森の奥深く。川の側にあるその村に四人がついたのは、夕闇が降りてまもなくの時だった。
「…今日はお祭かなにかかしらね?」
「さぁ?」
 首をかしげるトゥールたちに、村人が声をかける。
「テドンの村へようこそ!」
「なんか、店、開いてないか?」
「村の人たち、たくさん外にいる。」
 そこかしこに置かれた灯り。そしてまるで昼間のように、村人たちは外に出て、普通通りの 生活をしている。
「まぁ、そういう風習なのかもしれないし。うーん、先に宿をとりたいけどここの人たち、いつまで 外に出ていてくれるかなぁ。」
「リュシア、宿取ってくる。」
 周りを見渡して、宿が一つしかないことを確認すると、リュシアはその宿を指差した。
「じゃあ、私も行くわ。トゥールたちは聞き込みしていて。終わったら合流しましょう。」
「分かった、頼むな。」
 リュシアとサーシャが宿に向かったのを確認すると、セイは周りを見渡して近くを歩いていた女性に声を かけた。


「なぁ、チョコレートの髪の彼女、ちょっといいか?」
「なぁに?」
 そう笑いかけてきた女性の顔を見て、セイは一瞬考える。その笑顔がどこかで見た事があるような気がした。
「…どこかで会った事ないか?」
「会った事ないと思うけれど?やーね、坊や、ナンパ?」
 チョコレートの髪にセピア色の目のその女性は、見たところせいぜいセイより2つくらい上に見える女性だった。 年上にも関わらず、可憐でどこか幼い印象があった。
「…坊やはひどいな。これでも俺は18で、女性をエスコートするくらいは出来る年齢だけどな。」
「あら、私より4つも下じゃない。嬉しいけど私、夫も子供もいるから。」
「ああ、それは残念だな。でも別にナンパじゃない。ちょっと聞きたい事があってな。」
 横でこの様子を眺めていたトゥールが、さりげなく割り込む。
「あの、この村の人たちは夜でも起きてるんですか?」
「ええ、そうよ。私達は夜と闇を愛する一族だから。」
「…闇を?」
 闇と言えば、モンスターの世界。あまり良い印象がない。
「ええ、確かに怖い事もたくさんあるけれど、でも夜が来るとやすらげるでしょう? 水でも火でも、優れた面と共に恐ろしい側面もあるわ。それに魔力は 闇から生まれるとも言われているわ。だからこそモンスターは暗闇を好むとも言われているしね。」
「まぁ、俺も、強い日差しは苦手だ。日陰なんかもホッとするな。」
 セイの言葉に女性は嬉しそうに頷く。
「そうね、日差しも闇と言えるかもしれないわ。私達は昔から、その優しい闇を愛して感謝してきた一族なの。」
「あの、その昔の事で、お尋ねしたいんですけど。その、昔魔王と戦った一族だって聞いてきたんですけれど…。」
 トゥールの言葉に、女性は目を丸くした。
「貴方たち、何者なの?どうしてそれを知っているの?」
「…僕、勇者なんです。それで…。」
 その言葉に、女性は息を飲んだ。
「…そう、勇者。ついにこの時が来たのね…。 魔と戦ったのは、正確には私たち一族の始祖よ。…詳しい話が聞きたいなら長老のところに行くべきだわ。私、案内するわ。」
「あ、ちょっと待ってください、仲間があと二人いるんです。」
 そう言って、トゥールが宿屋の方を向いた時、一人の男性がこちらに向かってきた。

「アレシア、こんなところで何をしているんだ?」
「エニアス、勇者がこちらに尋ねていらしたの。これから長老の所に案内するところよ。」
「勇者が?…そうか、ついにいらしたか。」
 そう言って頭を下げた男性は、おそらくアレシアと言う名の目の前の女性の夫なのだろう。セピア色の髪に黒い瞳。どこか誠実そうな 若い青年だった。
「初めまして。アレシアの夫です。私もご一緒しますよ。アレシア一人では心もとないからな。」
「まぁ、失礼ね。でもちょっと待って。お仲間がいらっしゃるそうなの。」
 笑いながらアレシアが言った時だった。後ろから足音が聞こえた。
「ごめん、お待たせ。何か聞けた?…初めまして。」
 サーシャがアレシアとエニアスをみつけ、頭を下げる。すぐ後ろから来たリュシアも無言で頭を下げる。
「うん、こちらのお二人が詳しい事を知っている長老の所に案内してくださるって…、どうかしましたか?」
 トゥールがアレシアを見ると、何故か目を丸くしていた。その目線の先には、リュシアがいた。


「…エリューシア?」
「?」
 アレシアの言葉に首をかしげるリュシアに、アレシアは近寄ってリュシアの顔を手で包み込んで見つめた。
「やっぱり…やっぱりそうよ、この子は私の、私たちの子のエリューシアよエニアス!ああ、こんなに素敵な女の子になって…。」
「…リュ、リュシアは…、その…。」
 涙ぐむアレシアと、困惑するリュシア。その側にエニアスはそっと近づいて尋ねる。
「アレシア、落ち着いて。ほら、困ってるじゃないか。間違いだったらどうするんだい?リュシアちゃんと言うのかな?ごめんね。 君のご両親は?」
「…ごめんなさい。あの、私、事情で子供を手放しているの。」
 優しく見つめるエニアスとアレシアに、リュシアはまごまごと答える。
「…いないの。リュシア、捨て子だったから…。」
「ああ、やっぱり貴方は私の子のエリューシアよ。見てすぐ分かったわ。その目がエニアスそっくり。 ごめんなさい、育ててあげられなくて。でも、こんなに立派になって来てくれるなんて…。ずっとずっと、 会いたかったの…、愛しているわ、エリューシア…。」
 盛り上がるアレシアに、困惑するリュシア。そしてトゥールたちも混乱していた。
「ちょ、ちょっと待てよ。その、何か証拠みたいなものはないのか?何か生まれつきのほくろだとか、そういうもんが ないと、いきなり親子って言われても困るだろ、リュシアも。」
 そう言いながらも、セイは気が付いていた。アレシアがリュシアにとてもよく似ていることに。
 エニアスとアレシアは胸元から掌くらいの木のプレートを取り出した。リュシアがそれを見て、震えた。
「…それ。」
「テドンの村人なら誰でも持っているお守りなの。子供が生まれる前に親が彫って、生まれた時に渡すの。私も、 手放す時にエリューシアに持たせたわ。ねぇ、見覚えはない?」
「古い文字でテドンに昔から伝わる言葉と、エリューシアの名前が彫ってあるはずだよ。…持っているかい?」
 リュシアは取り出す。…旅立ちの前に、ルイーダが渡してくれた木片を。 エニアスとアレシアが持っている物と同じ物だった。
”エリューシア=ハギア=メドゥ=エレブス”
 表にそう刻まれているのを見て、四人が息を飲む。
「…リュ…私の、お父さんとお母さん?」
「…ああ、エリューシア…」
「僕達の元に来てくれたんだね、エリューシア…。」
 エニアスとアレシアが、リュシアを抱きしめて涙をこぼす。リュシアもそっとその腰に手を伸ばし、ぽろぽろと涙をこぼす。
「お父さん、お母さん…。」


 三人はひとまず宿屋に戻った。…リュシアはそのまま二人の家に泊まる事になったからだった。
「…なんだか、驚いたわ…。でも、リュシア、嬉しそうだったわね…。」
「うん、リュシアはずっと血のつながった家族に憧れていたんだと思う。とてもいい人たちだったし…。」
 トゥールとサーシャは喜びながらも、どこか放心していた。今までずっと一緒だった人間が、他所の人間に なってしまったような不思議な感覚。
「うーん、妹や娘を嫁に出すのって、こんな感じかも。」
 そう言ったトゥールの言葉が、一番ふさわしい気がした。
「嫁ってなぁ…、これから、どうするつもりなんだ?」
「…引き止められないよ、僕には。」
 その資格がない事は、トゥールにも他の二人にも良く分かっていた。
 先ほどのリュシアの涙を思いだし、セイはため息をつく。
(…せめて、トゥールがリュシアを振ってなかったらなぁ…。)
 それならまだ、リュシアがパーティーに残る希望もあっただろうが、今となっては居辛いここにいるよりも、 あの優しい両親と一緒に暮らす事を望むような気がしてならない。
 思い出せば出すほど、愛に溢れた理想的な両親だった。
(せめてもうちょっと、こいつに甲斐性があったらな、ちくしょう。)
 セイは、トゥールの頭を小突く。
「いたいなあ、なんだよ。」
「いーや。別にー。俺、もう寝るわ。明日長老とかの所に行くんだろう?」
 小突かれたところを抑えながら、トゥールは頷いた。
「うん、明日朝リュシアの所に言って、一緒に長老の所で話を聞いて…それからリュシアにちゃんと聞きたいと思う。」
「そうね…。私ももう、疲れたから眠るわ。…今頃、どうしているかしら、リュシア。」
「そうだな…。」
(明日なんて来なければいいのにな。)
 そう思いながらセイはため息をついた。



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