風を受けて、崩れていた家の壁が横を掠め飛ぶ。 トゥールの体は大地に投げ出され、こすれた頬からは血がにじんだ。 セイは地面に落ちたトゥールに手を伸ばし、なんとか引き上げる。 「お前は馬鹿か!!逆上させてどうするよ!!とりあえず嘘でもいいから落ち着かせろよ 、融通利かせろよ!!正直も過ぎればただの馬鹿だぞ!!余計に傷つけてどうするんだ!!」 「だって、嘘付いたら落ち着いた後、余計に傷つけるじゃないか!!それに僕、リュシアに嘘付いたりしたくないよ!」 「状況を考えろ!!」 ほとんどかみつかんばかりに言い争っている男二人に、サーシャは怒鳴りつける。 「そんな事後にしてよ!それよりリュシアを、リュシア!…エリューシア。お願い、こんな事やめて。落ち着いた後、 誰よりもあなたが傷つくわ。」 「ご苦労様ね、サーシャ。でももう、その声はリュシアには届かないわよ。私にいくら語りかけても無駄よ。 だって私はエリューシア。リュシアの心の闇を受け持つ、闇の後裔なんだから。」 むしろ楽しげに、エリューシアはそう言って笑った。 さらわれそうになる体をサーシャはなんとか立てる。 「どうして、あれは、リュシアじゃないの、私みたいに何かがいるの?それとも、リュシア自身なの?」 ”あれは、漂う魔の力を利用して、一時的に流れる血の力を増幅させ、擬似的に人格を作り上げているのです。” その答えは、サーシャの内から湧き上がる。 「…何?」 ”私が代わりましょう。あなたは下がりなさい。” 「来ないで!」 内から湧き上がってくる何かに、サーシャは反射的に叫ぶ。 おそらくこれに任せて眠ってしまえば、目が覚めた時にはこの事態を解決してくれるのだという予感はあった。 それでも、任せるわけにはいかなかった。歯を食いしばって、浮かんでくる何かを押さえつける。 「嫌よ、来ないで!これは私の問題よ。人任せで放置すれば、二度とリュシアに顔向けできなくなるもの!!」 たくさん傷つけてきた。たくさん苦しめてきた。それでも嫌われても。 「私は、リュシアが好きなんだもの。『私』がリュシアと話したいんだもの。だから、あなたには任せないわ。」 すっと、『何か』が沈んだ。その重圧が取れて、思わず体の力が抜けた。 (あ…。) 吹き飛ばされる。目をつぶり、地面に落ちる衝撃を覚悟した時、手に硬いものが当たり、とっさにそれをつかんだ。 「サーシャ、大丈夫?」 トゥールが剣を差し出していたらしい。サーシャは剣の鞘にしっかりとしがみついていた。 「…ありがとう。」 「大丈夫か、サーシャ?」 セイの声に、サーシャは笑うことで応えた。だが、なおも体が安定しない。トゥール達でさえ吹き飛ばされそうなのだ。 体重が軽いサーシャは、浮いていないのが不思議なほどだった。 「…サーシャ、僕のマントに捕まって。」 トゥールが小さくささやいた。 「え?」 「嫌かもしれないけど、他に捕まる場所ないから。僕の影に隠れていれば風も防げると思うし。」 「でも…。」 「話したいんだろ!?飛ばされたら意味がない!」 険しい顔で言うトゥールの熱意に負け、サーシャはたなびくマントを握り締め、トゥールの影に隠れるようにして空に 浮くエリューシアを見た。 「…ただ、もう嫌なだけ。あなた達を憎む事が。自分の事、認めてくれないのが!!」 ”違う、リュシア、そんなこと思ってない!!” 殻を叩いてリュシアが叫んでも、その声は外には届かない。 『本当に?そんなことないでしょう?ずっと、憎んでいたでしょう?』 ”そんなことない、皆大好き、本当よ?” 『辛かったでしょう?一人で戦うのが。自分の事を忘れて笑い合う三人が哀しかったでしょう?ほら、 思いだしてみなさい?ほら、見て御覧なさい?』 ”…それ、は…、でも、リュシア、は…。” うつむくリュシアにかけられた声は、まるで母親のように優しい声だった。 『もういいのよ、リュシア。あなたはここで眠っていて。気持ちよく眠っている間に、全て終わるから。』 今までリュシアがこんな事をしたことはない。『エリューシア』が何を考えているかもわからない。 けれど、またリュシアに戻った時に、自分がトゥールを、皆を傷つけたと知ったら。優しいリュシアは更に 心を痛める。それが辛かった。 「リュシアが、泣いてる…。」 周りの風音が、リュシアの泣き声のように聞こえて、サーシャは小さくつぶやいた。 その声が聞こえたのか、エリューシアはサーシャをにらみつけた。 「泣いてなんかいないわ。私は泣かないもの、泣いたりなんかしないもの。…ただ、もう嫌なだけ 。あなた達を憎む事が。自分の事、認めてくれないのが!!」 サーシャはかぶりを振った。 「そんなことない。凄いわよ、私、いつも助けられてきたのに。」 「…嘘つき。」 その声は、冷たく響いた。 「うそじゃないわ。感謝してるの。リュシアがくれた沢山の思いやりを。私いつも助けられてたの。私、どうしたらいい?」 必死に呼びかけるサーシャに、エリューシアは上から冷たく言いはなった。 「…なら、消えて、サーシャ。」 風の轟音が耳をつんざくようだった。耳が千切れそうなほど痛い。手がかじかんでマントから手が離れそうになり、 サーシャは必死にしがみついた。 「…リュシ、ア…?」 「…賢者がいれば魔法使いの私なんて、必要ない。…勇者の仲間として旅をする私の存在意義が、居場所が 消えたわ。」 エリューシアは憎しみの篭った目でサーシャを見下ろす。サーシャはハッとして、頭にある賢者の証に手を当てる。 「トゥールの事、ずっと好きだった。トゥールが私を好いてくれたらきっと私幸せになれるとと思った。 …けれど振られたわ。お父さんとお母さんは、私の最後の希望だった。…けど、 私の居場所はもう、どこにもない。」 「…リュシア、ごめ…。」 サーシャの言葉をさえぎるように、エリューシアは叫ぶ。 「あなたのせいよ、あなたのせいなの、サーシャ!あなたは私の全ての居場所を取ったのよ!全部全部 サーシャのせいよ!!仲間も、トゥールも、ママも!!全部サーシャが取っていったから!!」 「え、ちょっと待って、リュシア?ママって…?」 目をぱちくりさせるサーシャを見もせず叫ぶ。 「あなたさえいなければ、私は否定されなかった…あなたさえいなければ、私は 必要とされたのに。あなたさえいなければ、私は幸せになれた!!返して!!私の居場所、 返して!!!!!!!」 悲痛な声。その声と共に、激しい黒い風がこちらに吹き付ける。 すべてを吹き飛ばす風。すべての者を消し去ろうとする意思をもった風だった。 |
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