”我ら一族は、闇の一族なり。闇を愛し、闇を祝福する。そしてその闇から人々に安らぎを与える、優しき闇の一族なり。” 船はランシールから出て北西。風が強く順調な船旅は…。 (…つ、疲れるわ…。) サーシャは船べりに体をもたれさせて、ぐったりとした。 トゥールとリュシアのぎこちない空気。二人ともいつもどおりを装っているのに、流れる空気がどこか冷たい。 リュシアはいつもトゥールにべったりとしていたのに、今はそれがない。こんなことは 初めてだった。 いつものくせで、そっと手を伸ばそうとして引っ込めるリュシア。頭を撫でようとして我に返るトゥール。セイは ともかくサーシャは知らないことになっているのだ。それを見て、どう反応していいのか困ってしまう。 恋愛経験はともかく、人を振った事なら星の数ほどある。真剣な人間も遊び人もいたが、これほど 近しい人間の恋愛のいざこざには関わった事がない。 (…もしかして私も、これまでトゥールやリュシアに迷惑をかけていたのかしら…。) もしそうなら、これも因果応報なのだが。そう思いつつそのまま座り込んで、空を眺めた。 「…何してるんだ?こんなところで。」 そこにセイが覗きこむ。サーシャから自然に笑みがこぼれた。 「…なんだかセイの顔を見ると、ホッとするわ。」 「なんだ?…ついに俺の魅力に目覚めたか?なんなら俺と付き合うか?」 「…それも、いいかもね…。」 ごん、と船べりに頭をぶつけたセイが、呆然とした目でサーシャを見た。 「…凄い音したわね。」 「…本気か?」 その様子にサーシャが声をあげて笑う。 「そんなに驚くなら言うのやめればいいのに。ただ、もういっそそうしたら、色々悩まなくても済むかなって逃避ね。」 「…辛いか?」 「平気。リュシアはもっと辛いもの。」 そんなサーシャの頭に、セイはぽんと手を載せる。 「ま、辛かったら俺の所来いよ。俺は完全に無関係だから、気が楽だろ。」 「ありがと。…私、リュシアが落ち込んでいるのに慰めることもできないの。そっちの方が 辛いわ。わがまま言って、いつもリュシアに支えて貰っていたのに、それを返す事ができないのよね。」 自分が話しかければ、リュシアはきっと更に辛くなる。かといって避けるわけにも行かず、いつもどおりに接する事。 …そんなことしか出来ない、自分の無力さが辛かった。 セイは海を見る。それはどこまでも青く、深い。 「ま、時間が解決してくれるだろ。失恋の一番の薬は時間なんだとさ。」 「経験論?」 「いや、俺、初恋まだだしなぁ。」 「…私もオルデガ様に失恋って言うのもないし。振った事はたくさんあるけれど… 仮に相談されても私、気の効いた事言ってあげられなかったわね、きっと。」 「何の話?」 顔を上げると、トゥールが走り寄ってきた。 「トゥール、船は大丈夫なの?」 「今は直進だからね。このまま行けば明日の昼前には目的の大陸に付くと思う。で、父さんの名前が聞こえたけど。」 「ああ、恋愛の話だ。俺がサーシャ口説いてOK貰ったから、とりあえず過去の恋愛の話してた。」 セイがさらっと言った言葉に、トゥールは凍りつく。 「まぁそんな感じね。といっても私恋愛経験あんまりなくて恥ずかしいわ。そんなわけでセイ、お手やわらかに頼むわね? それじゃ、私食事当番だから。」 サーシャがさわやかに笑って止めを刺すと、そのまま立ち上がり、厨房へと向かった。 「ええ、と、本当なの、セイ?」 「俺とサーシャには恋愛感情はお互いないけどな。…この先は知らないが。ま、頑張れや。」 セイはにっこりと笑うと、トゥールの肩をぽん、と叩いた。トゥールは苦虫を噛み潰した表情で、セイと、サーシャの後姿を みつめた。 魚に味を付けていると、厨房のドアがノックされた。 「誰?」 「…サーシャ、暇。手伝っても、いい?」 ドアから顔を半分覗かせて、リュシアがおずおずと尋ねてきた。サーシャは満面の笑みで答えた。 「ありがとう。今日は魚のムニエルなの。私今、下ごしらえしているんだけれど…。」 「…リュシアスープ作って良い?」 「ええ、お願いするわ。」 サーシャの言葉に、リュシアが厨房に入る。リュシアの手に包丁が握られ、玉ねぎが刻まれはじめた。 調理をしながらも、サーシャの顔に笑みがこぼれる。リュシアがこうして尋ねてきてくれたのが嬉しかった。 「嬉しいわ、リュシア料理上手だものね。ルイーダさん直伝よね?」 「うん、ママ料理上手。」 「リュシアも上手よ。私の料理と違って、いくら食べても飽きないのに華があるのよね。 食べたらすぐわかるわ。」 (そう言えば、最近毎日食べているような…?) ふと思い返して見れば、ランシールを出てからと言うもの、献立のどこかにリュシアの味があった気がする。 「…ママと料理するの、楽しかったから…。」 (もしかして、じっとしていられないのかしら…?) じっとしていると、考え込んでしまうのかもしれない。 魚の下ごしらえを終え、サーシャはにんじんを剥き始める。 「私は母さんがいなくなって、必要に駆られてやっていただけなのよね。父さんが下手だったのよ、料理。ふふ、 私がいなくなってどうしているのかしら。」 「………そうなの。」 リュシアが力強くぐるぐるとおたまでスープを掻き混ぜ始めた。 その様子が何か、落ち込んでいるようにも不機嫌そうにも見えて、サーシャは焦る。 (…なにか、私、まずい事を言ったかしら…?) 謝ろうにも何が悪かったのか分からない。それに、もし今の会話ではなく、トゥールとのことを思いだした だけなら、触れられたくないはずだろう。ただの気のせいという可能性もあるし。 「…サーシャ、にんじんの皮、分厚い。」 はっと手元を見ると、剥いた皮が、掌ほどの厚さだった。 「あ、ごめんなさい、ありがとう。」 「怪我する。あのね…サーシャ、この間手に入った、銀の髪飾り、もらってもいい?」 「あ、うん、あれ、私より絶対にリュシアの方が似合うと思うわ。」 「サーシャははくあいリング、似合うと思う。」 そうしてサーシャは結局その件には触れずに、料理を作り続けた。 この日の行動を、サーシャは後でひどく悔いる事になる。 |
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