呪い。

 おぞましいまでの醜悪な像によって開けられた入り口。それは邪神教に集う魔の者達が住まう洞窟への入り口だった。
「いよいよね…」
 奥からむせ返るばかりの瘴気を感じる。魔のものに繊細なムーンブルク王族のたった一人の生き残りはごくりと息を飲む。
「大丈夫?リィン?」
 ひょこん、と愛らしい少年がムーンブルク王女の顔を覗き込む。彼はサマルトリア第一王子、ルーンだ。
「大丈夫よ。これでも随分丈夫になってよ。…でもありがとう。」
「そうだぜ、この女、ずいぶん図太くなってんだから気にすんなよ、ルーン。」
「…随分な言い方ね。図太さではローレシアの御方 (おんかた)にはかないませんことよ、レオン。」
「あははは、そんな言い方はよくないよー。」
 ずけずけと言いあう二人。だが旅の間、ずっと続いてきたコミュニケーションにルーンは笑う。

 暗い、暗い洞窟。聖なる心を持ちし者を喰らわんと、闇が口をあける。
「でも実際、なんか手ごわそうだぜ。気ィつけろよ。」
 すぐ横を、見たこともないような化け物がのし歩いていく。リィンの腰ほどの腕を持つサルの化け物や、奇怪な からくりの化け物…闘い好きなレオンの喉さえも緊張でごくりと鳴る。
「ルーン、お前ぼんやりしてるからな。周りにも気ィ配れ…」
 レオンの言葉は空に浮いた。
「わわわわわわっっ」
「きゃああああああ」
 レオンが踏んだ地面に穴が開き…三人を虚空の闇に陥れたからだった。


「よくも人に気を配れなんていえるわね、レオン」
「しゃーねーだろ、落とし穴があるなんて誰が気がつくんだよ。」
「それにしても三人とも怪我がなくてよかったねー」
 いつもののほほんとしたルーンの言葉に、ひとまず息をつき、周りを見渡す。
 三人とも怪我がなかったのは道理、そこには草がはえ、こけがむし、湧き出したらしい濁り水がフロアの床全体を 覆っていた。
「いやだ、服がぐちゃぐちゃだわ。」
「お前この状況でんな事言うか?」
「汚れるのはかまわなくてよ…けれどぬれた服は実際動きを邪魔するし健康にも良くないわ。」
 相変わらずぶつぶつ言う二人を尻目に、ルーンは周りを見渡す。
 転がる石くれ、つぶれた頭蓋骨。時折崩れた墓標がならぶその場所は。
「墓場…みたいだね。ここで亡くなった人のかな。」
 その声がフロアに響く。リィンがつぶやく。
「結構な広さだわ。」
 ルーンの声の広がりが、暗闇に覆われた地下の広さを物語る。
「まあ、人工物があるんならどっかに上がる場所もあんだろ。来たばっかだしすぐ出んのもしゃくだしな。」
 とりあえずここで飢え死にはなさそうだとレオンが息をつく。
「そうだねー。」
「けれどこの広さだと探すのは大変だわ。今度から気をつけてくださる?レオン。」

 暗い墓場を三人は歩き出した。
 現れる墓標。転がるどくろ。現れる敵はゾンビばかり。
 そして足元はぬれ、既に靴までびしょびしょにぬれていた。はっきりいって精神衛生上 良くない場所なことは確かだ。
 その上だたっぴろいものだから、ローレシア大陸切っての短気者と評判のレオンが大人しく 捜索を続けられるわけがない。
「あー、もうなんだっつーんだよ!!」
「た、たしかに歩いても歩いてもきりがないわ…」
 すこし息をつきながら切れかけたレオンにリィンが同意する。
「床が乾いてないけど…そこらの岩に座って休憩しようよ。」
「おお、そうだな。」
 レオンの言葉と同時に、すこし足腰に来ていたらしいリィンが真っ先に座りやすい 岩に腰を下ろした。
 長く旅を続けて随分と鍛えられたリィンだが、なによりここは足場が悪すぎた。苔が生して滑りやすい上に 草まではえている地面が延々続くのだから、常に足を緊張させていなければならないのだ。まして 窓もない地下。湿気はこもり体力も落ちる。
 いつも笑顔のルーンが岩に座りながら笑った。
「いつかはでられるんだろうけどー、あんまり長いこといたくないねー」
「どころかすぐ出たいぜ、俺は。」
 レオンがため息をつく。リィンも同意する。
「落とし穴があそこだけとは限らないから、できれば上に上がれる場所を探しておきたいのだけれど… 今日は出直した方がいいかもしれないわね。」
「そうだねー。敵も強いしねー。お話もしてくれないしねー」
 敵に知能があれば、敵の跡をつけて出口を探す事も出来るが、どうやら頭まで腐りきったモンスターばかりのようだった。
「くっそ、今日はついてねーなー」
 そう言ってレオンは苛立ちを隣りにあった墓石へとぶつけた。
 グワァラ…。振り下ろされたレオンの剣は狙いたがわず苔むした墓石にあたり、左上部の石を崩した。
「駄目だよレオンー、お墓にそんなことしちゃー。」
 ルーンがそう言ったとたんだった。
 靄が、墓石から生まれた。そして、それはとたんに人の形となった。


「…俺に仇なした愚か者は誰だ…」
 一人立ち上がっていたレオンはとっさに剣を構える。幽霊は自然にレオンに眼を向けた。
「…お前か…?」
 はっきり言ってレオンはむかついていた。歩けば落とし穴にはまり、墓場を延々歩かされ、そして 幽霊。やる事なすこと上手くいかない。だからこの言葉もあながち愚かだとはいえなかった。
「だったらどうなんだよ?」
 たった幽霊一匹である。はっきり言って片手であしらえる自信と実力がレオンにはあった。
「そうか…おまえか!!!!」
 だがそれは、相手が正攻法で挑んできた場合だった。
 相手はいきなり靄と変わり、レオンを覆い尽くした。
「「レオン!」」
 二人は立ち上がり、レオンに駆け寄ろうとした。が。
「あれ…」
 すぐさま靄は墓へ戻り、人の形に戻った。
 レオンは両手をじっとみつめる。リィンとルーンも同様に全身をみつめた。…怪我一つない。 よぎる一瞬の疑問。だが。
「うわああああ!」
 レオンがいきなり倒れ伏した。地面に叩きつけられるように、両手から身体を床に落とした。
「レオン?」
「レオン大丈夫?」
 二人は改めて駆け寄る。返事がこない事を覚悟して。だが、またしても予想を裏切る。
「な、なんだこれ!!!」
 レオンの元気な声が床からする。レオンは必死に立ち上がろうとし、力尽きて床に落ちる。… それは怪我や病気というよりも、起き上がろうとする生まれたての子馬の姿を思い起こされた。
「どうしたの?レオン?」
 リィンが状況がつかめずに叫ぶ。レオンはもう一度とばかりに全身に力をこめる。
「手足が重くて…起き上がれねえ…」
 ぐちゃっとレオンがまた地に伏した。ためしにとばかりにリィンが片手を持ち上げる。
「あら…?」
 力が空振りをする。ひょいっと軽く持ち上がったのだ。
 だが、レオンはリィンの持ち上げた手を維持する事が出来ず、地に落す。
 幽霊は高笑いをする。
「お前の手足にはお前にしか感じる事ができない重さを両手両足につけた。 鉄のような重さだろう!これからお前は自分で歩くこともできまい!!」
 事実、レオンは身体を地から話すことも出来ない。ルーンがレオンの身体を支えてみるが、 いつもの重みしか感じない。だが、レオンの額には汗がびっしりとついていた。
「お前は人一倍体力に自信があるはずだ。だが、お前は自分で歩くことも出来ず、もはやこの先 誰かの助けにより生きていくことしかできまい!!!」
 ”呪われてあれ!!!!”
 幽霊はそう叫び、消えた。そこにはすでに崩れた墓と、静寂しか残っていなかった。
 レオンは何度も起き上がろうと試す。だが、疲れ果てたレオンは腕を一本地から話すことが出来なくなっていた。
 とにかく重い。鉄の塊を手首足首につけたとしてもまだ足りない。身体は地面に引っ張られ、動く事が出来ない。
「…とにかく、町へ戻ろうよ。」
 ルーンはそう言って、レオンを抱えた。リィンはうなずきリレミトを唱え、ルーンのルーラによってベラヌールの町へと 帰還する事となった。




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