セイが宿屋へと去って、トゥールもそろそろ訓練をやめようかと、最後の調整に剣を握る。下手に中途半端で 終わると、逆に明日調子が狂うのだ。 軽く練習用の剣を握り、左手を剣に添えゆっくりと振るう。それを何回か繰り返し、トゥールは剣を降ろして 体をほぐした。 軽く扉が開く音がした。振り向くとリュシアがいた。 「あれ、リュシア寝てたんじゃなかったの?」 「…目が覚めたら自分の部屋。トゥールいなかったから。」 「良く寝てたから寝かせてあげようと思ったんだけど、ごめんね、驚かせた?」 トゥールの言葉にリュシアは首を振る。 「そっか、良かった。でもごめん、せっかく起きてきてくれたのに、そろそろ訓練終わりなんだよ。」 「…トゥール、明日一人で行くの。」 少し切なげに見上げるリュシアに、トゥールは安心させるように笑いかけた。 「うん、大丈夫だよ、きっと。心配しないで。…まいったなぁ、僕そんなに頼りないかな。」 冗談半分のトゥールの言葉に、リュシアは勢い良く首を振る。 「違うの…トゥールならきっとできるって信じてる。でも…あのね。あの…ね…。」 リュシアは言葉を濁す。それはいつもの事だったから、トゥールもいつものように顔を覗きこんで優しく言葉を促す。 「うん、ありがとう。応援してくれるんだよね。」 「…うん、待ってる。でも、待ってる間寂しい。トゥールいない。」 「そっか、ごめん。でもセイもサーシャもいるし、寂しくないよ。三人で待ってて。大丈夫だよね?」 リュシアは首を振る。トゥールは少し考えて苦笑する。 「…困ったなぁ。」 「違うの。待てるの。…でも寂しい、トゥール、いないから。トゥールがいないと、寂しいの。」 リュシアは顔を上げる。少し潤んだ目と赤く染まった頬が、月明かりと宿屋の明かりが照らす。 「リュシア、トゥールの事が好きなの。」 リュシアは澄んだ声で、トゥールにそう言った。 不幸な事に、その言葉をただの好意と受け取るほど、トゥールは鈍感ではなかった。 もう15年の付き合いになるのだ。その声が、その顔が何を意味するのか分からないほど浅い付き合いでもなければ、 鈍くもない。 それでも逆に、その想いに今まで気が付けなかった鈍感さをトゥールは呪いながら口を開いた。 「…ごめん、リュシア。」 傷つけると分かっていた一言でも、その言葉でリュシアの顔が曇っていくのが、トゥールには辛かった。 「リュシアのこと、好きだよ。でも僕、ずっとリュシアのこと、本当の妹みたいに思ってた。リュシアの事は 大事だし、大切だし、大好きだよ。でも、…僕はリュシアが想ってくれる気持ちを、リュシアに返す事はできないと、 思う。」 その言葉の一言一言が、リュシアの胸を穿つ。そして、トゥールはリュシアの目を誠実に見つめる。 「ごめん、僕、サーシャが好きなんだ。」 一瞬の沈黙。 胸をえぐるトゥールの言葉に、リュシアは自然に口から言葉をすべり落とす。 「…うん、知ってた…。」 「リュシ、ア?」 リュシアは精一杯微笑む。 「嬉しい。トゥールが、リュシアの事、大切に思っててくれて。リュシアの気持ちとは違っても、大丈夫。それだけで十分。 ありがとう。」 もう一度リュシアは、最大限の努力でにっこり笑って、それからその場を走り去った。 「…かやろ…。」 一部始終を見ていたセイが、宿屋の扉から躍り出ると、トゥールの側に駆け寄って、最後の鍵を投げつける。 「この馬鹿、最低野郎!!」 「セイ?!」 セイは乱暴にトゥールの胸倉をつかんだ。 「どうせ振るなら、もっとましな振り方しやがれ!!」 そのまま投げつけるように胸倉を離し、身を翻すとそのままリュシアの後を追った。 (…うそ…よ…。) サーシャは崩れるように、その場にへたり込む。耳をふさぐ。体が震える。 悪い夢だと思いたかった。それでも、トゥールの一言がサーシャの魂をさいなむ。 ”ごめん、僕、サーシャが好きなんだ。” もっとも聞きたくない一言だった。 ただ悪夢から逃れるように、サーシャは暗闇の中でひたすらうずくまることしかできなかった。 |
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