終わらないお伽話を
 〜 たったひとつの勇気 〜



 サーシャの悲鳴が、ゆっくりと消えていく。
 だが、空に消えたとしても、セイの頭の中には、サーシャの声がこびりついている。
 ”私は、…私は『勇者トゥール』が…怖いの!”
 青ざめた顔。かすかに震えた指。そのサーシャの表情とトゥールの顔はどう見ても一致しない。
「…怖い?トゥールが?」
「…違うわ、トゥールは別に怖くないの。…普通に話しているのなら平気よ。 でも…トゥールが、勇者になったら、私は死んでしまう。だから私は、トゥールを勇者だと 認めたくないの。認めると、怖いから。」
「は?」
 セイは目を丸くする。訳がわからない。大体トゥールはすでに勇者のはずだ。
「なぜだか分からないわ。でもそう感じるの。…だから、私は…トゥールを…。」
「刺したのか?」
「ええ…。反射的に。…そうしなければ、私が死んでしまうと、感じてしまった。」
 深く懺悔するように、サーシャは息を吐いた。
「…俺は、てっきりもう一人のお前がいるのかと思っていた。」
「もう一人?」
「ああ、オーブの事を言った時に出てきただろう?多分、もう一回、俺は会ってる。」
 ポルトガで、勇者の事を語っていたサーシャ。…その時だけ、口調がどこか違った。
「そうなの?…私は覚えていないけれど…、でも、そうなのかもしれない。私の中にもう一人いて、それが トゥールを怖がっているのかも知れない。…わからないけれど。でもどちらにしても、私だわ。 …トゥールを刺したのも。…本当なら、私は一緒に旅をしないほうがいいのかも、知れない。」
「死ぬのが怖いならこんな危険な旅に、出ないほうがいいとは思うが。」
 セイがそう言うと、サーシャはいやに真面目な顔をした。
「命を落とす事は怖くないわ。怖いのは、誰からも『私』という存在を忘れられること。 それが怖いわ。…そうなった時、私は死ぬということなの。」
「どういう意味だ?」
 サーシャは少し考えて、宿屋に飾ってあったオルゴールを手にとって螺子を回す。美しい音楽が当たりを満たした。
「…たとえば、このオルゴールが壊れてしまっても。この箱を見てこの音楽を思い出せれば 、このオルゴールはまだ生きている。けれど、壊れてしまったから中のオルゴールを取り出して別の 物に変えてしまえば…それはもう、元のオルゴールは死んでしまったことになると思うの。」
 セイはやっぱり理解できずに首をかしげる。しばらくして止まったオルゴールを見て、サーシャはつぶやく。
「…歴史に名を残したいとかそんなことは考えないけれど、あの場にいても、 私はきっとそのうち、『神の子』としか見て貰えなくなる気がして。」
 サーシャは空を見た。天に地に海におわす創生の精霊女神ルビス。その導きは、自分をどこに連れて行くのか。…それとも 消してしまうのか。


 リュシアは、サンドイッチを置いてもう一度ベッドへと戻った。
(リュシアと、旅、できないと言われたらどうしよう…。)
 ここで旅をやめてしまうことが、リュシアには今一番怖かった。
(…頑張らなくちゃ、駄目。リュシアには、もうない。)
 とても辛いけれど、疲れているけれど、頑張らなければならないのだ。
 泣かないように、笑えるように。
 ほてるまぶたをそっと押さえて、リュシアは大きくため息をついた。


 もう、動く気力は残っていなかった。トゥールはその場にうずくまっている。
 このままリレミトを唱えて帰ってしまいたかった。もうこんな空間にいたくない。
 もし、この先を進んで、何もなかったら?そこには絶望しかない。そうすれば、もう立ち上がれない気がする。
 リュシアの声が聞こえる。
 ”…ひきかえしたほうが、いい。どうせ、無駄。”
(…そう、かも…な…。)
 その通りかもしれない。先に旅立った『勇者』もそれを証明している。火山に落ちて死んでしまったことで。
 セイの声が聞こえる。
 ”ひきかえしちまえよ。どうせ何もないだろう?お前には無理だったんだよ。”
(…僕、一生懸命歩いて…頑張ったんだけどな…。)
 例え勇気を振り絞っても、結果が伴わなければなんの意味がある?それは勇気とは呼ばない、ただの蛮勇だ。
 サーシャの声が聞こえる。
 ”無理に決まってるじゃない、だってトゥールに勇気なんてこれっぽっちもないわ。引き返しなさいよ。”
(…………………でも、僕は。)
 それは、あんまりにもいつもどおりで。だからこそあんまりにも違和感のある言葉。
「でも、僕は行くよ。」
 トゥールはようやく立ち上がって歩き出した。
 ”ひきかえせ”
 レリーフはそう言ってくる。だが、トゥールは立ち止まらなかった。
「…確かにこの先には何もないのかもしれない。でも、僕はそれを確かめたい。 だから確かめる事に意味があるんだ。だから、引き返さない。自分で決めた事を、実行して、 たとえ結果的に無駄でも、そのやろうと決めた事、そしてそれを歩いて確かめた事は絶対無駄じゃない。 それを、僕の勇気だ。」
 いくつかのレリーフを通り、通路の終着点には…宝箱があった。トゥールはそれをゆっくりと開ける。
「…ブルーオーブ…。」
 きらきらと光る青い真球は、確かにトゥールの勇気の形だった。


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