
 …そして、今は夏が一番嫌いな季節だった。
 …あの幸せな頃が、憎くて、苦しくて。
 ただ守りたい、人がいるから。この夏をすごす。


「なんですって?」
「うん、お父さんがね、二人が行くならって。はい、これ姉さんの分。」
 ミネアは嬉しそうにおそろいの浴衣を、マーニャに渡した。藍染に花模様の美しい浴衣だった。 主張しない美。派手すぎもせず、地味でもない。
「あたし、着付けなんかできないわよ。」
 その言葉を吐き捨てた直後、自分の失敗に気が付いた。
「してあげるわ。姉さんも手伝ってくれる?」
「…オーリンとは、何時に約束なわけ?」
「え、やだ、あのね。仕事終わってすぐ来るから…六時ごろじゃないかしら・・・」
 マーニャはあきらめた。この幸せを壊すつもりはないのだから。
(しかしこれじゃ、お祭りに行ったほうがましかしら。)
 本当はミネアを送り出した後、家で待っている予定だったのだが、父公認とあっては、万が一 父が帰ってきたときにいぶかしがられる。かといって、浴衣姿で夜の街をうろうろすることも、どうにもむなしい。 かといって、着ないわけにも行かないだろう。
(浴衣なんて…夏に浮かれてるみたいじゃないの…)
 そう思いながらもあきらめて、マーニャは着物に袖を通す事にした。


 まだ日の昇る頃。待ち合わせの時間は、お祭りに行くにしては随分と早かった。長い時間逢いたかったから、 それに文句はなかったけれど、少し不思議に思ったことは事実だった。
「ご、ごめんなさい…遅れちゃった?」
 息を切らせながら走ってきたシンシアへラグは駆け寄る。
「走らなくてもいいよ、まだ10分前だから。」
 肩で息をしながらシンシアは笑う。
「良かった、時計、壊れたのかと思ったわ…随分早いね、ラグ。」
「僕田舎育ちだから、人と待ち合わせをするのに、余裕を持って家を出る癖が抜けてないんだ。」
 実際待ち合わせするにしても、人より一時間は早く家を出ないと間に合わなかった。なのでラグは今まで 一度も遅刻をしたことはない。
 シンシアは真っ白いワンピースだった。程よいレースがとても可愛らしい。よく見ると白い糸で細かい 刺繍があり、とても凝っているようだった。初めて見た(正確に言うと高校になってから、だが)私服に 可愛いな、と思ったけれど、少しだけ浴衣を期待していたので残念だと思った。
「え、なに?何か、変?」
 どうやら凝視していたらしく、シンシアが顔を赤らめる。ラグはぶんぶんと首を振る。
「ううん、綺麗で可愛い服だなって。シンシアにとてもよく似合ってると、僕は思って…」
「えへへ、ありがとう。ラグ。」
 そう言って笑うシンシアは、蒼い空の下、白く光ってとても綺麗だった。
「じゃあ、ゆっくり行こうか。」
 赤くなった顔をごまかすように、ラグは言った。
「うん…行こう。」


「良かった、もしかしたらやっぱりクリフトは行けないかもしれないって思ってたから。」
「アリーナ様との約束ですから。必ず守りますよ。」
 珍しくワンピースを着たアリーナが、上機嫌に笑った。
「うん、とても楽しみにしてたから、クリフトとこれて嬉しいわ。」
「それにしても、旦那様が用意された浴衣、着られなかったのですか?」
「やあよ、あんなの動きにくいもの。」
 あっさりと言うアリーナ。先日、クリフトと祭りに行くと言ったところ、嬉々として浴衣のカタログから 一つを選び出し、仕立てたのをクリフトは横で見ていたから、少し残念に思った。
「せっかく旦那様がお選びになられたのに…」
「お父様は私に動きずらそうな物ばかり勧めるのよ、振袖とか…私、もっと動きやすいのが好きなのに。 この格好も妥協したんだから。」
 青と白のストライプのワンピースは確かにアリーナに良く似合っていた。
「では行きましょうか、私もアリーナ様の浴衣姿を見てみたかったのですが、残念です。 きっとお似合いになられたでしょうに。」
「浴衣、クリフト見たの?」
「最後に選んだのは私ですから。」
 アリーナの父が2つの候補を見せ、どちらが良いかクリフトに選ばせたのだ。
「…そっか、クリフトも選んでくれたんだ。」
「ええ、でもアリーナ様のお気に召さなかったのでしたら…」
 そういうクリフトから視線をはずして、アリーナは時計を見た。
「ごめんなさい、クリフト。20分だけ待っていて!すぐ帰ってくるから!」
 そう言い残すと、アリーナは着付けができるメイドを捕まえに走った。


 今日は、時間が経つのが妙に遅かった。
(まだ、五分しか進んでいないわ…)
 浴衣を着るのが早すぎたのだろうか。しかし姉は早々に出て行ってしまうので、それまでに ちゃんと着ておきたかったのだ。
 いや、それはいい訳にすぎない。
(落ち着いて、いられなかったんだもの…)
 今だってそわそわして、玄関と時計を交代に見ている。この格好では台所の掃除も出来ないのだから 落ち着けもしない。
 せめて父が浴衣を買ってくれたことに感謝をしよう。でなければ自分は直前まで 着る服や靴や髪型や鞄に悩んでいただろうから…
(この髪型、にあってるかしら…やっぱり口紅なんてやめたほうがいいかしら…ちょっと派手かな… あの紅茶色のほうにすればよかったかな…でもそれなら髪飾りも…)
 ぴんぽーん、待ちわびていた音が鳴る。思考を瞬間に停止させ、飛び出すようにドアをあけた。
「大変お待たせいたしました、ミネア様。」
 待ちわびた人が、夕日に染まって輝いていた。
「い、いいえ。早かったですね。お仕事は終わられましたの?」
「はい、片付けてきましたから、今日はもうおしまいです。私も楽しみにしていましたから。」
 にっこり笑うオーリンが、とても嬉しかった。
「私もですわ。いきましょう、オーリン。」
 そっと歩き出そうとするミネアに、オーリンは手を差し伸べた。
「歩きにくいでしょうから…もし、よろしかったらですが、どうぞ。」
「え、えっと、はい、ありがとうございます。」
 顔を赤くしながら、ゆっくりと手を乗せた。
「エドガン様が選ばれた浴衣ですね。とてもお似合いですよ。」
 にっこりと笑うオーリンの頬も、慣れぬ言葉に染まっていた。




前へ 目次へ TOPへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送