〜 雪月のクリスマス 〜

 12月も中ごろに入り、町もこのサントハイムの屋敷の中も、クリスマスムード一色になっていった。
 屋敷の召使達が、家の玄関にある大きなクリスマスツリーに飾り付けをしていた。庭にもイルミネーションが 飾られ、ほのかな光を放っている。
 屋敷の皆もどことなく浮かれている。サントハイム邸のクリスマスパーティーは無礼講だ。前日までにあらゆる 準備を終えておき、当日はほとんどの人間が家族や恋人を呼び、パーティーへと出席する。パーティーで給仕を する人間は特別手当が出るので、そちらに浮かれているものもいるのだが。
 クリフトはこの季節が好きだった。華やかに彩られた光景も、人が浮かれているその様子も、わくわくした、なにか 奇跡さえ起きてしまいそうなこの空気も、そしてそんな空気の中で思い出す、この時期の思い出も。


「サンタクロースって、本当にいるの?」
 アリーナのその言葉に、クリフトはとても微妙な表情をしてしまった。
 アリーナは中学一年になる。その年齢になって何を言っているのだ、と非難されそうではあるが、クリフトはそうは 思わなかった。なぜなら自分も、小学5年までサンタクロースの存在を硬く信じていたのだから。
 秀才と言われるクリフトも、聡明なアリーナもこの年齢まで信じていたのには理由がある。それは。
「もちろんですよ、私と一緒にご覧になったのを覚えていらっしゃいませんか?」

 あれはまだ、クリフトが小学校にあがったばかりのころだろう。 その年は珍しく、クリスマスの夜雪が降り、しんしんと積もっていたのを覚えている。 クリスマスだからと、二人は同じ部屋でサンタを 待ちながら眠っていた。
  すると、鈴の音が聞こえてきたのだ。
「アリーナさま、アリーナさま。」
 クリフトが飛び起き、隣で寝ているアリーナを起こす。
「クリフト、なにぃ……?」
 寝ぼけ眼のアリーナを、ベランダへと連れ出す。すると、そこには鈴のついたトナカイのそりから降りようとしているサンタクロースが いたのだった。
 赤い服に白い飾り。少し太っちょのサンタはするすると縄梯子を登り、ベランダに降り立った。
「サンタさん!!」
 アリーナがサンタクロースに抱きついた。そのサンタクロースは目が青く、クリフトは少し怖くて足が引けた。だが。
「MerryChristmas!!ohoho!」
 サンタクロースはそう笑いながら、そっとクリフトの頭を優しく撫で、そして二人にプレゼントを渡した。
「わぁ、サンタさんありがとう!!」
「ありがとう、ございます。」
 喜ぶアリーナの横で、クリフトはなんだか夢のようなこの光景が信じられず、でも本当に嬉しくて、戸惑いながら そう言った。
 そうしてサンタは手を振りながらベランダから降り、トナカイのそりに乗って去っていった。
 目が覚めて、そのプレゼントがあることを確認した二人は、それはそれは大喜びしたのだった。

「……覚えてるけど。でも、皆に言ったら、それはお父様が用意したんだって。アリーナのお父さんはお金持ちだから 雇ったんだって。……考えたら、そうかなって。じ、自信なくなっちゃって。だって、どの本見ても、皆 サンタクロースはいないって。大人が、親がやってるんだって書いてあるんだもん。」
 ほとんど泣きそうになっているのは、おそらく級友たちから何か言われたのだろう。そして信じたいのに 信じられないのが辛いのだろう。子供の頃からの幻影が消えてしまうのが寂しいのかもしれない。
「そんなことは……旦那様もそうおっしゃっていたのですか?」
「お父様は、『二人でサンタを見たんだろう?クリフトに聞いてご覧』って言ってたの。」
 その言葉を聞いて、クリフトは悩んだ。つまり、クリフトに全権を任せるという意味なのだろう。いると言うのせよ、 いないと言うにせよ。
 重要問題を押し付けられ、クリフトはしばらく考えた後、口を開いた。
「サンタクロースは本当にいますよ。」
「嘘!だって、だって、あのサンタさん飛んでなかったよ?考えてみたらあの時どうして縄ばしごあったのかなとか……。 だいたい非科学的だもん!」
 必死に言い募るアリーナに、クリフトは優しく笑う。
「では、あのサンタはどうだと思われますか?」
「だから、あれはお父様が雇ったのよ、そうよ……。」
「では、旦那様はどうしてあのようなことをなさったんだと思いますか?」
「それは、私を騙そうとして……。」
「どうしてですか?」
「どうしてって……。」
 アリーナは困ったように黙り込んでしまった。クリフトはにこにこ笑っている。
「そうですね……もしかしたらあのサンタは、旦那様が手配してくださったものだったのかもしれません。絵本に 出てくるような空を飛んで、世界中の子供達におもちゃを配るサンタクロースはいないのかも知れません。」
「やっぱりいないんじゃない。」
 すねたように言うアリーナに、クリフトは笑う。
「ではどうして、私達の枕元にプレゼントが届くと思われます?」
「だから、それはお父様が……。」
「どうして旦那様はプレゼントを下さるのだと思います?誕生日でもないのに。」
「それは……。」
「アリーナさまを喜ばせるために、ですよね?」
 その言葉に、アリーナは頷いた。
「プレゼントして人を喜ばせたい、子供の喜んでもらいたい。夢を持ってもらいたい。 子供がプレゼントを受け取れるのは、サンタが大人たちにそういう気持ちをプレゼントしているからでは ないでしょうか?もしかしたら目に見えない小さなサンタが、そうやってそんな嬉しい気持ちを 配っているのかもしれません。私はそう信じています。」
 そう笑うクリフトの言葉は、とても大人で、それでいて子供じみていて。
「……わかんないけど……素敵だと、思う。」
 アリーナは小さくそう言って笑った。


 パーティーは和やかに中盤を迎える。
 最初は豪邸に気後れしている使用人の家族達も、やさしい雰囲気にすっかりと和み、この日のために作られた 料理をおいしそうにほおばっている。
「お疲れですか?アリーナ。」
 テラスから窓のイルミネーションをじっと見ているアリーナに、クリフトは優しく声をかける。恋人兼婚約者になって 一年。ようやく「様」は抜けたが、話し方は相変わらずだった。
「ううん、窓綺麗だなって。いつものパーティーと違って、お父様のお仕事の方とかいらっしゃらないから、 クリスマスパーティーは好きよ。皆がいなくて寂しいけど。」
 恋人が出来てしまったマーニャ達は、イブに行われるこのパーティーには出席してくれなかったのだ。もっとも 自分達もこうして一緒の夜を過ごしているのだから、文句などは言えないが、二人きりで過ごせる事は うらやましく思う。
「仕方ありませんよね。でも、その代わりのこの間パーティーは楽しかったですよね。」
「うん、ああいうのも良いわよね。」
 エドガン宅で行われた、このパーティーよりもっと質素でアットホームなパーティーは、学校が違って久々に 顔を合わせた寂しさを吹き飛ばすほど楽しかった。
「もうすぐラグとシンシアさんも卒業しちゃって寂しくなるわね。すぐ隣に大学はあるってわかってるけど。」
「そうですね。早いですね。ラグさんは寮を出られますし、一人暮らし大変ですね。」
「……クリフトは一人暮らし、したいの?」
 アリーナが不安そうに見る。クリフトは小さく笑う。
「いつか一度一人で暮らしてみたいとは思っています。」
「そうなの……?」
 寂しそうにするアリーナに、クリフトは心痛む。それを吹き飛ばすように笑った。
「でもまだ先ですよ。今はそんなことよりしっかり会社の勉強をしたいですからね。そんなことより、少し、庭に出ませんか?」
「うん。」

 庭は、様々なイルミネーションと、クリスマスツリーが飾られ、感嘆する美しさを見せていた。
 パーティー始まってすぐはいろんな人がいたが、今は誰もいない。
「あの、これを。」
 クリフトが渡したのは、小さなプレゼントだった。
「ありがとう、開けてもいい?」
 クリフトの頷きを見て、アリーナが開けると、そこには小さな花のブレスレットがあった。
「わぁ、可愛い、ありがとう。」
 さっそくつけようとするが、もたついたところを、クリフトが受け取った。そっと手首につける。
「ありがとう、嬉しい!これ、クリフトの手作り?」
「何かを贈りたくて。その、すみません。」
「どうして謝るのよ。嬉しいわ。だってこれ、クリフトが私のために作ってくれたんでしょう?」
 きらきらきらと、光にすかしてブレスレットを見ているアリーナの笑顔が、クリフトには愛しかった。
「アリーナ、昔私が言ったこと、覚えていますか?サンタクロースが本当にいるかという話です。」
「覚えているわ。とっても素敵だと思ったもの。」
「でも今はちょっと違うんじゃないかって思うんですよ。」
 アリーナは心底驚いた顔になる。
「どうして?」
 そう見上げるアリーナを、クリフトはそっと抱きしめた。
「だって私はプレゼントしたいと思ったのは、サンタからもらった気持ちじゃなく、……アリーナ、貴方から もらったものなんですから。」



   すごく久々に書いてみました。一サンタ論。私はそういう考えです、という話し。 でも実際のところ、サンタになるって楽しいですよ。直接ありがとう、とか聞けなくても喜んで もらえたら幸せなんですよね。
 クリスマスの是非なんてよくネットで語られますが、幸せならそれでいいんじゃないかなーと 私は思います。子供の頃くらい、夢を持っても良いじゃない。そして大人になったら大事な人に 笑顔を届けるのも素敵だと私は思っています。  

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