螺旋まわりの季節
〜 氷色の心 〜
試験も終わり、生徒たちは徐々に迫り来る休みに向け、ゆるやかな顔を見せてきた。
休みの予定を立てる楽しそうな声。そして試験結果を返される絶望の声。だが、どれもどこか 弾んでいて、来たる冬のイベントにそなえているようだった。
そんな中、いつものメンバーは中庭から冬という事で余り人の来ない天文学部の部室に場所を移していた。
「…どうしたんですが…?」
「やっぱり…クリフトさんとの喧嘩が…」
「…でも見た?アリーナの成績…」
「アリーナさん…テストで50位以下なんて…初めてだと思いますわ…」
四人が視線を向けると、ぼんやりと生気のない表情でアリーナが食事をとっていた。時々箸を置き、ため息をつき… 結局ろくに食べていないようだった。
「アリーナさん…そろそろ、限界ではありませんか?」
ミネアが優しく語り掛けるとアリーナは顔を上げて笑う。
「ご、ごめんなさい。あの、ちょっと調子が悪くて…元気よ?!」
「心の曇りはいつか、体にまで達します…無理はしないでください・・・」
そっと心に染み渡る声だった。アリーナはぼそりとつぶやく。」
「どう、すれば良かったのかしら…どうすれば…いいのかしら…」
ぽそりとつぶやく声。それは、とても弱弱しかった。
そんなアリーナの目の前にマーニャが座り込む。
「聞いて、アリーナ。あたしは、あんたの助けになりたいわ。…あの時、あたし達の手助けをしてくれたように、 あたしもあんた達の手助けをしたいの。」
「マーニャさん…」
「一人じゃ、ありませんよ、アリーナさん。」
「私にもできる事があるのでしたら、言ってみてください…」
「ラグ…シンシアさん…」
しばしの戸惑い。そして。
「あの…私、ね…」
カラー―ーンカラ―ーーンカラー―ーン・・・
チャイムがアリーナの声をさえぎる。
「あ…、ごめんなさい。やっぱりもう少し考えてみるわ。」
それだけ言うとアリーナはお弁当を片付け、そそくさと立ち上がる。
「また、明日…」
振り返ってそれだけを言うと、アリーナは部室から出て行ってしまった。
「心配だよね…」
「うん…アリーナさんにはいつも元気でいて欲しいなって思います…」
帰り道。第四龍探高等学校では今日まで部活は休みだった。先生の答え合わせの仕事を考慮してだろうと思われる。 そこで二人は部活やテストなどでしばらくご無沙汰だったロザリーの見舞いに行く事にしていた。
シンシアも、あれ以来、病院に行っていないようだった。
「ロザリー、元気でいたらいいな…」
「…そうだね…」
前にロザリーに会いに言った事はシンシアには秘密だった。だから、心のなかであの痩せたロザリーが 少しでも体調回復していたら良いと、そう思っていた。
「…そういえば、ロザリーさんってどこが…?」
聞いたことがない話題だった。本人の前では聞けないし、全体的に聞きづらい事だったからだ。
「…ずっと、心臓が悪いの。体調にも波があるのだけれど、時々呼吸困難になったりするから、 安静にしてないといけないわ。ロザリーは結局は心臓移植しないと、一生治らないの…」
「そっか…」
思った以上にシンシアが沈痛に言った。とても、とてもつらそうな表情だった。
二人はそれ以上何も言わず、病院まで歩いた。
「ク、クリフト先輩…あの、卒業まで間がなくて、今いろいろ大変だって知ってますけど、あの…」
夕焼けの空の下。空と一緒に赤く染まる頬。それは女性が、一番可愛らしくなる表情。
そのことを差し引いても、その少女は可愛かった。クラスの男子が見たら歯噛みしただろう。狙っている 男子生徒が何人もいたに違いない。
「あ、あの、わたし…先輩の事、好きです…」
それは、もうすでに慣れた状況だった。小学校から数えて、はたして何度目だろう。
ただ、本日三度目だと言う事が少し珍しい状況であった。この一年、特別な 行事を除いてそんなことはほとんどなかったのだが。どうやら側にアリーナがいないせいで、勇気が出しやすい状況であるようだ。
(そういえば、アリーナ様が入学される前はもっと多かったような気がしますね…)
すでに3桁は越えているこの状況。断り方にも年季が入っている。
「お気持ちは嬉しいです。ですが、私にはするべきことがあります。ですから貴方のお気持ちに応えることはできません。 申し訳ありません。」
そう言って、申し訳なさそうに微笑する。そうすると、相手の女性はぺこりと頭を下げて去っていった。
正直な所、申し訳ないと思う。だが、ただそれだけだった。感慨はない。
なにより、自分は何者かもわからない。人の気持ちに応えられるような人間ではないと、クリフトは強く、強く思っていた。
クリフトは、ため息一つ。夕焼け空を見つめる。
青空が見たいと心から願った。茜差し、長い影をもたらす、憂愁の夕日ではなく、明るく輝く太陽が見たいと思った。
…それは、今の自分に活力をくれるもの。心からの笑顔をくれる、たった一つのものだった。
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