螺旋まわりの季節
〜 雪消の花 〜

 それは、埃かぶってなどいないものだった。こちらに来て、一度も使われなかったもの。いや、 使う事がないと判っていても、どうしても処分する事も埃をかぶらせたまま眠らせてしまう事ができなかった、 大切なものだった。
 ラグにも、判った。失われてしまった時間。けっして帰ってこない時間が、どれだけかけがいのないものか。
 そして、帰らない時間がどれだけ自分を哀しくさせるか、ラグは良く知っていた。
(けど…あれは違う。あれは帰らない時間なんかじゃない)
 あの夏に、戻る事はできない。けど、また仲良くすることはできるはずなのだ。
 ”ほんとは、仲良くして欲しいの。…あの夏に帰れればいいのに。”
 あの言葉をできたら現実にしたい。ラグは強くそう思っていた。
(…こんな余計な事をして、ますます嫌われるかもしれない…)
 告白の答えは、もらえなかった。逃げるように立ち去っていった、あの背中が寂しかった。
 あんな風に余計な事を言って、自分のことが嫌になったのかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。
 …それでも、それでもあんな風な顔をさせるのは嫌だった。たとえ嫌われても、もう逢えなくても。
 …あの夏に帰りたいのは自分も同じだった。いや、違う、あの夏に帰れなくても、あの夏と同じように仲良く したかった。して欲しかった。
 大切な夏を作ってくれた皆に、大切な、友達たちに自分ができることが、あるのなら。


 もう、二月も終ろうとしていた。ラグはずっと部活にも行かず、或る場所へと通っていた。
 あの時から、シンシアと話していない。マーニャ達3年生が来なくなって、天文部へ行けなくなってから、なんとなく 皆で集まる事をやめていた。
 凍りついた冬のような時間が辛かった。だが、今のラグにはただ、待つことしかできなかった。
 だが、希望はあった。土に眠る種が、けっしてそのままではないように、冬眠する動物達がやがて 目覚めるように、必ずなんとかなると、ラグは知っていた。

 そして、その時が来る。


 それは、この人にとってどれくらいぶりの再会だったのだろうか。それを邪魔してしまった事は、とても 申し訳ないと思いながら、ただひたすら待ち続けた結果がきた事が、わかった。
 目の前のドアがノックされる。静かに、扉が開く。
「…久しぶりだな、ロザリー。」
「ピサロ様…」
 いつもの挨拶。だが、部屋に違和感。翠が光る、部屋。
「お前は…」
「お久しぶりです、ピサロさん。」
 それは、穏やかな再会ではなかった。ロザリーの傍らの椅子に座るラグが、じっとピサロを見つめ上げていた。
「ピ、ピサロ様…あの、これは…」
 おろおろとするロザリーに対し、ラグが笑った。
「大丈夫ですよ、ロザリーさん。僕が無理言ってここに居た事くらい、ピサロさんはわかってます。」
 そのロザリーを置き去りに、ピサロはラグを鋭い目で見つめた。
「…何用だ?」
 ピサロに落ち着きはない。ラグの傍らには、竹刀袋。…まるでロザリーを人質にとられているような気さえした。
 だが、それとは裏腹に、ラグはむしろ明るい笑顔を見せる。  その笑顔が余りにも明るくまっすぐで…あまりにもラグが言った言葉と不似合いだったから、ピサロは 思わず聞き間違いかと思ったほどだった。
「喧嘩を売りにきたんです。」


「な…」
 ピサロは絶句していた。ラグも何も言わなかった。当たり前のことのように、ただピサロを見つめていた。
「…お前は、私と戦おうと言うのか?」
「はい、そうなりますね。」
「…意外だったな。荒事は嫌いのように思えたが…」
 なんとなくだったが、ラグは正義感の強い少年だと思っていた。以前公園であった時も、一対多数に憤っていたような 印象があったし、シンシアのこともそうだろう。そのラグが、そんなことを売ってくるのは少々意外だった。
(いや…なんとなくではないか。)
 もう、あれほどの昔にも関わらず、ピサロはラグが幼い頃「勇者ごっこ」をしていたのを覚えていたのだ。
 それが今も続いていると思い込んでいたことに、ピサロは苦笑した。
(10年経てば人は変わる…私が変わってしまったというのにな…)
 何故、ラグだけは変わらないと言えるのか。そんなことは言えないと判っている。にも関わらず、信じていた自分に ピサロは自嘲した。

「そうですね…たしかに僕、むやみな暴力は嫌いですよ。ですけど、信念のために 戦うのは嫌いじゃないです。」
 明るくあっけらかんというラグ。
「ならば…」
 言いかけたピサロに、今度は鋭い目をラグはむける。
「ですが…弱い者いじめは大嫌いです。」
 ピサロが燃え上がる。
「わ、私が弱いものいじめをしているというのか!?」
「違うんですか?シンシアは間違いなく貴方より弱いんです。」
「弱いからという理由では、あれは許されない事だ!それとも弱ければ全て許されると、お前は思っているのか?!」
「弱ければ許されるなんて思っていません。ですが、強ければ許されるとも僕は思いません。」
 けっして引く気がない目。更に言い募ろうかと考えたが、横でロザリーが脅えているように見えて、 ピサロは息を吐いた。
「…明日の土曜、昼に下の公園で待とう。…だが、それでどうなるかは、夏の対戦を見ても明らかだがな。」
 その言葉を聞いて、ラグは立ち上がった。
「僕は、負けませんから。絶対に。」
 ピサロに言った言葉は、決意なのだろうか。どこか確信めいていて、力強かった。
 ラグはロザリーに一礼して、病室を出て行った。


 

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