ロトシリーズ20のお題より
 アイテム編20のお題「20.伝説の武具」






「よぅ、じーさん、元気か?」
 軽く手をあげて、そう挨拶した。
 もう何ヶ月ぶりかに会った育ての親は、実に元気そうにがしゃりがしゃりと音を立てて、木の周りを 歩き回っていた。


 苦労して立ち寄ったメルキドの町で、こんな噂を聞いた。
「どこかで、ロトの勇者が着ていた鎧があるらしい。」と。
 別に先祖の威光にすがるつもりもなければ、そんな装備にこだわる必要はない。
 だが、無駄死にする気はない。最悪相打ちにでも持ち込まなければだめだ。そのためには いい防具をそろえておくのは悪くはなかった。先祖代々伝わっていると言う兜を見ても、その鎧は上等の 物だろうから。
 しかし、時間はそれほど多くない。『どこか』などというまったく当てにならない情報に惑わされて うろうろするほど暇でもなければ、心の余裕もなかった。

 そんな時、思い出したことがあった。
 ドムドーラには苗字というものがない。 というより概念と言うものを持っていなかった。田舎で全員が顔見知りだったからだ。旅に出て初めて、そんなもんが あるのかと驚いたくらいだ。
 だが、苗字とは言えないが、家族のあだ名みたいなものは確かにあった。それはたとえば、宿屋の息子に「宿屋んちの」 と読んだり、神官の妻に「教会のとこの奥さん」といったものだった。先祖が昔、鍛冶屋だったら「鍛冶屋の」と 呼ばれたり、池の近くの家なら「池の家の」と呼ばれたりする、苗字とも言えない簡単なもの。
 そして、俺の家は「鎧」と呼ばれていた。だからそれを苗字にするなら、俺の名前はアレフ=アーマーってことになる。
 深く気にしたことはなかった。生まれたときからずっとうちはそう呼ばれてきたのだ。それに俺の家の場所は、かつて 武器と防具屋の跡地だったと聞いていた。だからその関係だと思っていたのだった。
 けど今考えたら…なんで鎧なんだろう?そんなことを考えた。武器と防具の店なら、他にもあった。俺の家は 一度も防具屋なんてやったことがない。さすがにロトの末裔だなんて威張る必要はなかっただろうが、 先祖代々にこだわるような都会じゃないんだ。もっと他の名前の方がわかりやすかっただろうに。
 うちにはロトの兜があったんだから、「兜」でも良かっただろうに。そこまで考えた時、唐突に新しい可能性が浮かんだ。
 そんなわけで俺は、旅に出てから久々に、滅ばされた生まれ故郷、ドムドーラに変えることにした。


 本当のことを言えば、あまり帰りたくなかった。
 それは別に「滅ぼされた町を見たくない」なんて感傷的な理由じゃない。何もかも 瓦礫になった場所に、たった一人自分だけが動いているなんて、吐き気がしそうなほど気持ち悪い。ただそれだけだった。
 だが、久々の故郷では、幸いなことに動くものが他にもあった。瓦礫の上をうれしそうに歩くモンスターたちだ。
 あそこはかつて、木登りをして落ちた場所、あっちはいたずらをとがめられて隠れた場所、なんてしんみりとする 感性は俺にはない。ただ「ああ、やっぱりここは滅ぼされたんだな」そんな当たり前なことをぼんやりと考えながら、 なつかしの我が家へ歩いていった。
 そしてそこにはがっしゃがっしゃと、音を立てて歩く骸骨のモンスター。身に着けた鎧は、俺の育ての親が愛用していた 鎧だった。
 そしてなにより、動きの癖が明らかにあの骸骨は育ての親のものだと、俺に教えてくれていた。

「よぅ、じーさん、元気か?」
 いかにもらしく、声を掛けようとしている自分がおかしかった。
 もし、じじいの知ってるころの俺なら、間違いなく死者に声を掛けるようなことはしなかっただろう。
 ただそんな風に声をかけたのは、らしくもなく昔の関係を再現させようとしたのか…それとも、じじいも姫と 同じだったと…そんな風に考えたのかもしれない。
 じじいは何も言わなかった。うつろな穴でこちらを見つめ、元家の裏手にあった大きな樹の下を、うろうろと 歩いている。他のモンスターのように勝手に歩くことはなく、ただ一箇所を気にしているようだった。
「律儀なところは死んでも変わってねーよな、じじい。そこに、先祖代々の鎧が埋まってるってことか?」
 その言葉に、すでにないはずの目が、じろりとこちらを見た。
「そこどけよ、じーさん。俺がその鎧、有効活用してやるぜ。」
 俺は剣を抜く。じじいがこう言われて、素直に退くわけがないと知っていた。
 そして案の定、じじいも剣を抜いてこちらに襲いかかってくる。それが、うれしくて思わず笑った。

 剣を合わせる。が、じじいはその剣を滑らせ、すぐさま横にそらして薙いだ。それを後ろに下がってよける。そのまま 大地を蹴って、骨になったじじいの腕に剣を叩き込む。じじいは無反応にそれを受け、少しだけひび入った腕を かまいもせず、剣をそのまま突く。
 剣の癖も、足の運びもなにもかも、生前のじじいのままだった。それがあまりにうれしくて、俺は今度は頭蓋骨に 剣を叩き込む。じじいはあっさりそれを避けて、俺の肩めがけて剣を振るった。俺はとっさにしゃがみこみ、 そのまま跳ねることでそれをかわす。
 そのまま胴を袈裟懸けにするつもりで切りかかると、それを防ぐために、じじいは剣を合わせてきた。
 じじいの体はもろかった。俺が力いっぱい剣を押すと、じじいの体からみしみしと音がする。やがてこのまま 押して行けば、じじいの体はぼろぼろになって崩れていくだろう。それがわかった。
「よぅ、じーさん、いいのか?このままじゃ、負けだぜ?」
 俺は手加減はしなかった。全力で剣を上から押し、地面にじじいの体を押し付ける。ゆっくりとじじいの体は 下がっていく。無理な体勢になっていくじじいの体から、いっそう音が高くなった。
 じじいは、口を開いた。
「…好きな女ができたか」
 その声は、たしかにじじいの声、じじいの声音だった。
「…ああ」
 俺は素直にそう答えた。
「強い女だ。…誰よりも強いぜ。」
「そうか…お前に強い女ができるとはなぁ…長生きはするもんだ。」
「じじい、もう死んでるぜ?」
 俺は笑った。じじいも笑った。
「…その女のためだけに、世界を救うか。…お前らしいな。」
「いや、意外とみんな、そんなもんだったんじゃねぇの?俺も先祖も、子孫も、多分 そんな感じだと思うぜ?」
 俺がそういつものように茶化しながら笑うと、何もない口を開いて、じじいは笑った。
「…そうさなぁ…そんなもんかもしれんな。」
 ぴし、とひときわ高い音がした。最初に入れたひびがどんどん広がっていく。
「ま、頑張れ。運が良かったのか悪かったのか、わしにはわからんが、それもいいだろうよ。」
「ああ、頑張るぜ。俺らしくねーけどな。それも悪くないって、俺は思うからな。」
 すでに、じじいの腕はささくれのように砕けていた。足は粉のように崩れ、体は地に落ちていた。俺は剣を納める。
 最後にごろんと頭蓋骨が落ち、そのまま風に流されていった。


 俺は泣かなかった。泣きたい気分でもなかった。ただ、死者が土に還った。それだけだった。
 ただ、じじいも…俺さえも、結局姫と同じなのだと、そんなことを考えて、樹の根元まで足を運んだ。
 ゆっくりとじじいが見ていたところを掘り当てる。そこには兜と同じ金属で作られた鎧が埋まっていた。それを迷うことなく 身につける。不思議なことに、それはぴったりと体に収まった。


 俺はもう、振り向きもしなければ、哀悼の言葉を言う気はなかった。
 俺は、竜王の城に向かって、再び歩き始めた。





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