終わらないお伽話を
 〜 THE FOOL  〜



 トゥールの脇をさまようよろいの剣が通り過ぎる。赤いものが散り、脇腹に熱いものを感じた。トゥールは力技で 鎧の隙間に剣を差込み、そのままひねった。
 鎧が崩れ落ちたのを確認して、トゥールは剣を抜く。四人ならばあっという間に片付く敵も、一人ではずいぶんと手間取ってしまった。
「一人の長所は、どれだけ戦ってもはぐれないってことかな。」
 はは、と笑いながら脇腹から溢れた血を、丁寧にぬぐい、回復呪文を唱え始めた。
(まいったな…。)
 嫌に静かで気がめいる。ひたすら同じような廊下をただ歩き続けていると、もう何年も続けているような気にさえなってくるのだ。
 トゥールは天井を仰いでため息をつくが、誰も何も言ってくれない。
 モンスターと戦って、ようやく声を出す事を思いだしたくらい、ここは静かだった。
 しばらく無言で傷を治し、傷がふさがったところで、勢い良く立ち上がる。
「よし、頑張れ、僕!父さんは一人で旅をしたんだから!」
 腕を振り上げて自分を元気付けると、再び歩き出した。


 セイはサーシャと向かい合うように椅子を動かす。
「で、何から吐く?」
「…何から聞きたいの?」
 少し青い顔で聞き返されて、セイは軽い話題から口にした。
「そうだな、お前、トゥールの事はどう思ってるんだ?」
「…まず真っ先に聞くのがそれなの?」
「まぁ、一応リュシアを応援してたしな。」
「私もそうよ。」
 あっさりとサーシャは答えた。
「信じて貰えないかもしれないけれど、誰よりもトゥールとリュシアがくっつけばいいと思っていたのは、他でもない 私だわ。私はリュシアが好きだし、トゥール幸せになって欲しいと思ってるんだから。」
「お前、あれだけトゥールのこと非難してたのにな。相手がトゥールじゃないほうがいいんじゃねぇの?」
 セイの突っ込みに、サーシャは少し考える。
「…説明はしたいけど、一から説明するのって大変よね。…そうね、昔話になるわね。私が神の子って親から 呼ばれていたの、覚えている?」
「ああ。」
 生まれた時に母親がルビスに『この子を私の子にしてもいいですか。』そう言われた夢を見たと。
「だから、私はきっと、何か特別なことをする人間なんだって子供の頃から言われていたの。…でも、それが 嫌で嫌で、仕方がなかったの。」
「…そうなのか?」
「神の子の証を付けられて。それが苦痛で痛くて苦しくて。どうして私だけがこんな思いをっていつもいつも 思ってた。だから、アリアハンの人間は決して言っては行けないことだけど。勇者の選定の『神の儀式』を終えて。 勇者として選ばれなくてほっとしたわ。3歳だから、その時のことはおぼろげだけれど。」
 サーシャの告白に目を丸くする。
「じゃあなんで、旅をしたんだ。勇者になりたくなかったのに、なんで勇者と一緒に旅をしているんだ?」
「今まで言ってきた事も嘘じゃないの。オルデガ様が生きていると信じて、お会いしたかったのも、賢者になりたかったのも。 …でもトゥール一人に押し付ける罪悪感も、あったかもしれないわ。」
 罪を告白するように、サーシャは少しうつむいた。


 静寂の中、ひたすら歩き続けた。
 そして…しばらく行くと、トゥール自身の血の跡があった。
「…そっか、無限回廊だったんだ。道理で。」
 トゥールは肩を落とす。どうやらずっと同じ所をぐるぐると回っていたらしい。
 その場にへたり込みたくなる。精神的にずいぶんと疲れてしまった。
(父さんも、こんな気持ちになったんだろうか。)
 ずっと一人で旅をしていた父。偉大なる勇者。自分が3歳の時に、家を出て行った。
 同じ勇者を志し、周りの人間から『父のように』と言われ続ければ、父の事をコンプレックスに感じそうな ものだが、トゥールはそう思った事はほとんどなかった。
 父を尊敬した気持ちを持ち続けていられるのは、ひとえに母のおかげだろう。
 そして母は母は決して『父のようになりなさい』と言わなかった。父の素晴らしい部分を毎日のように語り、惚気話 までするような母親だったのに。
 だから子供の自分は、父を尊敬して育った。勇者だと言われて誇らしく思えた。
 立派な勇者になりたい。それがトゥールの一つ目の夢。


 リュシアはぱちりと目を覚ました。どうやらうたたねをしていたらしい。何か夢を見ていた気はするのに、 その夢は思い出せなかった。
(…疲れた。)
 食欲はなかったけれど、ぼーっとしているとまた哀しくなりそうで、リュシアは起き上がって セイが持ってきたフルーツサンドをまではいずって、ゆっくりと口にした。
 フルーツサンドはおいしくて、昔一緒に食べた事を思いだす。
 ぽろぽろと、また涙が溢れる。サンドイッチを口にすると喉が渇く。
 哀しい、哀しい、哀しい。全ての思い出が色あせてしまって、思いだすたびに もうそれが帰っては来ないのだと思うと、寂しくてまた、泣けて来た。
 リュシアは食べることもできなくなり、また声を出さずに涙をこぼし続けた。


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