螺旋まわりの季節
〜 エピローグ・早花咲の別れ 〜

 桜のつぼみがほころんでいた。そして、その樹の下人々は別れを惜しむ。
「クリフト先輩、あの、ボタンを…」
「マーニャさん!僕に制服のリボンを…」
「ミネア先輩!あの、花を受け取ってください!」
 卒業。それは経った三年間しかいなかった場所から飛び立つという事。
 だが、人生のたった3年、同じ場所に居合わせた皆が、それぞれ自分の新たな居場所へと旅立つ、 貴重な時。
「あの…ラグ君…第二ボタン、予約あるかな…」
「シンシアちゃん…その、僕、実は君の事…」
「ア、アリーナさん…ノートに一言、書き残して欲しいんだ…」
 卒業生、在校生問わず、もてる男女は忙しい、そんな時。在校生の三人は、人ごみを押し分けて、愛すべき 卒業していく先輩達へ近づいた。
「「「卒業、おめでとう!」」」
 そう言って、それぞれ三人に花束を渡す。
「ありがとう、嬉しいわ。」
 マーニャは後輩の男子から貰った花を山ほど抱えながら、ラグから受け取った花を大切に抱える。
「ありがとうございます。私は卒業しますけれど、またお会いしましょうね。」
 小さなたくさんの花束を重ねるようにして、ミネアはシンシアからの花束を受け取る。
「ありがとうございます、アリーナ様、みなさん。この一時、私は生涯忘れる事はないでしょう。」
 紙袋に入ったたくさんのプレゼントを押し分け、大切な花束を受け取った。
 空は高く澄み渡り、その下で別れを惜しんでいた。その中で最後の別れは、この後輩たち・・・大切な 友と過ごそうと、三人は考えていた。
「卒業…か…まぁ悪くなかったわよね。」
「そうね…楽しかったわ。」
 そう言い合う二人は、第四龍探大学へ入学する。クリフトは、サントハイムの会社で働くのだから、 見方に寄れば今までと変わらないかもしれない。
 それでもこの囲われた楽園で過ごした日々は、水晶のように美しく、脆くて。大切に抱きしめていたいけれど。
「さてと、これからどうするんだっけ?」
「近くの喫茶店で注文してありますから、行きましょう。」
 ラグの言葉に頷きかけて、マーニャはラグにつぶやく。
「・・・あんた、剣道部の送別会とかないの?」
「剣道部は毎年卒業式の前にするんですよ。」
 シンシアがにっこりと笑って答える。董の花のような笑顔は、とても清らかですがすがしかった。

 そわそわしている自分に気が付いてる。確証のない約束をしたのは、ついこの間。…なのに、今日はほとんど 姿を見ない。
「あ、オーリンですわ!」
 門の向こう、珍しいスーツ姿と大きな花束。…スポーツカーなんて乗っていないけれど、ミネアには王子様に 見えたのだろう、恐れずに校門の向こうへ跳び越えていく。
 それを見ながら、アリーナとクリフトは顔を見合わせた。どちらからともなく、手を繋ぎ…ゆっくりとかみ締めるように、 校門を越えていった。
 その門は一つの象徴。暖かい外界から守られてきた世界…卵の殻を破る為の門。自分達には後一年、そこに いる権利が残されているけれど、妙に緊張をして、シンシアを見上げた。
 自分の気持ちを同じなのだろうか。妙に遠い、懐かしい目をしていた。
「来年は、私達もここを越えて…どこかへ出て行くのよね。」
「うん。…哀しいけど、きっとうれしい事だよ。」
「そうね、うん。変わるのは哀しいけどきっと…」
 シンシアは勢いをつけて門を跳び越えた。ラグもそれに続く。
「あんたたち、校門前で何をやってたのよ?」
 マーニャの言葉に曖昧に笑う。
「ごめんなさい、ちょっと…みなさんが今日卒業するように、僕たちも来年卒業するんだなって。」
「そうですね…」
 恐れなく、門を通ったミネアがオーリンと寄り添いながら笑う。
「でも、それは新しい何かが手に入るときです。…寂しいけれどけっして嘆く事ではありませんわ。」
「ええ、一歩大人になるということですからね。」
 クリフトは、アリーナを守るようにそっと手を握っていた。
「…けど、その代わり何かを失わなきゃいけないのよね、大人になるってことは。」
 マーニャは、苦笑しながら門を越えた。…そして恐れもせず、先頭を歩き始めた。
「大人になったって言ってもあたし達はやっぱり子供で。…本当に大人になる時っていつなのかしらね。」
「そうあせって大人になっても、良い事は何もないぞ。」
 マーニャが顔をあげる。


「ライアン先生…」
 シンシアの言葉がどこか遠くに聞こえた。校門の外側。目の前にはスーツを着たライアンが、花束を抱えて立っていて。
「ああ、やはりこれは邪魔だったかも知れぬが。…卒業おめでとう、マーニャ殿。」
 そういって花束を差し出してきたのだから。
「…ど。今までどこにいたのよ!あたし、ずっと探していたんだからね!!」
「今日は門の中で個人的に逢うわけにはいかないとずっと思っていたからな。だが、マーニャどの… おぬしは私の生徒ではなくなった。それを、ずっと待っていた。」
「それ、ちょうだい。」
 大きな花束を受け取る。さきほどラグにに渡された以外のの花束をライアンに押し付けた。
「邪魔だから持ってて。あとで持って帰るから。」
「ああ、わかった。」
 マーニャは花束に顔をうずめる。
「それから先生。あたし、先生の事好きよ。」
「ああ、私もだ。」
 あっけにとられる周りをおいて、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「さて、これからお祝いするんだけ、先生も…ライアンも来る?」
「・・・よければ邪魔させていただこうか。…よろしいか?」
「え、ええ、だ、大丈夫だと思うますけど…」
 日頃近くにいる分だけ、どこか信じられなくてシンシアが呆然としながら答える。
「そうか、ならば邪魔をさせてもらおうか。」
 そう笑うライアンが、とてもとても幸せそうで。ラグは嬉しくなった。
 すぐ後を見れば、少しいぶかしげにオーリンがなにやらぶつぶついっていて、ミネアがそれを嬉しそうに なだめていた。
 アリーナとクリフトはどこか納得したように、祝福するように微笑んでいた。

「なんだか嬉しいね、シンシア。」
「え、何が?」
「うん、皆幸せそうで、出会った頃よりもずっと幸せそうで。卒業しちゃうけど、幸せそうで、うん、良かったよ。」
「うん…あのね、あのあとロザリーに会いに言ったわ。抜け出して看護婦さんに怒られたって。 それから…ピサロさんとたくさん話したって。困った顔をしてたけど、どこかロザリーちゃん幸せそうだった。 ラグにもありがとうって。」
「うん。」
「私もあの時、何かを一つ卒業したような気がするわ。ラグのおかげで。」
「違うよ。僕も…なにか大人になれた気がする。何か変わっていけたようなそんな気がしてるから。」

 こうして人間は、少しずつ脱皮をして大人になっていくのだとラグは思った。小学校の時、校門をくぐった時も 少しだけ大人になった気がした。でもやっぱり大人になんてなれてなくて、自分はやっぱり殻の中にいるようだけれど。
「もうすぐ、春が来て、シンシアたちに出会えた夏が来て…季節は回っていくけど、同じ所を回ってるんじゃなくって 少しずつ上に進んで行ってて…」
「うん。…けど、それはラグがやっぱり季節を回してくれたから。それまで私たち、ずっと同じ所に いたもの。だから…」
 シンシアは顔を赤くして。自分からゆっくり手を繋いで。
「これからも、ずっとラグと一緒にいたい。卒業しても、大人になっても。」
 ラグは手を握り返す。
「うん。」

 遠くにみんなの呼ぶ声がする。いつのまにか足が止まっていたようだった。
 二人は手を繋いだまま、皆へと走った。
 その一歩一歩が、明日への一歩。
 やがて自らが学校を卒業する時、同じ気持ちで、違う気持ちで歩めるように。


 

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