外で鳥が高く鳴く。何気なく外を見ると、すでに日は中天に差しかかろうとしていた。 「…生け贄ってやつだな。」 「そう。周りの皆は勇者だってトゥールをおだてたけれど、その実心の奥で自分の子供が選ばれなかった事を ホッとしたりしてたんじゃないかしら。…まぁ、勇者になればそれなりに生活も保障されるから親としては どうなのか分からないけれど。」 「残酷だな。」 「当たり前でしょう?だって、あの偉大な勇者と言われたオルデガ様でさえ、8年も前に火山に落ちたと伝えられたのよ? 皆口には出さないけれど、思ったでしょうね。『勇者も死ぬんだ』ってそんな当たり前の事を。」 「それでもトゥールは、勇者となることを選んだ。」 真顔で言うセイに、真顔で頷くサーシャ。 「ええ、それから二年後。トゥールは逃げずに精霊の儀式を受けたわ。私、何度も 神の子から逃げたいと思ったのに、トゥールは逃げなかった。どうしてかなって思ったの。立場は違うけれど 似ているのに…どうしてなのかなって。…だから、私、知りたかった、それを。だから勇者にはなれないけれど、 賢者になればその気持ちが分かるかなって思ったの。」 その言葉を聞いて、サーシャのトゥールへの気持ちが少し分かったような気がして、微笑む。 「分かったか?」 「いいえ、さっぱり。本当に馬鹿だと思うだけ。」 いつも聞く言葉ではあるが、その言葉には温かみが宿っていた。 何もない、だだっぴろい空間。 (一体、何のためにあるんだろう?) 四つある階段。一つは入り口。二つは行き止まり。残るは下に通ずる階段だけだ。 「何かの儀式に使った…とか?」 思わず口に出して苦笑する。自分の声の反響がそこの広さと、そして孤独を教える。 皆の声がしないのが辛い。喜びを、悲しみを、苦しみを分かち合う相手がいないのが辛い。 ”情けないわね、オルデガ様ならきっとそんな孤独、感じてもいなかったに違いないわよ。” もしいたら、サーシャのそんな声が聞こえた気がする。 (まぁ、僕は父さんじゃないし。) 空想の発言に少しひねくれた答えを返し、笑みを浮かべて階段を折り始めた。 階段を降りた先は、T字路の通路だった。トゥールはホッとする。あの広い空間は、思ったより堪えていたらしい。 少し考えて、とりあえず南へ曲がる。あまり意味はない。勘というやつだった。 サーシャはミルクの残りを飲み干した。ずいぶんとぬるくなっていて正直あまりおいしくはなかったが、 話しすぎた喉の癒しには十分だった。 「しかしなら、なんであんなにきつく言うんだ?サーシャはトゥールを認めてるのか?認めてないのか? …俺としちゃ勇者としちゃ立派にやってると思うが…オルデガがそんなに立派だったのか?」 「まぁ、オルデガ様は立派だったわよ。あの貫禄、気品はトゥールには生涯かけても叶わないでしょうね。」 「そこが好きなのか?…好きと言うより崇拝しているって感じだがな。」 セイの言葉に、サーシャは少し考える。 「そうかもね。でも初恋って言うのは、そういうものじゃない?」 「さぁ?俺初恋まだだし。」 セイの言葉に、サーシャは微笑する。 「何の冗談よ?好きと言うより憧れね。…私の代の勇者がオルデガ様なら良かったのに。そうしたらトゥールにも もっと優しくできたのに。」 「なんでだ?」 「だって、オルデガ様にはおばさまがいるもの。」 奇妙な言葉を聞いた。 「は?なんでだ?意味分からないぞ。」 「…そうよね。なんでかしら?」 サーシャも心底不思議そうに首をかしげる。 「なんだそれは。」 「なんだかそう思ったのよ。でも、理由なんて多分ないってことよ。それにおばさまって素敵な方だから、 きっとそういう意味だと思うわ。」 それ以上疑問に思う事をやめ、サーシャはにっこりと美しく笑った。 ”ひきかえせ” 「うわ!なんだ!」 細い廊下。静寂の中、不気味な声がトゥールの耳に届いた。とっさに周りを見渡すが、当然だれもいない。 「…なんだろう…?」 警戒しながらも、また前に進む。少し行くと。 ”ひきかえした方がいいぞ” 「うわ、また!」 周りを見回すが、当然誰もいない。あるのは、壁に埋め込まれた、人面のレリーフだけだ。 「…?これ?」 前を見ると、ずらりとこのレリーフが並んでいる。そちらに注目しながらも進んでみる。 ”ひきかえせ” 「…やっぱり。それにしても悪趣味だなぁ。」 あまり趣味の良い顔とも言えないし、通る旅に青く目が光り、不気味な声を出すというのも悪趣味のきわみだ。 だが、仕掛けが分かればなんてことはない。狭い通路なので聞かない様に、というのは無理なことだが、気にするほどでも ないだろう。 …しかし、それはトゥールの見通しが甘かったと言える。 ”ひきかえせ” ”ひきかえせ” ”ひきかえせ” 静寂に包まれた洞窟で、ただひたすら間近にその声を聞かされる。それはまるで呪いのように。 ”ひきかえせ” ”ひきかえせ” ”ひきかえせ” 繰り返し繰り返し、感情のない声が脳髄を揺さぶるように、気力を奪っていく。 気が狂いそうだ。いや、ここにいるのは、すでに狂人なのかもしれない。世界を救うなどと夢を見ている狂人。目の前に いるのは、本当に魔王なのだろうか。それとも、何か別の物なのかもしれない。 トゥールは歯を食いしばりながら先へと進む。 …そこには、なにもない壁があった。 「…なんだ、これ。」 横のレリーフが青く光る。 ”お前の意思の強さだけは認めよう。だが、むこうみずなだけでは勇気があるとは言えぬ。時に 人の言葉に従うことも、また勇気なのじゃ。” 「…なんだよ、それ。」 つぶやいたトゥールの声に、レリーフは答えない。 (…もう、片方の、道…) よろよろと引き返すトゥールに、レリーフは反応しなかった。 |
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