螺旋まわりの季節
〜 早緑の後 〜
「よかったですね、アリーナさん。」
「うん、ありがとう。」
「でもアリーナさんのお父さんはどうして、わざわざ今になってそんなふうにおっしゃったんですか?」
ラグの疑問にクリフトが少し照れながら答える。
「それが、私の父と母の遺言だったそうです。あの日が私の18の誕生日で、その年になるまで 伏せて置くようにと…」
「お誕生日おめでとうございます。…って少しへんですね。」
ラグの言葉に皆が笑う。
冬休みも終わり、残り少ない昼休みを、皆で過ごしていた。
一連の事情をアリーナから聞いた四人は、喜んで祝福した。
「その際は、どうも申し訳ありませんでした。感謝しております。」
生真面目にクリフトが頭を下げる。
「いーのよ、気にしなくて。無事まとまって良かったわ。こうできるのも、あと一ヶ月 ちょっとなんだから。」
マーニャの言葉にしんみりとした雰囲気が漂う。
2月にもなると、週の半分が自由登校になる。選択科目以外の授業が終わってしまい、昼休みがほとんどなくなってしまうのだ。 よって、ここで食事できるのも、あとわずかだ。
「寂しいですね…」
シンシアの言葉に皆が頷く。時間は残り少ない。零れ落ちた砂はけっして元には戻らない。ただ、さらさらと 流れていくだけ。
ただ、その流れ落ちた砂に、確かな意味があったことを、皆はそれぞれ感じていて。
和やかな空気のまま、残りの時間を過ごした。
「ラグは、冬休み、どうしてたの?」
「僕は一度家に戻って大掃除してたよ。畑のほうも皆丁寧に使ってくれてて凄く嬉しかった。」
すっかり日の落ちた部活帰り。恒例になった帰路で、楽しそうに、少し寂しそうに話す。
「…もうすぐ一年か…なんだか信じられないな…」
ラグのつぶやき。その一年が、何からなのかシンシアは判らなかった。おじいさんがなくなってからなのか、 自分と出会ってからなのか。
「うん…そうね。一日一日長いのに、振り返ってみたらあっという間で…気がついたらこんなにも時が 経っているのよね…」
そうして、取り返しのつかなくなる。…くやんでも、遅いけれど。
「うん…そうだね…」
空気は冬の匂いを含んでいて。空を見上げたら輝くオリオン。それは、一年の始まりで一年の終わりを象徴する 風景。
ゆっくりとシンシアの家が近づいてくる。
クリフトとアリーナの例をみるまでもなく、たった少しの間に、人と人の関係は変わる。変わりたいと願っても、 変わりたくないと思っても、変わってしまって。
「また、明日ね。」
「うん、また明日。」
それでも確かに変わる事が判っているのに、変わらない明日を信じる。二人がまた明日、一緒にいられるように。
深い、風が吹く日曜。今年初めてのロザリーのお見舞いに二人は来ていた。
シンシアにはまだ、一人で見舞いに来る勇気がもてず、ラグが帰省していたため、一ヶ月ほど間が開いてしまっていた。
ロザリーは元気だった。寒いにも関わらず、前に負の気持ちを吐き出したためか、少しずつ体調が戻ってきていたようで、
「…次に機会があれば、こんどこそ手術ができるかもしれないの。」
と儚く笑っていた。
「なんだか凄いです…御伽噺みたいですね。」
アリーナとクリフトの話を聞き終えたロザリーがほっと息を漏らした。
「そうですね…僕もびっくりしました。…とてもお似合いなんですよ。」
「ええ、とても素敵です。」
うっとりと夢見るような表情でロザリーが頷く。それがあんまり和やかで。嬉しかったから。
「ロザリーにも、素敵な王子様がいるじゃない。」
なんて、シンシアが言った。
ロザリーは一瞬目を見張る。あの人の話題は4年前から禁句とされていた。けっして口に出す事はなかったし、 こんな風に和やかにシンシアが言ってくるとは思わなかった。
「うん、そうね。」
戸惑いながら笑う。ロザリー。その戸惑いを判っていながらシンシアが茶化すようにいう。
「元気にされている?」
「最後に会ったのは…一ヶ月くらいまえなんだけれど…元気にしてらっしゃると思うわ。」
「そう…」
どこか和やかなようでいて、どこか緊張した会話。それをラグはぼんやり聞いていた。
おそらく、その”王子”が誰だかわかっていた。
一度も会話に出ない、記憶の片隅にある男の子。
自分に剣の指導を辛抱強くしてくれた、強い人だった。
どうして会話に出ないのかラグは知らなかったけれど、ずっと気になっていた。
けれど、何も言わず、何も言えず、ただラグは曖昧に笑っていた。
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