知っていた、気が付いていた。
 本当はずっと前から分かっていた。

 たとえば、サーシャが落ちた時にはトゥールは自分が落ちてまで必死で助けようとした。…リュシアの時は 助けてくれなかった。
 たとえば、サーシャがカンダタに囚われた時、リュシアがびっくりするほど冷たい目をしていたとか。
 いいや、きっともっと前から。旅に出る前から、うすうす感じていた。リュシアとサーシャがトゥールにとって違うこと。
 いつでもふわりとした優しさで包んでくれるトゥール。でもサーシャには違う。上手くは言えないけれど、どこか 自分には見せてくれないような顔がある、そんな空気をずっと感じていた。
 …それでも、人への想いはそれぞれだから。それを表す 形もそれぞれだから。トゥールのその柔らかな笑みが、確かな愛情だと信じていたかった。
 木の下でリュシアは疲れてへたり込む。
(しかたない。サーシャなら、仕方ない。)
 サーシャは綺麗で可愛くて優しくて。いつも一緒にいた。いつだって勤勉で夢に向かって頑張っていた。 どこにも勝てるところがない。だから、仕方がない。
 この二人なら例え恋人同士になっても、リュシアの事を邪険にしたりしないだろう。今まで通りできっと いられる。それはきっと幸せなことだ。…今はまだ辛くってもいつか きっと幸せになれる。
 胸元をぎゅっとつかみ、自分に言い聞かせながら目を閉じた。


 幸いな事に、リュシアはすぐ側の木の下でうずくまっていた。小さくなりながら泣きもせず、ただ目を 閉じていた。
「…リュシ、ア。」
 セイがためらいながら声をかける。リュシアは振り向く。リュシアの目は潤んではいなかった。
「…セイ…、見てた?」
「ああ、悪い。トゥールに用を思いだしてな。」
 リュシアは弱く横に首を振る。
「悪くない。」
「そうか。…しかしトゥールもサーシャもひどい奴だな。」
 冗談めかして言うセイの言葉にリュシアは目をまんまるにして首を力強く横に振る。
「トゥール悪くない!トゥール、ちゃんと答えてくれた。リュシアの事、応えられないけど好きって! サーシャも、悪くない!サーシャ、リュシアの事応援してくれた。悪くない。二人とも、悪くない。」
 そう言うリュシアの前に、セイは座り込む。
「じゃあ、俺が悪い。俺が大丈夫だ、なんて無責任な事言うからこんな事になっちまったな。」
「セイも」
 言いかけた言葉を止めるように、セイはリュシアの頬に両手を当てる。
「そう言うことにしておけ、な。そうじゃないと辛いだろ。リュシア、お前は悪くない。俺が悪いんだ。悪かった。」
「セイの…?」
 ぼんやりとそういうリュシアに、セイは力強く頷く。
「ああ、俺のせいだ。俺が悪い。」
「セイが、セイが、大丈夫って言うから、応えてくれるって言うから、だから、リュシア…リュシアは、」
 リュシアの大きな目から、大きな涙がこぼれる。セイはリュシアを抱きとめた。リュシアはセイの胸の顔を うずめ、ただひたすら大声で泣きわめいた。
 大好きなのに、一緒にいられない。一番側にいられない。ずっとずっと側にいられない。側にいたい。寂しい、哀しい。 同じ気持ちを返して貰えない。特別じゃない。
 胸が痛くて辛くて。思いを、自分を全て否定されたようで。どうしたらいいか、どうしたら良かったのか 分からなくて。
 寂しい、寂しい、寂しい。
「…トゥール、トゥール、トゥール、トゥール、トゥール…。」
 いくら呼んでも、王子様も…勇者様も来てはくれない。
 結局、リュシアは水を織り上げるお姫様になんてなれなかったのだと。
 例え捨て子でも、リュシアは主人公ではなく、王子に振られるただの脇役なのだと。
 リュシアはひたすら泣き続けた。思いを全て吐き出すように。

 やがて、泣き疲れて眠ってしまったリュシアを、セイはそっと抱き上げ、宿屋へと向かった。


 暁闇の中、トゥールは一人で宿屋を出た。
 誰とも今は顔を合わせ辛い。今日の試練がたった一人で受けるものである事が幸いとも言えた。
 皆に黙って出てきたが、自分が出た事は宿屋の主人に聞けばすぐに分かるだろう。
 仲間に気がつかれないように、トゥールは神殿へと向かった。

「朝早くすみません。」
「いえ、良くいらっしゃいました、トゥール。試練を受ける準備はできましたか?」
「はい、」
 トゥールが頷くと、神父は後ろへと続く廊下を示す。
「では着いて来てください。」
 そうして着いた先は、二股に別れたT字路の廊下。片方はすぐ行き止まり。そして片方は暗闇へと続いている。
「この先が、貴方の受ける試練です。」
「何があるんですか?」
 神父はただ笑う。
「さぁ、行ってください、トゥール。貴方の『真の勇気』を見せてください。」





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