螺旋まわりの季節
〜 初霜の大地 〜

 決行は月曜日だった。
 下準備。金曜日の探偵たちの会話。

「バルザックは、赤のフェラーリに乗っているのよ。」
「あ、それってもしかして…体育祭の日に見た奴かしら…それなら校門の所に止めてるみたい。」
 アリーナの言葉に、クリフトが学園見取り図に丸印をつける。
「随分目立つ所ですが、今までミネアさんが気が付かなかったと言う事は、それほど長時間は 居ないという事でしょうね。赤い車なら、場所を移動してもたやすく見つけられるでしょうから、そう 問題ではないはずです。問題は、いつその車が来るか、ですね。」
「この間は、私がしばらく部室に居た頃に、家に着いていたけれど…寄り道していないとは限らない ですから…でも、それほど早くは無いはずです。」
「じゃあ、なんとか上手く時間を探るか…逆にこちらで設定することはできませんか?」
 クリフトの言葉にミネアが自信なさげに言う。
「設定って…どうしたら…」
 黙って聞いていたラグが、口を出す。
「決行するのが来週の月曜日だとしたら…その日に皆で待ち合わせしている事にしたらどうでしょう? 時間は少し遅めで。マーニャさんがそれを見られたくないなら、それより早く来てもらうんじゃないでしょうか?」
「アリーナ様に囮になっていただくなら、皆では駄目でしょう。アリーナ様を 探しにミネアさんが来てしまう可能性をマーニャさんが考えられると、 十分にひきつけられない可能性があります。そうですね、ミネアさんとラグさんが買い物に行くと言うのでは いかがですか?」
「でもクリフトさん…二人で出かけるなんて不自然ですわ。どういえばいいかしら?」
「そうですね、シンシアさんのプレゼントを選びにいく…というのはいかがですか? もうすぐ誕生日と言う事にでもしていただいて。いかがです?」
 ラグとシンシアは少し顔を赤くして、頷く。
「では、そうしましょう。上手く姉さんに言えるといいのですけれど…でも、日曜日はお父さんと 食事なんです。ですから姉さんも出かけないと思いますし、上手く伝えられると思います。」
「実行犯は、私とミネアさんでいいのでしょうか?」
 おずおずと、それでも嬉しそうにシンシアが言う。
「ええ、それが一番だと思いますわ。ラグは、タイミングを見計らって下さいね。私たちが 見つかってしまっては、元も子もありませんから。」
「わかりました。頑張ります。」
「上手くいくといいわね。」
 アリーナの言葉に、ミネアが力強く言う。
「上手くいかせて見せますわ!」
「でも、僕とシンシア遅刻しちゃうね、部活。怒られないかなあ。」
「平気よ、ラグ。その日生徒会の部費会議だから、部活始まるの遅いもの。ちゃんと生徒会誌読んでる?」
「えーっと、そうだっけ…」
 クリフトが苦笑した。
「せっかく生徒会役員が頑張って作っているのですから、ちゃんと読んでくださいね、ラグさん。」
「そういえば、この間クリフトも手伝ってたわよね。頼まれたんだっけ。」
「ええ、たいしたことはしていませんけれどね。」
「すみません、クリフトさん。ちゃんと読みます。」
 くすくすとミネアが笑う。
 みんな、それが嬉しかった。暗い顔をしている姉妹を見ているのは辛かったから。
 そんな心を代弁するように、シンシアがラグにこっそりと言う。
「私、今度お二人が並んで笑っている姿が見てみたいです。」
「うん、きっと見られるよ。」


「ふふふ、楽しそう。」
 白い建物。そこで笑う、よく似た二人の少女。
 夏のお祭りの日にここを訪れて以来、二人は何度かここに足を運んでいた。
 他愛のない話。ほんのささやかなことでも、ロザリーは嬉しそうに笑ってくれる。  それがうれしくて。すこしだけ寂しくて。二人は足を運んでいた。
「みんな、とっても素敵な人たちでね、とっても優しいの。それで、協力できたら いいなって、思ってるのよ。」
「すごいね、シンシアちゃん。なんだか小説の世界みたい。ドキドキしてしまうわ。 ページを早くめくっても、答えは判らないんですもの。」
「え、と、ロザリーさん。僕のおみやげ、本なんですけれど、いらないですか?」
 ラグはおずおずと紙袋を差し出す。ロザリーは笑って受け取った。
「とっても嬉しい。ありがとうございます、ラグさん。この間の本もとても面白かったです。 消灯時間がきてもこっそり呼んでしまいましたわ。」
 ラグはここに来るたびにロザリーに本をプレゼントしていた。女の子相手に何をプレゼントして良いか、よく 判らなかったからなのだが、ロザリーはいつも嬉しそうに受け取ってくれた。
「同じ作家さんですから、前のが面白かったならきっと楽しんでいただけると思います。」
「はい、これは私から。今話題になっているCDみたい。いるかの鳴き声なんですって。」
「わぁ、可愛い・・・嬉しいです、ありがとう、シンシアちゃん…」
 幸せそうに笑うロザリー。どこまでも純粋で穢れない笑み。…それはここから一歩も出られないゆえの笑みだった。
「また、事件が解決したら、報告しに来るね、ロザリー。」
「うん、シンシアちゃん、ラグさん、楽しみにしてますから。」
 物音がした。カチャリという音だった。シンシアが、過剰なほど身構えた。
 扉の向こうに立っていたのは、すこしくたびれたような、女性だった。
「おかあさん…」
 ロザリーが、むしろぼうぜんと発した言葉に、ラグは納得した。その女性は、ロザリーとシンシアの面影を残していたから。
「お客様…ありがとうございますわ。ロザリーがお世話になっているのですね。どちらさまですの?」
 シンシアが、おずおずと前に出て、頭を下げた。
「叔母様…お久しぶりですわ。シンシアです。少し、お邪魔させて戴いておりました。」
「まぁ…シンシア様。こんな所まで、ご足労戴いていたなんて…今、お茶でも淹れさせていただきますね」
 ラグはその会話に、面くらった。自分は叔父や叔母がいないので、よくわからない。だが、村の皆とも こんな会話をしたことはない。シンシアはよそよそしいし、特に、ロザリーのお母さんの口調。これではまるで、
(召使いみたいだ…)
 シンシアは困ったように笑う。
「やめて下さい、叔母様。お気遣いいりませんわ。私たち、そろそろお暇させていただきますから…」
「そうですか、それでは、せめてそこまでお見送りさせていただきますわ。ロザリー、少し待っていてね…」
 ロザリーは困った顔のまま、頷いた。シンシアが外に出るのに着いて、ラグも一緒に病室を出た。

 扉が閉まり、しばし歩く。そして、ぼそりとロザリーの母がシンシアに話し掛けた。
「シンシア様…いつも、ご援助ありがとうございます…」
「叔母様やめてください。それに、お礼なら父と母に言ってください、私は何もしてませんし… 母も、叔母様に逢いたいと言っておりましたわ。」
「それから、シンシア様…その心遣い、感謝の言葉もございませんが…できれば私は、シンシア様に こちらに来ていただくようなご苦労をかけることを望んではおりませんの…ご考慮、いただけないでしょうか…」
 その言葉に、うつむき、ぼそりとつぶやくシンシア。
「ええ、叔母様の心遣い、感謝しております。今日は来てくださったのが叔母様でしたから、問題には なりませんでしたもの…」
「わかってくださいませ、シンシア様…」
 涙ながらに訴える叔母を、シンシアは鋭い目で見据えた。
「もう、ここまでで結構ですわ、叔母様。」
 叔母は、戸惑いながら頷いた。
「はい、シンシア様…お体にお気をつけ下さいませ…」
「叔母様も、ごきげんよう…」
 それだけ言うと、早足で、病院を去るシンシア。ラグは、ただ黙って着いていく。

 どれくらい遠ざかっただろうか、シンシアが、一言だけつぶやいた。
「ごめんなさい…明日からは、元気になるから…」
 ラグは何も言わなかった。ただ、黙ってシンシアを家まで送っていった。




前へ 目次へ TOPへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送