終わらないお伽話を
 〜 闇が降りた日 〜



 目が覚めたら、そこには何もなかった。
 幸せな夢を見ていたかのように、周りには廃墟が。そして暖かく包んでいたぬくもりは すでに消えていた。
(…どうして…?)
 どうしてなんだろう。何もしていないのに、どうして何もかもなくなってしまうんだろう。望んだものは どうして失われてしまうのだろう。
 足音が聞こえる。そして、暖かい声が聞こえる。
 すがりつきたかった、…けれど。


 黒い髪は嵐の雲のように広がり、影を作る。風が雑草を揺らす。リュシアは屋根の上ほどの 高さで、空を見上げていた。
「リュシア、降りてこい!落ち着け!!」
 セイの呼びかけに、リュシアは答えない。ただ、恐ろしいまでの形相でこちらをにらんだ。
「リュシア、どうしたんだ、何があったの?」
「…リュシアなんて、もういないわ。」
 もれた声は、確かにリュシアの声だった。しかしリュシアの声とは思えなかった。
「私は、エニアスとアレシアの娘でテドンの子、エリューシアよ。」
 その冷たい目は、今まで三人が一度も見た事がない、リュシアの表情。
「…どういう、こと…!?」
「だって、リュシアは要らない子でしょう?必要ないの。」
 くすりと笑うその顔は、大人っぽく艶っぽくさえ見える。
「そんなこと…、」
 トゥールの声をさえぎって、『エリューシア』が口にする。
「可愛そうな子。誰からも必要とされないで。最後の砦だった両親は…すでにこの世に いなかった。誰からも否定されて、誰からも無視されて。ささやかな願いさえも叶えられない。」
 あれがリュシアなのか、一体何がしたいのか、なぜ空を飛んでいるのか、 どうして髪が伸びているのか、疑問はたくさんあったが、今はそれを問いただしている暇はない。
「そんなことないよ!」
 トゥールの声を聞かず、目をつぶり体を抱えるエリューシア。
「いいの、分かっているわ。私はリュシアの闇なの。…そう、 だからリュシアの心のままに、リュシアが憎いと思ったものは全部壊してあげるわ。」


 風が強く、冷たくなる。おそらくこの風は、魔力で起こされた風ではなく、魔力そのものが風となったものだろうと、 サーシャは感じた。だが、そんな事が出来る人間がいるとは、聞いた事がなかった。
「大丈夫なの、リュシア?お願い、降りてきて!!」
 下手をするとリュシアの命さえ危ないかもしれない。そんな叫びもむなしく、『エリューシア』は冷たく サーシャを見下ろした。
「嫌いよ、あなた達なんて。いつも親切ぶって仲間はずれにする。その孤独が分かる? 一緒にいるはずなのに、リュシアはいつも独りぼっちだったのよ。」
「必要ないなんていうなよ、俺達仲間じゃないかよ!」
 セイの声に、エリューシアは笑う。
「…旅に私は必要ない。だって、貴方達は私がいなくても立派に旅をしていたじゃない…、そうあのギーツを送って行った時も 滞りなくね。…私の事がいらないって、実証されたようなものよ。」
 冷たい言葉に、めげずにセイは叫ぶ。」
「そんなの関係ないだろう?!俺はともかく、お前等三人はずっと仲良かったじゃねーか!!」
「…いつも、あなた達三人で助けあって微笑みあって。リュシアはいつも遠くから見ていたのね。リュシアは 泣かなかったけれど、いつも心で泣いていたのよ。」
「そんなことないだろ、トゥールもサーシャもいつだってリュシアの事、気遣ってたって!」
 セイの言葉に、エリューシアは冷笑する。
「そう、たとえば、あなたの故郷でヤマタノオロチと戦った時。三人で楽しそうに笑っていた。…私の事を忘れてね。 それがどれだけの孤独だったか、あなたにはわからないわ。私は何時もそうやって傷ついてきたんだもの。」
 セイが言葉に詰まる。エリューシアは語りかける。
「あなたの仲間のリュシアはね、ただ居場所が欲しかったの。誰もが否定しない場所。そこにいたら、安心できる場所。 皆がそこにいる事に疑問を感じない場所。それは人でも場所でも物でも、何でも良かった。ただ、それだけなのに。リュシアが 望んでいた事は、ただそれだけだったのに。」
 それは悲痛な叫び。セイはその気持ちが分かるような気がした。
「もう嫌なの、私もリュシアも、こんな思い、もうしたくないわ。だから、全部壊すの!全部消えちゃえばいいのよ!!」
 悲鳴のような声は、廃村にむなしく響いた。


妙に眠かった。たゆやかな闇の中。暖かな卵の中にいるようだった。
 遠くから声が聞こえる。
「だから、全部壊すの!全部消えちゃえばいいのよ!!」
”…何?”
『気にしなくてもいいの、リュシア。』
”…でも。”
『大丈夫よ、全てあなたの思うがままに。あなたの闇を今こそ表に出しましょう。』


 風が強くなる。徐々に冷たくなる風で耳が痛む。このままではやがて、体力が奪われて死んでしまうだろう。
「トゥール、お前がなんとかしろ!多分、リュシアはお前を望んでるんだ!」
 セイの叫びに、トゥールが頷く。何がなんだかわからないが、リュシアが深く傷ついている事はわかった。 そして、この間の事も関係しているのだということも。
 なんとかまっすぐ立って、トゥールはリュシアに手を伸ばした。
「リュシア。」
「私はエリューシア、よ。わかるでしょう?リュシアなんて人間は、初めからいなかったの。 だって、私は生まれた時にそう名づけられたんだから。これが私の本当の名前なの。」
 その言葉のイントネーションにどこか違和感を覚える。声はリュシアなのに、話し方が違うだけで こうも違って聞こえるのかとトゥールはどこか遠くで思った。
「降りてきてよ。僕は、大切なんだよ、リュシアの事。」
「…本当に?」
 その声に空にいたエリューシアが、すっと降りてきた。トゥールの頭上に浮かび上がった エリューシアが、顔をつき合わせるようにかがみこむ。空から降りた長い、長い髪には実態がなく、ただひたすらの 闇が髪に連なっているのが分かった。
「うん、本当だよ。」
「…私の事、好き?」
「好きだよ。…恋愛感情じゃないけど、でも、大切って、必要って恋愛感情だけじゃないと思う。僕はそれとは 違う所でリュシアの事が大切だ。」
 真面目な言葉で言うトゥールに、エリューシアはくすりと笑う。それは大人の笑みだった。
「リュシアがずっと言わずにいた言葉を、あなたたちに教えて上げるわ。ずっとあなたたちが憎かった。」
「憎かった…。僕達の事…?ずっと。」
 トゥールが顔を曇らせてつぶやくと、エリューシアはむしろ嬉しそうに笑う。
「そう、私の事を見てもくれない。どんなに訴えても、耳を傾けてくれないもの。」
「そんなことないよ!」
「その言葉で、本気で私が喜ぶとでも思った?ただ一緒にいれば孤独が満たされると思った?違うわ、孤独は 人といることで生まれるの。」
 エリューシアは寂しそうな顔をする。ぐっと両手を握り叫んだ。
「ずっと、一緒にいたのに。ずっと側にいたのに。ずっと見てたのに!!なのにトゥールは、私を理解してくれなかった。… 嫌い!トゥールなんて、大っ嫌いよ!!」
 その言葉と同時に、エリューシアから生まれた魔の暴風がトゥールの体を吹き飛ばした。

 
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