宿屋の自分の部屋に戻ったとたん、トゥールは眠気が襲ってきて、ベッドに横になってそのまま熟睡してしまった。
 そして目が覚めると…また中途半端な時間だった。お腹が減っているが 食堂はすでに閉まり、せいぜいつまみしか出ないようなそんな時間。皆もとうに食事を済ませてしまっただろう。
 とりあえず汚れた服を取り替え、シャワーを浴びたところでドアがノックされた。
「起きてるよー。」
「おー、セイ様のメシ宅配便だ、開けろ。」
 セイの声に、トゥールは扉の鍵を開ける。
「わざわざありがとう、お腹空いてたんだよ。」
「気にすんな。今日、三人目だ。」
 鶏の木の実ソースがけとサラダ、かぼちゃのスープにパンという豪華な食事に、トゥールは目を輝かす。
「まぁ、食えや。」
「うん、いただきます。」
 そう言うが早いか、トゥールは凄い勢いで食事を始める。考えて見れば、朝軽いパンをかじったっきり何も 食べていなかったのだ。
 セイは向かい側にすわり、それを黙って見ていた。最初は食べる事に夢中で気にならなかったトゥールだが、 多少腹が満たされると、その視線が気になった。
「どうかした?」
「いや、俺はメシのまずくなるような話をしに来たんだ。とりあえずそれ、全部食っちまった方がいいと思うぜ。 食べながらでもいいけどよ。」
「うーーー。…食べるよ。」
 心当たりがありまくるトゥールは、食事の没頭することにした。おいしい食事はおいしく食べてしまいたい。
 そして最後の一口を口にすると、トゥールは自分から口火を切る事にした。


「ありがとう、セイ。リュシアがいつもどおりなのは、セイのおかげだよね?」
「ああ…と言っても俺はなんもしてねぇよ。ただ泣き疲れたのを運んだだけだ。あとはサーシャが上手く片付けてくれたみたいだ。」
「サーシャが?…セイ、サーシャに何か言った?リュシアが、何か言ってた?」
 恐る恐る聞くトゥールに、セイは事実を伝えた。
「いんや、俺はなんにも言ってねぇよ? リュシアも何も言ってないはずだ。まぁサーシャが何か察してるかも知れねぇけどな。」
 その言葉に、トゥールは胸をなでおろす。その様子に、セイの目がつりあがる。
「お前、まずそれかよ。自分はあんな最悪な振り方しておいて、自分の事を気にするのかよ。リュシアはずっと お前の事が好きだったんだぞ?」
「セイは知ってたの?」
「知らなかったのはお前くらいだよ。」
「…教えてくれたら、あんなに傷つけなくて済んだかもしれないのに。」
 恨みがましく言うトゥールの頭を、セイは力強く握る。
「…じゃあ、お前の気持ちを、サーシャに、俺が、言ってやろうか?!」
「痛い痛い!…僕が悪かったよ。…でも、僕は最悪な振り方したとは思えないんだけど…?」
 セイは一度頭を解放すると、今度はトゥールのこめかみに中指の関節を力いっぱい押し付ける。
「あのな!あれじゃ、お前の事恨めないだろ?!自分を責めるか、サーシャを責めるかしかできねぇじゃねぇかよ! 自分を憎ませもせず、惚れた女に矛先を向くような事をして、どうするつもりなんだよ!振る時の鉄則は 言い訳しないで、自分を憎ませるように盛大に振ってやるのが礼儀ってもんだ!!」
「でも、僕はリュシアを大事に思ってるから、嘘つきたくなかったんだよ!ちゃんと誠実に 答えたかったんだよ!」
 その言葉に、セイは呆れながら、こぶしを離した。

 ようやく解放されたものの武闘家に思いっきり押さえつけられ、トゥールは痛さのあまり頭を抱える。
「…そりゃあ、僕は鈍いし傷つけたと思う。憎まれるのは別に良いけど、 でもだからって憎ませるために嘘をつくのってどうなのさ…?サーシャの 名前を出したのはまずかったかもしれないけど、嘘ついてごまかしたら、 余計傷つけるよ。僕はそんなの嫌だ。」
「そういうの、馬鹿正直って言うんだぞ…?まったくこんなののどこがいいんだ、リュシアは…。 リュシアのどこが不満なんだよ。あんだけアプローチされててわからないってお前、どんだけ鈍いんだ?」
 セイの言葉に、トゥールは妙に真面目な顔になる。
「じゃあ逆に聞くけど、セイはヤヨイさんをそういう目で見られるの?」
「…そりゃぁ…俺と弥生は兄妹だからな。」
「僕だって同じだよ。血のつながりなんて関係ないよ。僕の中ではリュシアは妹ってカテゴリーに入ってたし、 リュシアも僕を兄だと思ってるんだと思ってたんだ。不満があるとかそういうのじゃないんだよ。」
 ちょっと落ち込むトゥールに、セイは頭を掻く。
「そんなもんか?」
「だってその、男だと意識してる人間の寝床に忍び込んで来るなんて思わないじゃないか。」
 その言葉には一理あるような気がしたが、セイはあえてコメントしなかった。
「振っておいてその言い草はない気もするがな。…一度殴っていいか?」
「…できれば遠慮したい。でも、殴られたら楽かもしれないな…。」
 そう言いながらもリュシアへの罪悪感に、トゥールは机に頭を横たえた。


 セイは、トゥールの頭を軽く小突く。あえて知っている事を知らぬ振りをして聞くことにした。
「今回のことで恩はちゃらだ。とっとと吐きやがれ。お前、サーシャのどこがいいんだ?なんで お前はサーシャに命を狙われてる?」
「どこが良いって言われても…。」
「顔か?」
「違うよ!!」
 トゥールは顔を起こして怒鳴って、しばらく考える。少し考えて、とりあえず答えやすい答えから答える事にした。
「…触れられるのが、嫌なんだと思う。」

「は?!」
 予想外の答えに、セイは素で聞き返す。
「後半の話。初めて、その、殺されたかけたのは、11の時だったんだけど。 サーシャのお母さんが泣くなって、ずっと泣いてたから慰めようと肩に触れたらがけに突き落とされたんだ。 しばらく硬直してたけど、後でちゃんと助けてくれたけどね。」
 そんな思い出を、むしろいとおしげにトゥールは語る。
「だから、この間で三回目なんだよね。ほら、両方とも助ける時に触れちゃったし。」
「ああ、そう言えば…。」
 逆に言えば、その時以外にトゥールがサーシャを触れた事がなかったなと思う。『怖い』のかと 納得する。
「詳しい事は聞いてないや。僕もなんだか聞くのが怖くて。…多分触れられたくないんじゃないかなって 思うし。」
 セイはサーシャの叫びを思いだした。
「…なるほどなぁ。…今度から触れないように助けろよ。刺されてるところは見たくないからな。よく 触ってまで助ける気になるな。」
「だってさ、気持ちいいんだよね、触ると。」
 正直なトゥールの言葉に、セイは笑う。
「まーな。女の感触ってのは独特だよな。まして好きな女ならなおさらだ。髪とかさらさらだしな。」
「そうじゃなくて。…サーシャに触ると、脳髄から 溶かされるような快感があるんだ。昔は、よく手とか握ってたんだけど…サーシャが突然嫌がるようになって。 多分、サーシャはその感触が嫌なんだと思う。」
 もう一度目を見開いた。
「…そうなのか?」
「うん、正気を失いそうなほど。麻薬ってあんな感じなのかも。でも、サーシャには多分、別の 感覚なのかなぁ。嫌がる事はしたくないしね。…あ。」
「どうした?」
 変な声をあげたトゥールに、セイは体を起こす。
「サーシャの好きなところ。一言で言えば、多分その強さなんだと思う。」


 トゥールは微笑む。昔を思いだして。
「…僕を僕として見てくれる。言い方はきついけど、いつも僕の選択を聞きなおして… なんていうのかな、決心を促してくれてる。と思う。僕の気のせいかも知れないけど。」
 セイはぽかんとしてトゥールを見た。
(わかってる、のか?)
「僕ってさ、普通だから。」
「あ?」
「ほら、サーシャみたいに美形でもないし、リュシアみたいに魔力がすごいわけでもないし、セイみたいに顔が 広いわけでもないし…父さんみたいに風格とか貫禄とかそういうものもないし。」
 トゥールは柔らかく笑う。
「でもさ、こんな僕を皆が勇者だっておだてるんだよね。そんな時さ、 ひねくれたくもなるし、調子に乗りたくなるし、落ち込んだりもするし。 なんかそう言う時にサーシャが言ってくれるとさ、我に帰るんだよね。 うん、それだけじゃないけど、そう言うところかな。」
 分かっているのだと、例え言葉にしなくても伝わっているのだ。セイは、トゥールの額を軽く小突く。
「なにさ。」
「いーや、俺はもう寝る。…リュシアは多分、なかった事にして欲しいみたいだ。嘘が嫌だとか 阿呆なこと言わずあわせろよ。」
「うん、分かってるよ。おやすみ、セイ。」
 後ろ手に手を振って、セイは大きく伸びをする。
 疲れた一日の終わり。明日からは、また新たな気持ちで迎えられそうだと思った。


 お疲れ様でした!!長かったランシール編がようやく終わりました。神父のキャラが大幅に違う事は内緒。
 これでおおまかに隠されていた事は全部出し切ったかと…。もう、一気にネタばらししてすみません。 ついてこられました?
 リュシアの告白はなかったことになりましたが、本人の希望なので …。この先もとりあえず四人でぎこちない旅を続ける事になりそうです。

 
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