螺旋まわりの季節
〜  弓張(ゆみきり)の約束 〜

「はい、どうぞ。」
 クリフトが手ずから渡してくれるのは細工飴。アリーナがはじめてお祭りに来た時からの好物だった。 いや、別段それほどおいしいと言うわけではないのだが、大切な思い出のひとかけらなのだ、この飴は。
「ありがとう、覚えててくれたのね。」
 そうやって受け取るのも毎年の恒例行事。それがまた続けられた事が嬉しい。アリーナは星の飴を受け取る。 カリカリカリと音を立てて、飴を食べる。
「お月様になる、か…」

 自分でも覚えていないほど、小さな頃。クリフトと二人で屋敷を抜け出して、お祭りに来たことがあった。
「くりふと、もう、ここいや。みんなみたいにきれいなかっこして、たのしいこと、したいの。」
 妻を亡くした父が、立派に育てようと、アリーナに厳しくお稽古事を始めさせた、その事がアリーナは不満だった。
 おかあさまがいきていれば、もっとたのしかったのに。
 けど、おかあさまがしんでから、おとうさまもあそんでくれなくなった。あそんでたじかん、ぜんぶこわいせんせいが つまらないことをおしえようとするの。…つまんない。もう、ありーな、こんなところいたくない。どっかいくの。
 みんなはたのしそうに、どっかいくよ。いつもとちがうかっこして、たのしそうにしているよ。ありーなもするの。

 そう言って新しく来た男の子に駄々をこねたことを、アリーナは思い出す。そのとき、その男の子は けっしてアリーナに逆らわなかったから、アリーナは足をじたばたさせて、その男の子に泣き叫んだ。
 男の子は、困った顔をして、それでも自分の手に引っ張られて屋敷を一緒に抜けて、この御祭に来てくれた。
 それなのに、ここでもアリーナは泣いた。皆にはお母様がいるのに、自分だけいないと。寂しくて嫌だと。 今からして思えば、なんて傲慢でわがままな…それこそいわゆる「お嬢様」な子供だったのだろう。
 そんな自分に、クリフトは困った顔をして回りを見渡して、走っていった。
 そして、アリーナに星の飴を渡して、こう言ったのだ。

「アリーナさまの、おかあさまは星になられたのです。ですから、こうして星を食べれば、きっと夜にはアリーナさまの ゆめにおかあさまが来て下さいますよ。」
「ほんとうに?」
「ええ、だってアリーナさまはこれから星を食べるんですから。これからずっと、星といっしょです。」
 よくは、わからなかったけど、それでもなんとなくあえるきがして星をたべた。星は わたしのからだにゆっくりとはいっていった。
 たべおわったらなんとなく、しあわせでうれしくなった。いうこときいてくれるおとこのこは、なきやんだわたしを見て わらってくれた。
「これで、もう大丈夫ですよ、アリーナさま。星になったおかあさまとアリーナさまはこれからいつだっていっしょです。」
 そういってもらえて、なんとなくたのしかったから。わたしはおおきく頷いた。

 家に帰ってうんと怒られたあと、一年に一度この御祭にきて飴を食べるのが習慣になった。
(でも考えてみたら、わたしの倍以上、クリフト怒られたはずなのよね…)
 家のお嬢様を夜無断で外に連れ出したのだから、家を追い出されてもおかしくなかったのではないか。
(それに…飴を買ってくれたお金もクリフトが出してくれたし…)
「ありがとう。」
「どうされましたか?アリーナ様?」
 唐突な言葉に、クリフトが首をかしげる。
「なんでもないわ。それより次、何食べる?そろそろちゃんとしたもの、食べましょうよ、クリフト何にも食べてないじゃない。」
「そうですね、ではたこやきでも。」
 そう笑って買いに行くクリフトを、人通りから離れて見送る。
(そういえば…)
 お祭りに行くのは毎年の事なのに、どうして父は今年に限って浴衣など作ったのだろう?


 シンシアは、走った。本当は走るのはあんまり良くない事なのだけれども、実はとても好きなことでもあった。通いなれた 道を、ラグの手を引いて、ひた走った。
 前に見えるは、白い建物。
「びょう、いん…?」
 シンシアの足の速度は、ラグにとってちょっと早足程度のものだったから声を出す余裕があった。だから、ぽろっと口に出て しまった。
 ”シンシアちゃんは中学校で大病を患って長期入院をして、一留してるから、俺らより一つ上なんだってさ。”
(あれは、本当の話だったの…?)
 シンシアが立ち止まった。知らず知らずの内にラグの足が遅くなっていたらしい。
「どう、したの?ラグ?やっぱり…嫌?」
「ち、違うよ!ちょっと…考え事してた、だけなんだ。」
「考え、ごと?」
 シンシアは首をかしげた。シンシア相手に、ここでごまかすのは嫌だった。
「噂を聞いたんだ。シンシアのこと。それで…」
 なんとなく思い当たるようなふしがあるようだった。シンシアは続きを促した。
「シンシアは…僕達より、一つ上なんだって、中学校の時入院して沢山休んだからって。」
 そして、意外なことにその言葉を聞いてシンシアは笑った。
「シ、シンシア?」
「嫌だ、ラグ、それ、本気にしたの?私そんなに年取って見えるかしら?」
 シンシアは本気でくすくすと笑っている。
「え、え、そういう、わけじゃないんだけど。あの、その…」
 とまどうラグに、シンシアは笑いながら言った。
「あのね、ラグ。中学って義務教育だから、留年はしないのよ、いくら休んだって。」
 ・・・。
「あ、そうか。」
 ラグの少し間の抜けた言葉に、シンシアはまたくすくす笑う。
「私は17歳よ、ラグと一緒。安心した?」
 ラグは頷いた。そして、目の前にある病院を指差す。
「あそこに行くの?」
「そうよ、あそこから花火、良く見えるのよ。」
「でも…夜は病院、閉まってるよ?」
「平気!行きましょう!」
 少年を少女は、また手を繋いで歩き出した。目的地は白い建物。
 生垣の横をくぐり、鍵が故障している窓を乗り越えて、二人は病院の中に入った。
(…なんか、シンシア…慣れてる?)
 忍び込むのが慣れているのではなく、この病院に入り込むのがなれている…そんな印象を受けた。
(そういえばさっき…留年してない事は否定したけど、入院のことは、否定してなかったな…)
 それでもかろやかにひょい、と垣根を跳び越えるシンシアを見て、ラグは思い出す。
(そういえば、ずっとシンシアおしとやかにしてたけど、もともと一緒に樹の上に秘密基地作ったりしてたんだっけ…)
 忘れられないつもりで忘れていた過去。こんな状況にありながら、ラグはどうやら楽しくなってきたようだった。
 そしてシンシアは、いきなり表情を硬くしながら、ひたすらにひとつの場所へ向かおうとしていた。


「せんせー何か買ってください!」
「なにを言ってるんだ、マーニャ殿・・・」
「えー先生のけちー。」
 妙にハイテンションなマーニャを連れて、ライアンは境内を歩いていた。
「もしやおぬし、私にたかる為に誘ったのではなかろうな?」
「違います、あたしは補導されるだけでしょ。」
 そう言いながら周りを見渡すと、マーニャの美貌に驚き、そしてライアンを見てがっかりする男達の姿が 見える。
「そう言っているのはおぬしだけではないか…」
 ライアンは呆れながらたこやきを買って、爪楊枝を渡す。
「まあ、多少ならかまわぬが…」
 マーニャは嬉しくなってたこやきを食べた。もう、何年ぶりかの味だった。ミネアはなんでも作ってくれるけれど さすがにたこやきは作ってくれないから、もう10年以上前に食べたきりだろう。
「おいしい…」
「そうだな。」
 ライアンもたこやきを食べる。むしろ無表情に食べるマーニャを見ていると、なぜか心が温かくなった。
「こんなにたこやきって、おいしかったのね。」
 口にソースもつけず、綺麗に食べ終わったマーニャがぼんやりと言った。
「まあ、めったに食べるものではないからな。いか焼きも食べるか?」
「いか焼きっていかの丸焼き?」
「いや、最近はいかを卵やらでつつんで焼いたものを言うらしい。まだ機会がなくて食べた事がないのでな。」
「じゃ、今度はあたしが出すわ。あっちの屋台よね。」
 そう言い置いて、マーニャは人波を屋台に向かって押し分ける。その後をライアンが追うが、人波で思ったように上手くいかない。
「彼女?一人?俺と一緒しない?」
 この人ごみの中、5秒もしない内にナンパされると言うのは、もはや記録なのではないだろうか?マーニャはうんざりとする。
「あー、のねえ」
「申し訳ないが、彼女は一人ではないのだ。」
 マーニャの言葉を拾うライアン。両方を見比べて、去っていく男。
「…感謝しよう。」
「…何の事よ?」
 ライアンの言葉に、マーニャが首をかしげる。むしろ礼を言うのはこちらの方だろう。すでに口の形は「あ」を 作っていたのだから。
 心なしか、頬を赤くしながらライアンは言った。
「…いや、その、妙―な優越感を感じる事が出来たからな。」
 マーニャは笑った。

 その後二人で食べたいか焼きは、とてもおいしかった。




前へ 目次へ TOPへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送