気が付くと、昼をとうに過ぎていた。
「…ごめんなさい。こんな長々と付き合わせて。」
「いや。聞いたのは俺だからな。トゥールにも言っておけよ。本当なら俺よりトゥールが聞かないといけないことだろ。」
「多分、トゥールはうすうす気が付いていると思うけど。… 私は、トゥールを勇者だとは認めないけど。人を見る目だけは確かだと思うわ。」
 サーシャはやわらかく笑う。セイは一瞬目を見開いて、少しうつむく。
「…それ直接本人に言ってやれよ。そろそろ昼飯の時間だな。」
「そうね、その前に、リュシアに会ってくるわ。」
「…大丈夫なのか?というかどうするつもりなんだ?」
 セイは微妙な顔をする。サーシャも少し苦い顔をしていた。
「怖いわよ。…でもリュシアに任せるわ。リュシアが私を責めたいなら…甘んじて受けるつもり。 リュシアがしたいようにして欲しいの。」
「それはそうだけどな。お前を見て、なおさら落ち込まないといいんだがな…。」
 心配するセイに、サーシャは小さく笑いを浮かべる。
「私が言うのもなんだけれど、一度振られたからって諦める必要ないと思うのよ。 一度告白されて、相手を意識するなんてこと、よくあるじゃない?…純粋に頑張って欲しいと思うけど、 この気持ちに利己的な思いが入っている事が否定できないのが嫌ね…。」
 それでも、リュシアには幸せになって欲しい。サーシャはそう小さくつぶやいて、セイの横をすり抜けて部屋を出た。


 ノックの音がして、リュシアは布団の中から返事をする。
「…ん。」
「リュシア、私よ。入るわ。」
 サーシャの声に、リュシアはちいさく震えた。セイだと思っていたので、心の準備ができなかったのだ。
 扉が開くが、リュシアは顔を上げずに、布団の中にもぐったまま動かずにいた。
「…リュシア、セイから聞いたわ。」
 その言葉に、リュシアは泣きだしそうになる。全部、サーシャは知ってしまったのか。リュシアはどうして良いか 分からず、混乱した頭を抱えた。
「具合、悪いんですって?大丈夫?」
「……え?」
 思わず顔をあげると、心配そうな顔をしたサーシャが顔を寄せていた。
「ごめんなさい、気が付いてあげられなくて。最近ずっと調子悪かったものね。熱でも出た?それともだるいだけ?」
「………。」
「熱はないみたいね。旅の疲れが溜まったのかもしれないわね。…どうか、したの?」
 ぽかんとサーシャを見つめるリュシアに、サーシャが真剣な顔をして覗きこんできた。リュシアは首を振る。
「…だいじょうぶ。寝てたら、治った、から。」
「でも、ご飯残してるわよ。ごめんなさい、回復呪文じゃ治せないの。今日はどうせお休みだし、ゆっくり寝ててもいいのよ。 何かして欲しい事があるなら…なんでも言って。」
 リュシアはにっこりと笑う。心で胸をなでおろした。どうやらセイは上手くごまかしてくれたらしい。
(…大丈夫、かな。リュシア、まだこのパーティーに、いられるかな。)
「平気。……お昼食べたら、トゥール、迎えに行きたい。」
 リュシアのその言葉に、サーシャは頷く。
「分かったわ。リュシアは強いわね。辛かったら私に言ってね。何時でもいいから。なんでも聞くから、無理はしないでね?」
「ありがとう、サーシャ。」
「…着替える。食堂で待ってて。セイは?」
「さぁ、分からないけど。朝会ったっきりね。もしかしたら外のお友達の所かも。じゃあ、下で待っているわ。この サンドイッチ、もう食べないなら持って行くわよ?」
 リュシアは頷く。サーシャは置いてあったトレイを持ち上げ、そのまま部屋を出て行った。

 扉を閉めたとたん、ほっと息をつく。
(普通にできていたかしら?)
 少し赤く腫れた目。疲れた顔。…笑っていたけれどその笑顔の裏でどれだけ傷ついていたのだろうか?
 リュシアはきっと自分の顔を見ただけで傷つくのだろう。何もできないことが辛かった。リュシアが、なかった事を 望むならサーシャは知らないふりをしようと思った。
 それがサーシャがリュシアの為に今出来る、たった一つの事だと信じていた。


「心配したぜ!でも無事で良かった!」
 神殿に帰ったトゥールを出迎えたセイの声に、トゥールは涙が出そうになった。
(そうだよな、あんなこと言わないよ。)
「無事に帰ってきたのね。お帰りなさい。」
「トゥール…お帰り。」
 二人の声に、一瞬びくっとするが、二人ともいつものように笑っている。まるであれが夢だったのではないかと 思うほど。
「これこれ、仲間内で騒ぐのは後にしてください。ともかく、よく、無事に戻られましたね。どうです?一人で寂しくは なかったですか?」
「はい、寂しかったです。」
 トゥールは素直に頷いた。セイたちが、少し顔を見合わせる。
「そうか…では貴方は勇敢でしたか?」
「…わかりません。ここの…皆の求める勇敢さを僕が持っているかはわかりません。 真の勇気がなにかもわかりませんでした。でも、僕には僕の勇気があって、 それを持っているかと言う意味なら、僕は勇敢だったと思います。」
「そうか、ではお行きなさい。その勇気を持って、どうか世界を救ってください、勇者トゥール。」
 神父は深く一礼をした。


 トゥールは洞窟の中の事を簡潔に話し、ブルーオーブを見せる。
「そんなわけで、はい。これ、ブルーオーブだよね。」
 サーシャがじっと眺めて頷いた。
「ええ、間違いないと思うわ。」
「…トゥール、凄いね。お疲れ様。」
「なるほどな。そういや、青は勇気、だっけか。」
 ひとしきり感心する三人に、トゥールは明るく笑う。
「まぁともかく、もう二度とごめんだよ、あんなこと。今日は疲れたよ。まだ早いけど寝ちゃおうかな。」
 トゥールがそう言って伸びをした時、目の前を通りかかった人物が立ち止まる。
「ん?セイじゃねーか。そのようだとトゥールさんは試練をクリアされたようですね。おめでとうございます。」
 そう声をかけてきたのはベンノだった。
「ありがとうございます。」
「おう、…なんか分かったか?」
 セイが後半声を潜めてそう言うと、ベンノも近くに寄ってきた。
「悪いが、オーブに関する事は良く分からなかった。…そうだな、役に立つかわからないが、ポルトガから南、ネクロゴントの 近くに、大昔魔王と戦った一族の末裔が住んでるって話だ。」
「大昔に魔王と?!…それはバラモスとは違うのかな?」
 トゥールの言葉に、ベンノはすまなそうに頭を下げる。
「さあ…そこまでは…、なにせ大昔ですから…。では頑張ってください。」
 ベンノはそれだけ言うと、足早に道具屋へと歩いて行った。


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