ベンノはイルゼに出会って、すっかり酒をやめたらしかった。それでもセイが見せた最後の鍵に むせび泣き、まるで酔っ払ったかのように今までの苦労を怒涛の勢いでセイに語り…そのまま疲れて寝てしまった。 (…まぁ、いいか。どうせ明日は休みなんだしな。) 帰り道すがら、少しばかりため息をつきながらセイは最後の鍵をポケットにしまいこむ。 (これ、トゥールに渡しておいたほうがいいな。中で扉があったらまずいしな。…寝ちまったか?) そんな事を考え、セイは宿屋への足を早める。以前と同じ場所で剣の訓練をしているトゥールがいた。 「あ、お帰り、セイ。」 気が付いて、トゥールは腕を降ろす。 「おう。ベンノ喜んでたぜ。…珍しいな、一人か?」 「うん、リュシアは寝ちゃってるのかな?サーシャは…あれから部屋から出てきてないし。」 苦笑するトゥールを月明かりが照らす。 「…お前はサーシャに腹立たないのか?」 「え?なんで?セイは腹が立つの?」 「なんでってお前…色々言われてるだろう?ほら勇者失格だとかさ。」 トゥールに目を丸くされ、驚きながらもセイは更に問い詰める。 「いや、そこまで言われるのもどうかとは思うけどさ…うーん、サーシャ、どうしてあんなきつい言い方するのかなとは 思うけど。でも、サーシャにはサーシャの考えがあるんだと思うし。」 「トゥールには心当たりがないのか?」 「どうだろうね。でも一つ言える事は、例えサーシャがどう言っても、命がけの旅に着いてきてくれてるって ことだよ。違うかな?」 「…刺されてるのに、そう思うのか?命を狙われてるかもしれないぜ?」 セイの言葉に、トゥールは目線をそらした。 「まぁ、あれはなんというか…、でも、命を狙うならもっと早くやってると思うよ。 食事に毒を入れたり、寝ている間に刺したほうが早いと思うし。」 そんなフォローにごまかされずに、セイは追い討ちをかける。 「心当たりがあるのか?刺される理由に?」 「…まあね。あれは僕が悪いんだよ。サーシャはやりたくてあんなことをやってるんじゃないよ。」 トゥールはきっぱりと力強く言いきった。 セイは少し考えて、頭を振る。 「分からないな。…確かにあの時、サーシャは自分がつけた傷を治してた。でもなんでトゥール、お前はそこまで 信用できる?幼馴染ってのはそんなに信用できるもんなのか?」 「セイはどうなのさ?サーシャの事、疑ってる?サーシャの、セイへの言動を思い返して怪しいと思う?」 まっすぐに聞かれ、セイは考えた。 「どうなんだろうな…。」 セイとサーシャは何度も何度も、お互いの内面を語り合った。時に、セイの内面であり、時にサーシャの内面だった。 ”セイは、私の事愛しているわけではないわ。…だから不思議なの。どうしてセイが、この旅に一緒にいてくれているのか。” 思い返す、サーシャの言葉。あれは、自分の事を真剣に考えてくれたからこその言葉。 自分の内面を吐き出しやすいように、 自分が出したいろんな疑惑を、苦しみながらもなんとかその場で答えようとはしていなかったか? ”いつか、ちゃんと貴方にも、トゥールにもちゃんと話すから…。もう少し待って。…お願い…。” その言葉に、誠実な響きが確かにあった事を、セイは思いだす。何かに苦しんでいて、悩んで、 それでも答えが出せない、苦悩の響き。 騙そうと思うなら、口先でごまかしてしまえばいいのだ。…かつての自分と同じように。 答えを言って貰った事はない。だが、相手をして貰えなかったこともない。言葉に対して、きちんと言葉を 返してくれていた。 「…そうだな。まぁ、もうちょっと待ってやるよ。恩もあるしな。」 「うん、そうして。ごめん、セイ。」 「いや、気にするな。んじゃ、俺、そろそろ寝る。お前も寝ろよ。」 セイはあくびをして、宿屋に向かって歩き出す。体はそうでもないが、頭がすっかりくたびれていた。 宿屋の階段をあがり、廊下に出たところで、リュシアと鉢合わせた。 「ん?リュシア、寝てたんじゃなかったのか?」 「うたたね。目覚めたらトゥールいなかったの。知らない?」 「ああ、外にいたぜ。」 「ありがとう、おやすみなさい。」 リュシアはそう言うと、足早に階段を降りて行く。 (…なんだ?妙に必死だったな…?) ポケットに手を突っ込むと、妙に硬やわらかい感触。 「うわやべ。」 最後の鍵を、トゥールに渡すのを忘れていたらしい。明日渡そうかと思うが、リュシアの様子も気になるので、 眠いが引き返すことにした。 きしむドアをそっと開け、トゥールとリュシアを目で探す。 二人は先ほどトゥールが練習した場所で、なにやら立ち話をしていた。 ちょうどいいと、声を上げようとした時、リュシアの澄んだ声が、セイの耳に届いた。 「リュシア、トゥールの事が好きなの。」 蒼夢が夜を描く時はロクなことがありません。 さておき、急展開…と言えるでしょうか。ランシール編はこの先しばらく続きます。… かなりややこしい展開になりそうですが。 そんなわけで次回に続きます。できるだけ早めにお届けしたいです。 |
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