ランシールは巡礼の町らしく、宿が充実していた。多数ある宿から、適当なところを選び、荷物を置く。
 外に出ながら、トゥールが首をかしげる。
「…神殿…ないよね。」
「おかしいな…、あの神父が嘘言うとは思えねぇんだけどな。」
 頭を掻きながらセイが周りを見回すが、町の中に神殿の姿が見えなかった。
「嘘だとは思わないわ。嘘だとするならこんなに宿屋があるのはおかしいもの。 それほど大きな神殿じゃないのかもしれないわね。聞いてたらわかるわよ。…リュシア?どうかしたの?」
 リュシアは即座に首を振る。だが、リュシアがどこかぼんやりしているようで、サーシャはリュシアの頭を ゆっくりと撫でた。
「具合が悪い?それとも疲れた?」
「平気。ありがとう。」
 控えめにいうリュシアの額に、セイは手を当てて熱がない事を確認する。
「リュシア、無理するなよ。…ちょっと顔色が悪いか?」
「なんともないの。リュシアも、探す。手伝いたい。」
 強い意思を持って言うリュシアに、サーシャは優しく言う。
「そう?でも無理は駄目よ。…トゥール、リュシアについていてあげて。」
「そうか、じゃあそうしようか。辛かったらいつでも言うんだよ。」
 ぽんぽんと背中を叩き、トゥールがリュシアに優しく笑いかける。リュシアが微笑してそのトゥールの袖を 小さくつかんだ。
「平気。…みんなありがと。」
 そうして、四人は町へと散っていく。幸せそうに寄りそうリュシアを見送って、セイも町へ消えていった。


 にぎやかと言うほど都会ではなく、のどかなというほど田舎ではない。旅人はいるが皆巡礼の者なのだろう、どこか 落ち着いた雰囲気だった。
 ほどよく混じった町人と旅人。セイがこうして歩いていても奇異な目で見られることのない空気。行儀の良い町、というのが セイの印象だった。
「いらっしゃいいらっしゃい、薬草はいかがですか?ハーブティーも取り揃えていますよ!」
 道具屋の看板娘なのだろうか。素朴ではあるがなかなか可愛い娘が呼びこみをしている。
「そのハーブティーは貴方の髪のような綺麗な色をしているのか?もしそうならハーブティーじゃなく、貴方に 側にいて貰ったほうがずっと聞きそうだな。」
 セイはよそ行きの笑みを浮かべて、その娘に声をかける。もはや声をかける時に口説く事が条件反射にも なっているように思えて、セイは心で皮肉な笑みを浮かべる。
「まぁ、ありがとう。でも私よりずっと聞くのよ。心が落ち着くの。」
「そんなことないぜ。今こうやって話しているだけで、俺の心は幸福なんだからな。」
「あら、でも私は貴方にうちの店で買い物をして貰うほうが幸福だわ。うちはいろんな薬草があるのよ、 寄っていってよ。」
 目を丸くして見せるその娘は、根っからの商売人のようだった。セイは思わず顔を崩し、それから頷いた。
「そうだな。俺旅人なんだ。なんか便利なもの、あるかな。」
「あら、貴方巡礼者には見えないけど。」
 娘の案内で店に向かいながら、セイはチャンスとばかりにさりげなく聞いた。
「ああ、ちょっと観光にね。ここに珍しい神殿があるって聞いたから見に来たんだが…どこにあるんだ?」
「ああ、それはね…」
「イルゼ!!」
 娘が言いかけた時、男の声がした。どうやら娘のことらしく、娘が振り向いて小さく手を立てる。
「ベンノ、ごめんなさい、今接客中なの。」
「いや、かまわないさ。なんなら店に入って…、ベンノ?」
「セイ…、お前…なんで、ここに…。」
 そこにいたのは、どこにでもいるような、素朴な青年。
「あら、知り合いなの、ベンノ?」
「ああ、いや、その…ちょっとした顔なじみなんだ。…久しぶりだな。」
 セイを見て、苦虫をかんだような顔を浮かべるベンノ。その顔は、確かにセイの知っている顔だった。
「ああ、久しぶりだな。旅をして、お前に会えるなんて思わなかったよ。今、この娘さんに店に案内して貰おうと思ってたんだが、 お前の知り合いなのか?」
 友好的に笑って見せると、ベンノも笑顔に戻った。
「ああ…なぁ、積もる話もあるだろう?良かったら俺の家に…来ないか?」
「いいな、もしかしてこちらの…イルゼさんと知り合いなら、イルゼさんお勧めのハーブティーご馳走して貰うぜ。」
 ベンノの思惑を理解して、セイは茶化すように笑ってベンノの横にならんだ。


 ベンノの家は、台所と寝室しかない、小さな一軒家だった。
 入って鍵を閉めたとたん、ベンノはよろけるように部屋の隅に寄った。
「…どうして、お前が…、俺を追ってきたのか?」
「追った…?お前…?」
 ベンノは盗賊の世界では有名な情報屋だった。世界に散らばるさまざまな宝の噂、王族貴族の宝物やゴシップ…ダンジョンの 罠や城への進入路などを集め、盗賊たちに売る仕事をしていた。ベンノはその中でも信頼の置ける情報を扱う 人間として、セイと同じように重宝されていた人間だった。何せベルノは、一つの情報を一人にしか売らない。 それは儲からないやり方ではあるが、その宝の情報は希少性が高まり、急いて手に入れようとする必要が ないため、じっくり取り掛かる事ができるということで、他の情報屋の情報より高値で売れていたのだった。
「俺は、もう、何も知らないんだ…持ってる情報は全部売り払った…、足を洗ったんだ。新しい情報なんて、何も持っていない!!」
「ま、待て、ベンノ。俺、もう盗賊じゃないんだ。お前も…元情報屋なら知らないか?俺、ダーマの神殿で武闘家に なったんだよ。」
 怯えるベンノにセイがそう言うと、ベンノの体から力が抜ける。
「…、ああそうか…、そう言えば…、噂で、そんなこと。じゃあ、なんでお前…。」
「俺が勇者の仲間になったってのは知らないか?この町に勇者に関する神殿があるって聞いて、やってきたんだ。見当たらないから イルゼに聞こうと思ったら、お前が声をかけてきたんだよ。」
 そう聞いた瞬間、ベンノは壁に背を当てて、そのまま座り込んだ。
「ああ…、良かった、俺…。」
「大丈夫かよ。安心しろ、俺も足を洗った。勇者の仲間じゃそうあくどい事もできねぇよ。別にお前に情報を 買いに来たわけじゃない。せっかくだ、神殿の場所くらいただで教えてくれよ。」
 冗談めかしてそう言うと、ベンノは子供のような顔で笑った。
「悪かったな。とりあえず茶でも入れるぜ。イルゼの所の茶、うまいんだ。」




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