終わらないお伽話を
 〜勇者の旅立ち〜



”昔々あるところに、二人の姉妹がおりました。”



「トゥール、トゥール、起きなさい…」
 母親の優しい声が聞こえた。
「トゥール、今日はとても大切な日。貴方の16歳の誕生日。そして貴方が旅立ちの許可をもらい、 正式に勇者となる日でしょう?」
 その言葉に、トゥールの目が覚める。夢の余韻は吹き飛んだ。
「おはよう、母さん。起こしてくれてありがとう。」
「駄目よ、もうトゥールは大人なんだから、自分で起きなくちゃ。」
 くすりと笑った。…どうやら、いつもの時間より少し早いようだった。城に行くにしても 少し早すぎる。
「ごめん、もう少ししたら起きるつもりだったんだ。でもちょっと早いんじゃない?」
「馬鹿ね、いろいろ準備もあるでしょう?それじゃ、下で待っているわ。」
 母親はそう言って部屋を出た。その表情を見て、母は自分を起こしたかったのだと気がついた。

 着替えをしながら先ほどまでの夢を思い出す。あの洞窟の夢。あれは確かに6年前に見た夢と同じ夢だった。
(あ、でも…)
 ふと思い出す。最後だけは、昔見たところと違うところ。それはラストの人物。今見た夢は、あまり美しくない 女性だったけれど、6年前に見た夢では絶世の美女だった。
(なんだか意味があるのか?)
 そう思って支度を終えた時は、完全に目が覚めていた。昨日悩んでまとめた荷物を持って下に降りた。


「おはよう、食事ができているわよ。王様の前で恥ずかしい思いをしないように、しっかりと食べておきなさい。」
「おお、降りてきたか、トゥールよ。旅装束、よう似合っとるぞい。さすがわしの孫じゃ。わしも 若い頃は波のように襲い来るモンスターを…」
 長々と続く祖父の話はいつものことなので、トゥールは適当に頷きながら朝食をとった。
 それはいつものメニューでいつもの朝の風景。食事の支度を終えた母は横に座り、おなじく何度も何度も繰り返された 祖父の話しに相槌を打つ。
 …本当にいつもの朝の風景。平和な、そしてこれからしばらく味わえない朝の風景だった。
「じゃあ、行ってきます。」
 食べ終わってトゥールが立ち上がると、母親も焦ったように立ち上がる。
「待ってトゥール。送っていくわ。」
 場所なら知ってるよ、とは言わずに頷く。祖父はまだ昔語りをしていた。


 母親は何も言わなかった。トゥールも何も言わなかった。歩きなれた城下町をただ進む。そして城の跳ね橋の前で 母親は止まった。
「貴方は父さんの子ですから、儀式の事は心配していないわ。」
「うん。かならず勇者になってくるから。」
 トゥールは頷いた。これから受けてくる儀式は、第一の神の儀式、第二の精霊の儀式とは違い、人による儀式。だからこそ、 自分が勇者になれるのだと確信していた。
「…けれど…その先の旅の事は心配よ。貴方は外に出たことがほとんどないのだから…必ず、帰ってきて。」
「大丈夫だよ、僕、母さんの子供だから。」
 にっこりと笑う。その顔はあまりトゥールの父親には似ていない。それでも母親はその笑顔に愛する夫の 面影を探し、寂しそうに笑った。
「行ってらっしゃい、トゥール。ちゃんと王様に挨拶するんですよ。」
 心配そうに見守る母親に、トゥールは手を振った。
「心配ないよ、母さん。…それじゃ、行ってきます。」
 亡き夫を見送った時と同じ笑顔で、トゥールの母メーベルは手を振って見送った。


 アリアハン城は緊張に包まれていた。いつも穏やかで開放的なアリアハン兵士達が、今日はトゥールを見かけると 背筋を正す。
 皆、知っているのだ。今日、アリアハンの勇者オルテガの息子が、勇者の儀式を受けて魔王討伐に向かう事を。

 幼い頃から何度も訪れた城を、今日は無言で歩き、そして謁見の間へと足を運んだ。
「良くぞ来た!勇敢なるオルテガの息子、トゥール=ガヴァデール!」
「はい、王様。」
 王様の前で、トゥールは跪く。
「すでに知っておろう。何十年かぶりに勇者となったそなたの父オルテガは、戦いの末火山に落ち、志半ばにて亡くなった。」
 トゥールは頷く。
「そしてその息子であるそなたが、勇者の儀式をここまで潜り抜け、勇者となるべき資格を持ったことは運命と 言うべきなのか、わしにはわからぬ。だが、そなたは旅立ちを求めていると聞いた。それは相違ないか?」
「はい。」
 アリアハンの人間は、16になるまで旅立ちが許されない。本当はもっと早く出たかったけれど、勇者の儀式も16に ならないと受けられないので、どうしても今日まで待つ必要があったのだ。
「それは誰でもなく、自らの意思によって決めた事だな?」
「はい。王様。僕は、僕自身の望みでこの世界を平和にする、勇者になりたいのです。」
 しっかりと言った。ずっと、ずっと望んでいた事。今は一点の迷いもない。
 トゥールが頷くと、すぐ横にいた大臣が、冠を持ってきた。かつて父オルテガも同じ物を持っていた、勇者の証。
「では、世界の中心の国、アリアハンの王が人の代表となり、神、そして精霊の王であるルビスに認められたこの者、トゥールを 勇者とすることを、ここに宣言する!」
 そう言うと王はトゥールの頭にその冠をかぶせた。
 その瞬間、トゥールの周りから光の輪が放たれ、謁見の間を照らした。
 兵士がざわめく中、王が高らかと宣言する。
「たった今ここに、勇者トゥールが誕生した!!」


「勇者トゥールよ。おぬしが父の意思を継ぎ、世界を平和にしてくれると、わしは信じておるぞ!」
「はい、王様、必ず。」
 トゥールの言葉を聞き、王は声を小さくした。
「この世界を脅かす敵であり、おぬしの父、オルテガが退治に向かった敵の名を『バラモス』という。」
「バラモス…」
「うむ。世界のほとんどの人々は、いまだ魔王バラモスの名を知らぬ。だが、魔王バラモスは確実にこの世を少しずつ破壊 し続け、モンスターを凶暴化させておる。人々は気づかぬうちにバラモスに苦しめられているのだ。そして、 このままでは世界はやがてバラモスの手に堕ちるだろう。それだけはなんとしても食い止めなければならぬ。」
「はい、必ず倒してまいります。」
 トゥールの返事に、王は満足したように頷いた。
「そなたの旅の希望はすでに聞き届けている。共に旅をしたいと言っていた二人には、 すでに旅の許可を出しておるから心配するな。」
「はい、感謝します。」
「いや、一人ではそなたの父、オルテガの二の舞になりそうだとわしも思っておった。あまり 多すぎるのは感心せぬが、仲間が居るほうがいいだろう。そなたの仲間には便宜を計ろうぞ。…では、言ってまいれ! 勇者トゥールよ!!」


 城の外に出た時には、すでに日は天頂にさしかかっていた。緊張していたので気がつかなかったが、 かなりの時間が経っていたのだろう。
 母の居たところを見るが、母の姿は見えなかった。だが、その場所に一人の少女が立っていた。

 年の頃は15、6。海の色をした瞳とそろいの青い髪は、波を思わせるようにうねりを見せながら腰まで伸びている。 身につけているのは、野暮ったい 旅の僧服と旅の荷物。だが、もったいないと思えるほどの美貌は、人のものではなく神の芸術品と呼ぶにふさわしい 華麗だった。
 少女がこちらを向く。口を開いた。
「待ってたわよ、馬鹿トゥール。」
 麗しい声とは違ったあきれた口調だった。だが、それに慣れきっていたトゥールは笑顔で答える。
「待たせてごめん、サーシャ。」


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