ベンノの入れたお茶は、少し癖があるがなかなかにおいしいお茶だった。セイはベンノから町の端にあるという 神殿の場所を詳しく教えてもらい、それから簡単に近況を話した。
「…そうか、本当に勇者の仲間なんだな…。」
「ああ、そんなわけで今はオーブってのを探してる。赤と紫を手に入れて、黄色の目星はついてるから…、あとは 青と銀と緑だったか?」
「はー、なるほどな…。悪いな、俺は知らない。…良かったらいろいろ調べてみよういあ?」
 ベンノの言葉に、セイは首を振る。
「助かるが、足を洗ったんだろう?無理はする必要はないぜ。」
「いや、これは盗賊に売るんじゃないからな。知り合いに噂話をするだけだ。そんで世界を救う勇者の手助けを するんだ。そう、そうだ、そう、なんだ…。」
 ベンノはテーブルの上で組んでいた手を、ぐっと握りなおす。そして恐ろしく真剣な顔で、セイの 方を見た。
「セイ、聞いて欲しい。…役に立つかわからない。…だが、俺はもう、これを持っているのは怖いんだ…。 お前にこの情報を渡せば、俺は次に会った奴に、こういう事が出来る。セイに渡したから もう遅いって…。お前なら非道な真似はしないだろう。頼む、受け取ってくれ…それでどうかこれを世界のために役立ててくれ…。」
「…わかった。俺に預けてくれ。」
「…最後の鍵。盗賊が求めてやまない究極の宝。…俺はその情報を手に入れるためにこの町に来たんだ…。」


 セイは絶句した。最後の鍵。神が作り出したという伝説の鍵。天空世界の神の金属を使うことで、その鍵は自由にその 形を変える。どんな鍵でもたちどころに開けてしまうという、盗賊なら誰もが望み、欲する物だった。
 セイは思わずつばを飲み込む。そして、まるで人殺しの懺悔をしているようなベンノに、優しく声をかける。
「それは、必ず勇者の役に立つはずだ。…教えて欲しい。」
「ああ…。それは北の海に眠っている。封印された浅瀬に。」
 テーブルに置いてあった地図を広げ、ベンノは跡が残らないようにそっと北の海の一点に指を当てる。
「浅瀬?」
「正確にはその浅瀬の中には洞窟があるはずだ。だが、普通の方法ではその洞窟に入る事ができない。そこに 入るためには、渇きの壷というアイテムが必要なんだ。」
 その響きには聞き覚えがあった。
「あの、スーにあったって奴か?」
「知ってるのか?そうだ、それは今、エジンベアの城にある。…だが、エジンベア城は今、入城を制限していて、実質 余所者が入る事ができないだろう。」
「あっちゃー、まぁ、こんなご時世だからな。しかし面倒だな。」
 頭を掻くセイに、ベンノが話を続ける。
「…ここからなんだ、セイ。俺がここに来た理由は。…この町にある、秘薬…消え去り草というのは知っているか?」
「いや?なんだその愉快な名前は。」
 茶化すセイに、ベンノは答える。
「この町にしか生えない草を調合して作られた薬草だ。それを体に振りかければ…姿を一定時間、消す事が出来る。」
 セイは目を丸くする。それはまるで、魔法ではないか。
「なんだそれは…?」
「使い方によっては危険な道具だ。もし盗賊が手に入れたらどんな物でも盗める。…だから代々ある一族が管理して、決して うかつに他の人間に渡さないようにしている。…俺はそれを手に入れて、エジンベアに忍び込むために、この 町に来たんだ。」
 その次の言葉が分かる気がして、セイは口に出した。
「それでイルゼに出会ったんだな?…イルゼなんだな、その一族は。」
「ああ。俺はもう、どうでも良くなったんだ。最後の鍵も、消え去り草も。…今は ただ、イルゼとこの町で平和に暮らしたい。俺がイルゼに話す。明日、勇者を連れてきて欲しい。 そして、一刻も早く、最後の鍵を手に入れて欲しい…頼む。」
 この不器用な男が、イルゼにどんな感情を抱いたか、想像するまでもなく分かった。おそらく先ほど声をかけてきたのも、 やきもちを焼いたのだろう。
「分かった。約束する。…これでお前はただの男だ、ベンノ。なんの情報も持っていない。…いや、勇者に情報をもたらした、 世界を救う手助けをした男だ。」
「…ありがとう、セイ。来てくれてありがとう…。」
 セイの言葉に、ベンノは涙を流しながら、ただつぶやくように言葉を落とした。


 セイが宿屋についた時、すっかり夜が更けていた。
 宿屋の横で、セイは聞きなれた声をかけられる。
「あら、セイ、遅かったのね。心配したわ。」
「ごめん、ご飯済ませたよ。」
「いや、俺も済ませてきた。遅くなったな、悪い。で…何をしてるんだ?」
「…練習。リュシアはタオル。」
 宿の灯りに照らされて見える光景は、トゥールとサーシャが棒を振り、その横でリュシアがちょこんと座っている 光景だったのだ。
 サーシャが棒を降ろして笑う。
「ほら、私も転職したことだし、今まで避けてた剣も練習してみようかと思って。母さんが剣も使ってたしね。」
「で、サーシャが練習してたんだけど、型とか無茶苦茶だから、僕が基本だけでも教えてたんだよ。基本をさらうのも 練習になるしね。」
 サーシャにタオルを渡しながら、リュシアは小さな声で説明する。
「一人、寂しかったから。リュシア、お手伝い。」
「うん、ありがとう、リュシア。私はもう終わるわ。最初から無理したんじゃ筋肉痛になっちゃうもの。 トゥールもありがとう。」
 タオルを受け取って、汗をぬぐう。その姿は美しかった。トゥールは揶揄するように軽口を叩く。
「また教えるよ。下手に剣を振り回されて、僕に当たったら怖いからね。」
「…トゥール、タオルいる?」
 リュシアが差し出したタオルに手を振れず、トゥールは再び棒を手に取った。
「僕はもうちょっとやっていくよ。お休み、サーシャ。」
「ええ、おやすみなさい。セイも寝たら?」
「あ、ああ、悪い、皆で明日来て欲しい所があるんだが。詳しいことは明日話す。んじゃ、俺も寝るわ。」
 セイは去ろうとするサーシャに聞こえるように急いでそう言う。
「うん、お休み、セイ。リュシアは?」
「リュシアは、トゥールと一緒にいる。タオル、渡すの。」
 トゥールの言葉に、リュシアは急いで首を振った。
「そうか、じゃあ無理しないで付き合って。」
 トゥールはそう言うと、まっすぐ前を向いて、棒を振り始めた。


 ずいぶん遅くなりましたが、ようやくお伽話のラストが出せました。
 10年ほど前に、本当は残酷だった童話みたいなのが流行った頃がありました。 さまざまが解釈がありましたが、そんな風に、一つの話をいくつもの解釈で語っていけたら面白いな、 とずっと思っていました。
 そこまで複雑ではないけれど、そんな風な話をかければと思っております。


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